memorys,101
広い空間にわたしの悲鳴だけが木霊する。
「安心してください」
自分の声が途切れたと同時に、落ち着いた女性の声がした。恐る恐る声のする方へ目を向けると、長い髪を一纏めにしたスーツ姿の女性が視界に入る。
「亜矢さん、わたし達はあなたの味方です。助けに来ました」
そう言って、縛られた手足を自由にしてくれた。ようやく辺りを見渡すことのできるようになったわたしの瞳に映ったのは、別の男たちに取り押さえられた晶さんたち。その光景に安堵するも、新たな疑問が頭を過った。
「どうしてわたしの名前を知っているんですか? あなたは警察の方ですか?」
もしかしたら、わたしの居ないことに気が付いた奏か家族が通報したのかもしれないとも思ったのだが、どう見ても警察という雰囲気を感じない。その直感は当たっていたようで、女性は小さく首を左右に振った。
「いえ、わたし達は警察ではありません。ですが、この人たちは彼らがが責任をもって警察に連れていきますのでご安心ください」
「なら……あなた達は誰ですか?」
危機的状況を救ってくれたのは有難い事なのだが、警察でもない人がどうしてわたしを助けに来たのか分からず不安に感じる。そもそも、なぜ誘拐されたわたしの居場所を知っているのだろうか。疑問ばかりで思わず不信感の籠った眼差しを向けてしまった。すると、それに気が付いたのか女性は困ったように微笑む。
「疑われても仕方がありませんが、決して亜矢さんに危害を加えるようなことはしないとお約束いたします。ただ、ある方の命を受け、あなたを監視していたとだけ言わせてください……まさか、このような事態になるとは思いませんでした。無事で何よりです」
「えっと……ある方って誰なんですか? なんで監視なんてしてたんですか?」
「すみません、細かいことはまだ口止めされてるんです。ですから、詳しいことはわたし達に付いてきていただければ亜矢さんの知りたい事が全て明確になると思いますよ」
一瞬、どうしようか迷った。ここで断った場合はどうなるのだとうか。わたしに危害は加えないと言っているところを見れば、もしかしたらこのまま家へ帰してくれるかもしれない。わたしだって出来ればそうしたかった。しかし、わたしを監視している人は誰なのか、なんのためにしているのかが気になって仕方がない。唐突に、その人に会えばわたしの感じていた様々な疑問が一気に解消されるような気がしてならなかったからだ。
「その人に会った後はちゃんと家に帰れますか?」
「もちろんです。強引に亜矢さんをどうこうしようとは決して思っていません。ただ、ある方が亜矢さんと話がしたい……ただそれだけなんです」
「なら、行きます」
わたしが小さく頷くと、女性は嬉しそうな表情を浮かべながら手を差し伸べる。
「では、改めて自己紹介を……わたしは真城 雫。ある方の護衛担当をしています」
差し伸べられた手にそっと自分の手を寄せると、力強く握手された。護衛というのは、テレビドラマとかでもよく見る“SP”という役職なのだろうか。彼女を見れば、噓を言っているようでも、わたしを騙そうとしているわけでもなさそうだ。
「よろしくお願いします」
「おい! 俺を警察に突き出して、ただで済むと思ってるのかよ!!」
いきなり現れた女性に気を取られていたせいで、すっかり晶さんの存在を忘れていたわたしははっと我に返る。別の男性に取り押さえられながらわたしに向かって叫ぶ姿を見ていても、もはや彼に対して怒りなど湧いてこない。呆れというより、どこか可哀想に感じてしまう。
このまま警察へ連れていかれれば、きっと朝比奈財閥には戻ってこれなくなるかもしれない。
そんな彼に赤の他人のわたしは一体なにが言えるというのだろうか?
わたしが存在しなければこんな事にはなっていなかったのだろうか。そもそも、初めは陽太さんが後継者だったのだから、わたしがいなくてもきっと何かしら悪事を働いていたかもしれない。それでも、彼にこんな末路を歩ませてしまったのは、少なからずもわたしの責任でもある。わたしがいなければ、ここまでするほど追い込まれなかった可能性だってあるのだ。そう思うと、少しだけ彼に対して憐れみを感じた。
「晶さん……わたしの事を憎いままでもいいです。けど、理解してあげてください。陽太さんと会長はあなたを決して嫌ったから、社長から降ろしたわけじゃない」
「うるさいっ!! お前になにが分かる!!」
「何も知らないかもしれません!! でも、もしまた会えたなら……今度は憎しみ合うよりも、理解しあえる家族になりたいです。晶さんといつか笑顔で話せる日が来ることをわたしは信じていたいです」
そう伝えると、晶さんは俯き黙り込んでしまう。そのまま男性に引っ張られながら外へと出て行ってしまい、それ以上なにも伝えることは出来なかった。もっと、晶さんの心に響くような言葉を言えたら良かったのにと後悔だけが残る。
「亜矢さんの想いは直ぐには難しいかもしれませんが、いつか必ず彼に伝わる日が来ると思います」
真城さんがわたしの隣に寄り添い立ち、呟くような優しい声で告げた。
「本当に伝わるでしょうか?」
「そう信じて、彼を待ち続けてあげましょう」
「はい……」
「では、わたし達もここから出ましょう」
手を引かれ、外に停めてあった車へと誘導される。
「あの、あなたと行く前に家族に無事を知らせたいんですけど……」
「連絡はわたしからしますのでご安心ください」
結局、誰にも言えない状況のまま誰が待っているのか分からない場所へと向かうことになったのだった。




