memorys,01
執事とお嬢様の恋愛小説です★
はじめは家族愛を中心にした展開になります。
どんな風に執事と恋に発展していくのか
どんな結末を迎えていくのか……
長い話になりますが、よろしければ最後までお付き合い頂いてもよろしいでしょうか?(執事風)
見上げるほどの高い門の前で、わたしはただ呆然と立ち尽くしていた。自分のいる位置から見えるのは家へと繋がる長い長い道。中間には石造りの白い噴水があり、三段の水受けの上で天使がモチーフの石像が水飛沫でキラキラと輝いて映った。
目を細めてやっと分かったのは、ヨーロッパ風の造りをした大きな豪邸。白い壁に、藍色の屋根、そして煙突まである。家の周りには白樺や形が綺麗に整えられたツツジが囲うように植えてあった。
まるでおとぎ話の世界にでも来たような、実感がつかめない光景を放心状態で眺める。
「ありえない……何かの間違いじゃ」
手元にある住所と地図が書かれたメモ紙を顔近くまで持っていき凝視してはみるものの、場所に間違いはなさそうだ。
そして、わたしはまた現実感のない眺めに再度目をさ迷わせたのち、覚悟を決めたようにひとり頷く。
「よし! 行くしかない!」
自分に向けた掛け声とともに、一歩前へと足を踏み出した。
◇◇◇ ◇◇◇
時を遡ること一年前。
この頃のわたしは、まだ極普通のどこにでもいる平凡な高校生だった。
「お父さん! 早く起きて!」
朝6時を回った家中に響く声と、台所で野菜を刻む軽やかな包丁の音。鍋からは湯気が立ち上ぼり、そこへ刻んだネギを入れていく。
「おはよう、亜矢」
眠い目を擦りながら起きてきたのは、寝癖でボサボサの頭をした男性。目の下にくっきりと隈が浮かび上がり、何度も出る欠伸を必死に噛み締めていた。
「お父さん……また徹夜で作ってたの?」
呆れ顔を浮かべ、ふらふらと洗面台へと向かう父・俊彦を見遣る。
「そんなんで今日、大丈夫なの? 飛行機何時だっけ?」
「11時発だったかなぁ……飛行機の中で仮眠するから大丈夫だよ」
「なにも前日まで徹夜することないのにっ」
歯磨きを始めた父を見て、会話を一旦切ると、鍋に味噌を入れて火を止めた。味見をしてから、ふたり分の器に味噌汁を注ぐ。
「朝ごはんだけはしっかり食べてよ!」
小さな円形の座卓に、ほかほかの白米、漬物、卵焼きに味噌汁が並ぶ。
「おっ、今日もうまそうだ」
歯磨きを終えた父が先程よりスッキリした顔立ちでわたしの隣に胡座をかく。
「いただきます」
「あっちでは徹夜なんかしないでよ? 道端で寝ちゃっても助けに行けないんだからっ」
「わかってるよ、気を付ける……けど、今回ばかりは手が抜けないんだ。なんたって、これが父さんの最後の仕事になるかもしれないんだから」
そう切な気に言われてしまうと、反論の言葉が出てこない。わたしは黙って味噌汁を啜った。
父の仕事はドレス職人。依頼者に合ったウエディングドレスをオーダーメイドしている。昔は自分の結婚式にはオーダーメイドのドレスを買うのが当たり前の時代もあったが、今はそんなことをする人はほとんどいない。
ウエディングドレスなんてレンタルが基本だし、オーダーメイドするとしても余程のブランド力を持つ企業でなければドレスなんて高級品は売れない時代だ。
うちの父はただ、お爺ちゃんがドレス職人だったのを継いだだけで、ブランド力なんてものは一切持ち合わせていなかった。だから、年々仕事量は減っていき、うちの家計はギリギリ。
いえ、限界なのです。
母・華澄はわたしが5歳の時に病気で他界してしまい、それ以降は父とふたりきりの生活を送っていた。それ故、わたしがバイトをしたお金でなんとか遣り繰りしている状態。
平日は学校が終わればコンビニで、土日はスーパーと駆け回るわたしを流石に不備と思い始めたのか、ちょうど一年前に父がある決断を口にした。
「亜矢……父さんはドレス職人を辞めるつもりだ」
驚いたわたしに、父は条件を付け加える。
「ただ、最後に一度だけイタリアで開かれるドレスのコンテストに出たいんだ。そこで駄目なら諦めるから……あと一年我慢してくれ」
わたしは、ドレス職人の父が嫌いだった訳ではない。逆に、辞めた後の方が心配だった。
だって、お父さん50代だよ。今さら再就職先なんて見付かるのかなんて、まるで妻のような不安を抱く。だが、わたしが不安がる事を見越していたのか、父はちゃんと先のことも準備していた。
「もしコンテストがダメだったら、友達が誘ってくれている会社に就職する。だから、頼む!」
土下座までした父の覚悟がひしひしと伝わる。わたしは黙って頷くしか出来なかった。
それから一年が経ち、現在に至る。
「ドレス、うまく出来た?」
「ああ、一年掛けた甲斐がある……いいドレスが出来たよ」
父は満足そうな顔で笑った。
「母さんをイメージして作ったドレスだ。これが駄目だったとしても、もう後悔はないさ」
「そっか」
視線を仏壇へと向ける。写真の中で、キラキラと輝いた笑顔を浮かべる母の姿。
もう母の記憶はほとんど残っていない。
けど、唯一覚えている“言葉”がある。
「お父さん」
「ん?」
「笑顔だよっ! 笑顔で乗り切れば、きっと大きな幸せになって返ってくるから」
「ああ、そうだな」
母の口癖を言うと、父は柔らかな笑みで亜矢に頷いてみせた。
「きっと、コンテストもうまくいくよ」
そう声を掛けて、わたしはイタリアへと向かう父を見送った。
「さてと、わたしも学校に行ってくるね。お父さんがコンテストでうまくいくように見守ってあげて……よろしくお願いします」
仏壇に手を合わせ、普段と変わらない日常へと戻っていく。
しかし、この一年後にまさか、あんな事が自分の身に起きるなど想像すらしていなかった。