階段のあの子は、スマホで小説を書いている。
彼女の白い指先を見るのが日課だった。
昼休みには、見下ろす先の同じ場所にいつもいる。
校舎裏の非常階段、その一番下の段に腰掛けているのだ。
夏の暑い日差しを遮る日陰にいる彼女の服装は、白いブラウスと透ける青いキャミソール、太もも丈のプリーツスカート。
非常階段の踊り場に座り、手すりごしに上から見下ろす自分の目に映るのは、そこから伸びた白く長い足と綺麗な茶色の長い髪だ。
ーーー綺麗さ、ってのは努力のたまものだよな。
ぼんやりとそんな風に思いながら、昼飯のパンをかじった。
彼女の綺麗な横顔を脳裏に思い浮かべる。
二重まぶたのまつげは長く、その小さく可憐な唇や通った鼻筋も細い顎に見とれてた奴はいっぱいいる。
でも可愛いだとか、好みだとか、そういうのに関係なく『綺麗だ』と感じるのは、丁寧に薄く施された化粧や、彼女のふとした仕草が美しいからだ。
階段に座る彼女は、膝を閉じてハの字に曲げているし、スマホを熱心に見て何かを打っている背中は丸い。
そういうところは、普通の女子高生だ。
でも、ふと背筋を伸ばして顎に指を添えたり、横に置いている紙パックのジュースを手に取る仕草が、ものすごく洗練されているのだ。
ーーーなんでギャルとか軽いとか呼ばれてんのか、さっぱり分かんねーよな。
そんな彼女を見下ろしながら、最期のひとかけらになったパンを口に放り込んだ。
髪の毛の色のせいだろうか。
彼女は地毛だと言っていたし、先生に注意されているのも見た記憶はない。
話す相手は結構いるはずなのに、もしかしたら彼女は、人付き合いが苦手なのかもしれない。
いつもここにいて、誰かと昼飯を一緒に食っているわけでもないからだ。
そんなことを考えながらパンを食べ終えてビニールを丸めると、いつもと違うことが起こった。
う〜、と呻きながら彼女が背中を伸ばして上を向いたのだ。
当然バッチリ、目が合った。
ここ三ヶ月くらいバレなかったから油断していた。
髪と同じく色素の薄い瞳がまん丸になり、まっすぐこっちを見つめてくる。
学校がある日は毎日、非常階段の真上から眺めていたことをごまかすために、とりあえず手を挙げた。
「よ。何してんの?」
まるでそこにいたのが初めてみたいな調子で、彼女に笑ってみせる。
これでも割と人付き合いは得意な方だ。
当たり障りのない会話や深入りしない距離感の取り方も心得ているつもりだ。
そのせいで軽いだのチャラいだの、別に女子と付き合ったこともないのに言われるが。
ーーーそういうとこ、もしかしたら俺と似た者同士なのかもな。
内心でそう思っていると、驚きから覚めたのか、彼女がふんわりと笑う。
「そっちこそ、何してるのー?」
洗練された外見に似合わない、少し間延びした声。
媚びてる、と陰口を叩かれていたのも聞いたことがあるその口調を心地よいと感じるのも、ここから彼女を眺めているのと同じ理由なのかもしれない。
「俺は昼飯。そっちは?」
そう問いかけると、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
「……あの、小説、書いてるの」
ーーー外見に似合わねーな。
まず、そう思った。
ーーーでも、中身には合ってる。
次に、そう思った。
のんびりした気性の彼女は、ひと昔前なら図書室で本を読んでいるようなタイプだったんだろうと納得出来たからだ。
「え、小説? いつも?」
特に何も考えずに口にした言葉に、彼女はふと眉根を寄せる。
「うん……でも、なんでいつもここにいるって知ってるの〜?」
ーーーミスった。
毎日見てたことを自分からバラしてしまった、と思わず天を仰ぐと。
そこには、雲ひとつない空が広がっていた。