奏王国
翌日、それはよく晴れた日の朝だった。聞いたことのない音と、体にかかる圧を感じて俺は目を開いた。
「…なんだ、お前か。腹でも減ったのか?」
枕元にタオルで包んでおいた筈なのだが…案外動けるじゃないか。こんなことなら持ってこないで自然に任せておけばよかったと、今更ながら後悔した。まぁ、ろくに片付いていないこの家の中をこいつが思う存分動き回れるかは既に明白であるが。
一つ欠伸をして、ベッドから降りる。そんな時も付いてこようとするものだから、なんでこんなに人慣れしているのかと問いただしてしまった。意思の疎通が叶うはずもないのに、だ。
その直後思わず笑ってしまったのは言うまでもない。可愛く首を傾げるそいつをそっと撫で、一人キッチンへと向かった。
実家にいた頃はキッチンでの仕事は全て女のものだとかいうふざけた偏見を持っていたから包丁なんかも触ったことがなかった。が、ハンター見習いの期間から一人でなんでもやらなければならない状況になり、今では人並みにはなんでもできるようになったと思っている。
景気の良い音をさせながらキュウリがその姿を変えていく。ハンクの朝食はいつも、誰もが羨むような健康的なものだ。彼曰く、絶対にサラダを食べないと気が済まないらしい。
さっきから視線を感じるなと思い、後ろを振り返る。もはや心当たりは一つしかないのでそこにそいつが居ても特に驚いたりはしない。
「大人しく待ってろって…」
『キャウッ…!』
どういう鳴き声だ。とこれまたあまり聞いたことのないような声を発するので、ますますこいつの存在をどうすべきか頭を抱えてしまう。
「んー。でもなぁ、こいつこいつって呼ぶのもな…あ"ぁ~でも名前なんか付けちまった日にゃ……。」
山に返すその時に、邪魔になってしまう。
足元にいるそいつは俺の言葉がわかるのか、悲しそうな顔をして再びキャウッと鳴いてみせた。その瞬間鳴るはずがない音が俺自身の胸辺りから聞こえた。ドキュンッでもズキュンッでもいいのだが、そんな音が胸から聞こえたもんだから…俺はもう駄目らしい、、。
「~~~っ!っだぁ!!っんな顔すんな…でもなぁ、オスかメスかも分からんからなぁ…。」
そんな曖昧なものに名前を付けて的を外してしまったなんてことがあったら恥ずかしすぎてどうにかなりそうだ。それでもふと、降りてくるものがあった。
「蒼…ってのはどうだ?この蒼天山にいたんだからな!、、ん~やっぱぱっとしないか?」
「キャウッキュキュッ!!!」
全身を使って思いっきり飛んだり跳ねたりして見せるアオ。動作がぎこちないのは怪我のせいだろう。さっきよりも蒼い光が増したような気がするが、無理な動きをさせないようにするのに必死であまり気付かなかった。
この奏王国の中で一番高い山──それが蒼天山だ。奏王もこの山の頂上に住んでおられる。この世界は八つの国に分かれ、そのそれぞれに王があった。奏王国は八つの国の中でも東側の海に面した国である。今は先代の奏王が亡くなられ、王不在の時を過ごしている。それぞれの国の王は血筋などではなく、武術、剣術、魔術、あらゆる術を持って力によって決まる。ただし例外も存在し、伝説の生物とされる玉龍に見初められることでもその地位を得られる。だがいままでそのようして王になったものは無い。その話すらも伝説となりつつあるのだった。