勇魔大戦 ②
開けても開けても、その先に廊下と部屋がある……俺はもう何回扉を開いたか分からない。
(本当に無限ね……)
(みたいだな……)
勇者は俺たちをこの部屋に閉じ込めた。しかも、永遠に出ることも、進むことも出来ない無限に続く部屋に。フィアの転移系魔法を使おうとしたが、この中では使う事が出来なかった。手当り次第に部屋を破壊してみたが、即時修復されてしまった。
(今何時だ?)
(わからないけど……もう一時間は経ったんじゃないかしら?そろそろ時間が危ないわね……)
刻限まで、あと一時間を切っていると考えた方が良いだろう。まぁ、勇者が約束を守ると仮定しての話だが……
俺のフィアはあらゆる方法を試してみたが、どれも不発に終わってしまった。レイアはその間、全く出てこない。
(レイア、何か方法ない?)
(……)
(ちょっと聞こえてるの!?)
(……)
俺とフィアの問いかけに応えることはなかった。
それから30分ほどがさらに過ぎ、俺たちはやる手段が尽きて半ば諦めかけていた。実際は、形だけ天井を破壊しようとはしていたのだけども……
(主様、お困りですか?)
今まで沈黙を守っていたレイアが話しかけてきた。
(閉じ込められた)
(そのようですね?)
(何か良い方法ないか?)
(うふふ……助けて欲しいですか?)
(助けなさいよ!)
フィアが少々声を荒らげる。
(仕方がないですわね……今回はたまたま、私の得意分野、ですのでお助けしますわ)
レイアがそう言うと、指輪が光を放った。
気がつくと、勇者のいた部屋に戻って来ていた。
(どうやったんだ?)
(うふふ……今は秘密ですよ)
どうしたのか聞いたが、レイアにはぐらかされてしまった。とりあえず、元の空間に戻れた事は大きい。時間もないので、俺は勇者が向かった先に走り出す。今度は廊下と扉を一回通るだけで、次の部屋に向かえた。さらにその部屋を出ると、そこには玉座に座る勇者がいた。
「貴様、どこから現れた!」
俺が目の前に現れた事に驚きを隠せない勇者が叫んだ。正直、俺もよくわからない。レイアがした事だ。
「おまえの能力が低かったんじゃないの?俺は何もしてないよ?」
「馬鹿な!私の力がたかが魔王に敗れるなぞ……!!」
勇者は叫ぶと、腰に下げている剣を抜いて斬りかかってきた。俺は短剣で受け止める。ラフィーネがいた国で騙された時の短剣だ。腹は立つが、デザインが気に入っかいるので使っている。
「ほう、私の一撃をうけるとな」
勇者はさらに剣戟を激しくした。それを辛うじて俺は受け止める。しかし、遂に俺の左腕を肩から切り落としてしまった。
「貴様の負けだ。私の剣は退魔の剣。傷を付けられただけで死への行進が始まる。まして、腕を落とされたのだ、魔王と言えど死ぬだろう」
そう言うと、後ろに下がって剣を納めた。
確かに左手には激痛が走ってはいた。全身が痺れる程の痛みも走った。が、それはすぐに治まった。不朽体で再生したのだ。
「それで、いつ死ぬんだ?」
「ば、馬鹿な!私の剣にはあの真竜種ですら倒れたのだぞ!?貴様如き魔物一匹に耐えられるわけ」
「あ、これがその死の攻撃ってやつか?」
勇者は俺が剣で死なないのを見ると、すぐさま魔法攻撃に移った。と言うか、やけくそに攻撃をしてきていると言った方が良いかもしれない。クレアの仲間は、この退魔の剣で殺されたのだろうか?俺も不朽体が無ければ殺されていたのだろう。
俺は魔法を繰り出す勇者に少しずつ近付いた。勇者は、壁まで下がりあとが無い事を理解した。
「わ、わかった、私が悪かった!陛下にも話をして、貴様の国を認めさせよう!そ、それどころか、新しい連邦とやらも認めて戴けるよう奏上しよう!」
「俺は必要ないぜ?そんな約束」
「た、頼む、助けてくれ!私は悪くない!皇帝が悪いのだ!」
「私腹を肥やしていたのはお前だろ?人を殺したのも、兵士の親を殺したのも、民を飢えさせたのも全部お前がやったことだ」
「わ、悪かった!この通り!殺さないでくれ!」
勇者は床に頭を擦りつけ、命乞いを始めた。その時俺も一瞬油断したのだろう。勇者は剣で俺の心臓を貫いた。
「ふはははっ!馬鹿め!不死身であろうが魔物は心臓を貫かれたら終わりよ!私の勝ちだ!」
俺の意識は遠のいた。勇者の言った通り、心臓を打たれたら死ぬのだろうか……
(いつまで寝てるの!起きなよ!)
フィアの声に起こされた。寝てたのだろうか?そう思い周りを見渡すと、脅えた勇者が倒れ込んでいた。
あぁ、心臓さされたんだっけ……ってことは、死ななかったのか……
「き、貴様は魔王などではない!ば、化け物だ!」
勇者が壁があるにも関わらず、倒れ込んだまま壁の奥に逃げようとする。逃げられないのに。
俺は勇者の落とした剣を持ち上げると、勇者に向けて振りおろそうとした。
(ねぇ主様ちょっと実験したくありませんか?)
レイアが話しかけてきた。
(いや、殺す)
(勿論ですわ。でも、もっと苦しませないと、死んだ人達の割に合いませんわ?)
(どうするんだ?)
(きっと驚きますわよ?)
レイアが半透明で指輪から現れた。勇者は訳の分からない声で叫んだ。
レイアが手を横に出すと、勇者の足元に扉が出来た。
「ようこそ、私の……いえ、主様のお城へ……!」
勇者は扉に吸い込まれた。扉は勇者を飲み込むと閉まり、そしてあとには赤い絨毯が残るのみとなった。
「うふふ……どうですか?」
「なにしたんだ?」
「何したの?」
フィアもペンダントから飛び出し、レイアに問いかける。
「うふふ……それは迷宮に来てからのお楽しみですわ」
そう言うと、迷宮への入口がレイアの前に現れた。
「さぁ、参りましょう」
俺たちは扉に入った。
そこには、見違えるほど眩しい世界が広がっていた。驚いた事に、空もあり、太陽も昇っているのだ。
「これは?」
「はい、主様の魔力がとても強かったので、城、と言わずに都市を作って見ましたわ。地下は一部のみ、階層を仕切らずに空間を繋げましたわ。私を買った町の4倍規模の都市を作りましたわ」
「「!?」」
俺とフィアはほぼ同時に目を見合わせた。だって、目の前には本物の街と同じ様な光景が写っているのだから。
「こ、これはやりすぎだろ……」
俺が素直な感想を言う。だって、これさえあれば魔物の国首都のバーダントをも凌駕する規模の都市がどこにでも生成可能なのだ。ウルフトが見たら気を失うだろう。
「いや……ですか?」
レイアが泣き出しそうな顔で見てくる。
「そういう訳では……」
「なら問題ないですわね!」
だめだ、また騙された……
「あ、ところで勇者は?」
「はい!あのクズなら城の地下牢に移してますわよ」
そう言うと笑顔で俺たちを案内してくれる。元天使とは思えない恐ろしさだ。いや、本来これが天使なのかもしれない。
「あ、そうそう。クズの無限監獄、転送させて出入口に応用しましたわ。入れず出られず……ふふふ」
本当に怖いやつだ……
城に入った俺はまた驚かされた。勇者の城(クレア城)
もかなり美しい内装であったが、この城はそれを軽く超越していた。
「私の……けほけほっ……主様のお城、素晴らしいでしょう?私の最高傑作ですわ!魔力と魔石、気兼ねなく使えて!!私の一つの夢が叶いましたわ!」
「そ、それは良かった……」
「ほんっとすごいわね!」
こいつ今、私の城、って言おうとしてなかったか?
俺たちはレイアに連れられて地下牢に向かった。そこには、変わり果てた勇者の姿があった。
「ま、魔王様!殺してください!お、お願いします!兵士の妻子は解放しますから!」
と泣きながら懇願してきた。俺は命乞いをしていた奴が殺せ、などと言うものかとレイアに質問した。
「うふふ……このクズは1秒を1000倍に感じる空間で、何度も何度も死ねない状態で拷問を受けておりましたわ……現実世界でたった10分ほどですが……」
「ってことはどれくらい……」
「約一週間ほどかと……」
本当に恐ろしい奴である。勇者に同情すら覚えそうになった。
「じゃあ兵士に処刑を停止させる命令を出せるな?」
「も、勿論でございます!!」
勇者は懐から紙を取り出すと、命令書を製作して俺に渡してきた。
「殺しますか?」
「うーん」
どうもこうなるとよく分からない。俺は一言
「任せゆよ」
と言ってしまった。その時、レイアが意地悪く微笑んだ気がするが、俺は知らない。自業自得だ。
その頃、勇者がいた玉座の裏に一人の男がいた。
(まさかここまでやるとは……この遭難者、侮れませんな……カンサリア様にご報告せねば……)
転移したその男を、サトルを始め誰も見ることはなかった。
迷宮から出た俺は、急いで勇者の命令書を片手に広場に向かい処刑を辞めさせた。処刑を執行する兵士たちも、少しホッとしてる様だった。命を救われた人々は皆喜びに湧き上がっている。俺はそれを見て心から嬉しく思った。
だが、俺にはもう一つやらねばならない仕事がある。それは、勇者、つまり王をなくした国の運営をどうするか、である。この国の所属する帝国との関係も考慮しないとならないだろう。それに、俺は帝国の事や周辺諸国について疎すぎる事も難点だ。これからはさらに忙しくなりそうだ……