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連邦




俺は、約束通りハーストを宿に迎えに行った。まだ宿屋の主人は俺に慣れてないらしく、ろくに目を合わせてくれない。俺はなるべく人間ぽくしてるつもりなのだが……ドルフトフが言うには、外見は人間だが雰囲気がもう怖い……と言う。


こんなにもフレンドリーなのに?


ハーストはすでに広間で座っていた。彼の顔は、深いクマが刻まれている。どうやら、眠れなかったようだ。その証拠に、俺が声をかけても目が垂れ下がったまんまだった。目は真っ赤になっているが……


「ハースト君、おはよう!」

「おはよう……ございます……」


返事に元気がない。かなり眠そうだ。


「その様子だと、眠れなかったな?」

「ええ……緊張して……」


自分故郷で父が居なくなった後、この国を指導していた人に会うのに緊張しているらしい。まぁ、当然と言えば当然か?


「うん、まぁとりあえず行こうか!」


俺はハーストに近付くと彼の頬を軽く両手でつねった。


子供のころ良くやっただろ?


ハーストはキョトン、としていたが、立ち上がると荷物を背負って付いてきた。無論、歩いてだ。


本来なら、フェンリルやその部下の魔狼族(ベオウルフ)に乗って移動するのだが、すでに全軍に撤退命令を出してしまっているので、乗ろうにも乗れない。誰もいないのだ。


フェンリルたちは、渋々ながらバーダントへの帰路に着いた。途中、何度も振り返りながらではあったが……


ドルフトフだが、俺との約束を守って全軍に魔王軍離脱と独立を通達してくれた。今なら向かうカエサリア代表の元で待ち合わせをしている。まぁ、所謂、密約を結ぼうぜ、って話をするためだ。


俺とハースト(フィア)は、宿からでてまっすぐにカエサリア代官府に向かった。


忘れていたのだが、俺はほとんど人間を捨てた身体になっていたが、ハーストは完全な人間だったので、お腹が減ると言うことだ。途中、ハーストのお腹が凄い爆音を放ったので、近くにあった店で朝食をとる事にした。


そこでさらに驚かされたのだが、その店には何やらパンの様な味のない塊と、小さい肉の欠片が入ったスープ(味がしない)しかなかったのだ。


あまりにも不味かったので、俺は勿体ないとは思いつつも残してしまった。が、ハーストはそれを普通に食べている。それどころか、俺の残したパンをじーっと見つめているのだ。


「それ、食べないんですか……?」

「え……あぁ、まぁ……」


流石に不味くて食えないとは言えないから濁した返事をしておいた。


すると、


「なら頂きますね!」


と言って嬉しそうに平らげてしまったのだ。


俺の味覚が狂ったのか?


どうにも納得できないので、思い切って訪ねてみた。


「これ、美味いか?」

「え……美味しいか美味しくないかと言えば美味しくないですが……ご馳走には違いありませんので」


全く意味が分からない。


「これがご馳走か?」

「えぇ……国が貧しいもので、これでもかなりの贅沢品です……森が枯れて食糧難ですし……それに、輸入品はとても高くて買えませんよ!」


あぁ、なるほど。理解は出来た。これが豪華なわけではなく、食べるものがないのだ。道理で、俺たちが野営している場所に、ちらちら子供たちが集まって眺めていたわけだ。腹が減っていたのだろう。これはまず、国の食糧の確保から始めた方が良さそうだ。


「まぁ、森は復活したから農業は進むと思うよ?これで勇者も高く転売出来ないだろうし」

「え!?森が復活したですって!?未だに作物は出回っておりませんが……」

「この国の流通ってどうなってるの?」

「それは……たしか、国が買い上げて、一定の金額で商人に卸て……あっ!」


カラクリにようやく気が付いたようだ。


「勇者様が値段を吊り上げて、しかも元に戻ったのも隠してたのか!」


気が付くと同時に怒りが沸いてきたのだろう。凄い勢いで残った水を飲み干してしまった。


「まぁ、今後はドルフトフの元で良くなるだろうけどな!」


そうして、俺は店主に金貨を渡した。ウルフトに100枚ほど持たされている。


俺が金貨を5枚ほど渡すと、店長はしばらく固まって動けなくなっていた。俺たちが店から出て、歩き始めてからようやく、


「魔王様!魔王様!ちょいと、ちょいとお待ちくださいな!」


ものすごい勢いで走ってきた。


「ん?足りなかった?」


俺がそう言うと首を降る。


「あぁ!魔物の国(ティアマト)の金貨じゃダメなか!」


今度は口を開いて


「いえいえ!そうではありませんよ!」


と言うと俺の渡した金貨を返してきた。


「とても多くて受け取れませんよ!」

「え、でも俺金貨しかないし……てか、どれくらい多いんだ?」

「まさか知りませんか?」


店主は俺の目を怪しげに見てくる。この店主、この国で初めて俺をまともに直視した人間かもしれない……ハーストを除いて。


「いや、全く」


店主は一つため息をつくと、


「いいですか?魔物の国(ティアマト)の金貨はうちの国で流通しているものよりも質が良く、高価です。でも、あっしはそちら様の国の通貨に詳しくないので、うちの国の基準でお話しますよ?」


この話を目の前で見ていたハーストは驚きのあまり完全に固まっている。瞬き一つしない。


「この国で1番小さいのは銅貨です。それが1000枚で1枚の銀貨、銀貨が1000枚で1枚の大銀貨になります……」


そこまで言うと息を吸い直して、


「その大銀貨がさらに1000枚で1枚の金貨です。それが1000枚で大金貨、その上は虹色に光る硬貨らいしですが、見た事も、名前を聞いたこともありません」


それは分かったが、これの価値はいまいちよく分からない。


「銀貨一枚あれば、普通に生活しても2ヶ月は働かなくて暮らせますよ」


それは凄い。金貨5枚なら銀貨5000枚……という事は、1万ヵ月遊んで暮らせるのか?俺は?


「という訳でして、とても頂けません。ちなみに先ほどの食事は二人合わせて銅貨2枚ですよ!」


そう言うと俺の右手に金貨を押し付けてきた。


「いや、だから俺は金貨しか持ってないんだけども?」

「だからといって頂けません!」


向こうも俺も一歩も引かない。


しばらく押し問答をしていると、そこにドルフトフと一人の老人が現れた。


「こんな所にいらっしゃいましたか、サトル殿」


俺はドルフトフに店主の件を話した。


すると、


「はっはっは!流石に金貨は受け取れまい。サトル殿、ここは俺が立て替えておきましょう」


そう言うと、銅貨を二枚取り出して店主に渡した。


「へい!たしかに!」


一礼して立ち去ろうとする店主を俺は留めた。フィアはどうやら、彼の誠実さに少々興味を引かれたらしい。仕切りに店主を連れて帰れと言っている。


「店主さん、名前は?」

「あっしはウォルフっていいやすよ」

「ならウォルフさん、あなたがもし良かったら、魔物の国(ティアマト)で料理屋出さないか?うちなら食材も豊富だし、客もいる。金だって回ってるぞ?」


俺の提案に驚いたのか、多少迷ってはいたが、


「へい……しかし、あっしは生まれたのはカエサリア、そして死ぬのもカエサリアと決めておりますので……」


そう言うと、頭を下げて店に戻っていった。


(残念……)


フィアが悔しそうに呟いた。まぁ、仕方ないことだろう。せめて、カエサリアに食糧を援助する事ぐらいはしてやらねば。


「これは、サトル殿でも振られることがあるんですな」


とドルフトフは笑いながら俺に声をかけた。


「まぁ、ただの魔王っすからね……」


横にいた老人も愉快そうに微笑んでいる。


「それでは、代官府に参りますかな?」


ドルフトフが俺とハーストに声をかける。老人は黙って頷いている。


この老人がカエサリアの代官なんだろうか?


すぐにその疑問は晴れることになる。俺たちはほんの少し歩いただけで代官府についたからだ。いや、真裏が代官府だったと言った方がいいかもしれない。


応接間らしき部屋に入ると、そこには円卓と10程の椅子が置かれているだけで、なんとも建物自体は外装も内装も寂れていた。


「紹介します、こちらがカエサリアで代官をしておったハンニバルさんだ」


そう言うと老人が軽く頭を下げる。


「どうも……ハンニバルと申します……王国時代には、軍司令官として陛下に大恩を受ける身でした……」


俺とハーストに握手を求めた。俺は黙って手を握る。ハンニバルがハーストの手を握り、ハーストの顔をじーっと眺めている。


「これはこれは……陛下と同じ目をしていなさる……」

「彼はハーストといいます」


俺がハンニバルに名前を教えてやる。するとハンニバルは、


「ハースト……はて……ハースト……」


何度か名前を呟いていたが、


「ハースト王子でいらっしゃいますか!」


そう言うとハーストの両肩を細い腕で掴んだ。


「え、えぇ……亡き父はここの国王でした……」

「なに!死んだと!」

「はい、勇者に殺されましたが……?」

「う、うそじゃ……わしがカエサリアを治めて反乱を起こさぬ限り、陛下の命は安全だと言っておったのに……」


そう言うと地面に倒れて声をあげて泣き始めた。


「わしは!!わしは!いったい何のために恥を偲んで生きておったのか……」


俺は見て居られなくなって痩せこけた老人を助け起こす。


「でもその息子は生きているじゃないですか?あなたはその子を見捨てると言うのですか?」

「ああ……そうであったわ……ハースト様は生きておられる……そうじゃ、わしの目の前にいるではないか!」


ハンニバルはよろよろと立ち上がると、胸のポケットから短剣を取り出した。


俺はそれでまさか死ぬつもりか、と思ったので軽く身構えたが、それは俺の杞憂で終わった。


「これが……カエサリアに伝わる王家の短剣……陛下よりお預かりしておりましたが……ハースト様にお渡し致します……」


細い腕で短剣をハーストに差し出した。


ハーストはそれを受け取り、


「今まで……父の国を守って下さりありがとうございました……」

「いえいえ、それがわしの仕事でございますから……」


そう言うと、ハンニバルはハーストの肩を握り、またもや泣き始めた。自分の主が殺されたのを、全く気が付かず生きていると信じていた自分にも腹が立っているのだろう。年老いたシワだらけの顔は赤く染まっている。


「ところで、これからについての話をしたいのだが……」


ドルフトフは口を開く。俺もこの会見の目的を思い出した。


ハンニバルとハーストは再び席についた。もちろん俺もだ。


ドルフトフが昨夜俺と話したことをハンニバルに話した。


「もちろんわしは賛成ですぞ!2度と勇者なんぞに降るものか!!」

「僕も賛成です」


二人とも賛成してくれた。しかし、ハンニバルは再び口を開き


「しかし……カエサリアはハースト様が王となるべき……アリス様にはお渡ししたくありませぬ……」


確かに、いきなり現れた少女が国の王だ、と言われても納得出来ないだろう。俺だって流石に納得してもらえるとは思ってなかった。


「それに関して、サトル殿にもお話しておりませぬ提案がございます……」


ドルフトフは咳を一つすると言葉を続けた。


「今回、魔物の国(ティアマト)によって切り取られた帝国の領土を、複数の国家が集まる連邦としたいと考えております。ですから、各国にそれぞれ国王なりの統治者を起き、それをまとめる盟主をアリス様にするというのはいかがでしょうか?もちろん、各国にはそれぞれの主権がありまする。盟主にはただ、各国をまとめる調停者、として君臨して頂くというものですが……」


簡単に言うと、元の世界にも存在した国連のようなものだろうか?俺は良いアイデアだと思うけども。


「それなら構いませぬぞ。それに、またバラバラでおっても帝国の餌食となるだけですし……」

「俺も異論ないです」


ハンニバルと俺は賛成した。ハーストも自分が王になる事に不安を抱えてはいたが、ようやく首を縦にふった。


魔物の国(ティアマト)は新たに出来る連邦と同盟を結び、支援物資などの援助を行う。これも認めて貰えるかな?」


俺はドルフトフとハースト、ハンニバルに尋ねる。


「それはもちろん、願ってもないことでございます……」


そうして、新たに出来るであろう連邦と、魔物の国(ティアマト)との密約は無事に結ばれたのだった。


(やったね!)

(あぁ、これで少しは交易も出来るだろうな)

(うん!お菓子いっぱい買えるね!)


フィアは若干ずれている気もするが……


「もう少し話したいのは山々ですが、とりあえず勇者のとこ行かないとみんな殺されちゃうんで、行ってきます」


そう言うと俺は代官府をあとにした。途中ドルフトフたちが何度も付いてくるので、その都度追い返さなければならなかった。


(いよいよだね)

(あぁ……)

(勇者もお菓子食べてるよね?)

(さぁね……)


こんな時でもフィアは食べることを考えているのである。勇者がもしお菓子を城に置いているのだとしたら、それは不味い。即効フィアに消されてしまうからだ。その光景を想像して、俺は笑った。


(何笑ってるの?)

(なにも?)


こうして俺はカエサリアをあとにした。


勇者の城を目指して……

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