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出陣

 



 ドルフトフ率いる元勇者軍の兵士たちは、またたく間に軍編制を行い、着々と戦闘準備を行っている。元々、彼らは軍備を整えて魔物の国(ティアマト)を攻めて来ていたので、それほど新たに物資を必要としなかった事も大きいだろう。


 負傷兵は参加していないが、参加している兵士だけでも5万を超えている。数だけで見ると、魔物の国(ティアマト)の戦力は倍近くにまで強化された。


 しかも、魔物もドルフトフ率いる兵士も士気は高い。フェンリルやブラドなんかは、毎朝俺の元に訪れては、まだ出陣しないのか、いつ出るのか?と催促しに来る。


 今朝なんかは、クレアもとうとう待ちきれなくなったようで


「お兄ちゃん早く行こうよ!」


 とフィアを肩に乗せながら催促してきた。


 フィアはというと、


「ほらほら、サトルもそろそろ退屈してるでしょ?」


 とクレアに味方する。


 ……まぁ、本当は今すぐにでも仕掛けても良いのだ。というか、俺も今すぐ勇者を倒してやりたい。だが……あまりにも情報が少なすぎるのだ。ドルフトフから、敵国の詳しい地図を譲ってもらい、裏道なんかも教えて貰ったのだが、まだ何か引っかかるのだ。


 俺はドルフトフの元にもう一度向かった。


 彼は俺を見つけると、


「サトル殿!情報が足りぬのは分かりますが、早くせねばみなの妻子が殺されてしまいまする!!」


 と俺に出撃許可を求めてきた。


 そう、問題はこれなのだ。急がねば兵士の妻子が殺されてしまう。そして、勇者はそれを平然と実行するだろう。


 俺は、心に少し不安を残しながらも、全軍に出撃命令を出した。


 途端に、ドルフトフは飛び上がって自分の部隊へ戻って行った。


 ドルフトフには、引き続き勇者の兵士の指揮を執ってもらっている。彼には『人将軍』という肩書きを付けて、兵士の長にしたのだ。


 まぁ、本当のところを言うと、俺が兵士の全員を把握出来てないので、部隊編制を勝手にしてもらおう、という事で、彼の部隊を自由に編制出来る権限を与えたかったのだ。


 流石に5万もの兵士を直接指揮するのは大変だろう。ドルフトフは、すぐに部隊を5つに分け、それぞれに指揮官を任命していた。


 フェンリルたちも出撃命令を出すと、急いで首都から出撃していった。


 残るは俺とクレアとフィアだが、今回はキュレアがいるのでロザリオが居なくても俺はすぐに戦地に赴く事が出来る。


 キュレアは小さくしていた体を大きくすると、俺とクレア(フィアも)を乗せて、フェンリルたちの頭上を負って行く。


 俺たちは、森を抜けたところで形ばかりの攻撃を受けたが、そのほとんどが少し戦っただけで、逃げたり、降伏したりした。


 そうして、森周辺の小国を一つ一つ降伏させながら、勇者の居城へと足を進ませた。どの国も俺たちを見ると、城門を開いて降伏した。ドルフトフたちを助けたという噂が広まっているからだろう。


 夜が来たので、深入りも良くないと判断し、今日は降伏してきた『カエサリア』という小国に野営地を作った。連戦連勝で進んではいたが、すでにバーダントを出て5回目の夜だ。


 ここは元王国らしいが、今では国王はいない。ドルフトフの亡き国王と同じで、勇者に殺されたのだろう。


 そう思っていると、一人の男が俺の陣に入ってきた。


「お、お前が、ま、魔王かっ!」


 震える声で俺の方を指さす。


「ん?まぁ、一応そうだけど?」


 そう返すと、男は懐から一通の手紙を出して俺に投げつけた。


 横で控えているブラドは、今にも飛びかかりそうだったが、クレアがそれを抑えている。ブラドとクレアはあまり仲が良いわけではないが、序列的にはクレアの方が上なので、渋々ながらブラドは後ろに下がる。


 フィアは、投げられた手紙を拾うと俺の手まで飛びながら持ってきた。


「これ、読む?」

「まぁ、一応ね」


 俺はフィアから渡された男の手紙を開く。


 そこには、


『魔王に告ぐ


 我はタンゼリア帝国、皇帝陛下に仕える勇者である。帝国の領土を侵す貴様に告げる。即刻軍を引き、貴様一人で我が城に来い。さもなくば、貴様の国から連れてきた魔物と、敵国に降った不埒者どもの妻子を殺す。期限は三日後の月が登るまでだ。



  勇者 ユーデン・ブルタ・センタリア』


 と書かれていた。


 この手紙を持ってきた男は、陣から逃げ出そうと走っていたところを、外に控えていたフェンリルに捕まったらしく、また俺の目の前に連れられてきていた。


「これはどういう事だ?場合によっては、俺は貴方に危害を加えなくてはならない」


 軽く脅すつもりで、魔力を洩らした。


 男は悲鳴をあげて


「お、お許しをっ!わ、私は何も知りませぬ!!ただ、勇者様にこれを魔王に届けたら、そのまま故郷のカエサリアに戻って良いと……!それだけなんです!!」


 そう言って頭を地面にこすりつけて命乞いをしている。俺はこの男を殺すつもりは元々ない。


「まぁ、良いですよ。あなたに罪は無いでしょう。どこにでも行きなさい。ただし、今後我らの邪魔はしないでくださいね」


 俺は男を陣の外へ連れていった。


「さぁ、お帰りなさい」

「あ、ありがとうございます!」


 男はカエサリアの町へ駆け出していった。


 その時、俺はふと、気になることがあった。


「おーい!あなたの名前はー?」


 そう俺が男を呼び止めると、男は走って戻ってきた。


「は、はい!私はハースト・ミルト・カエサリアと申します!」


 カエサリア?と言うとこの小国と同じ名前だ。


「カエサリアと言うと、この国と同じ名前ですね」


 男は今まで少し猫背だったが、背を伸ばすと


「はい!我が父の国でございます!」


 やっぱり。何となく違和感を感じたのはこの事だったようだ。


「それで、国王は?」

「はい、勇者様に殺されました」

「なぜ?」

「それはもちろん、抵抗したからです」


 陣にいた時と比べて、スラスラと応える。まるで、父を殺されたことに怒りが全くないとでも言うように。


「それが当然だと?」

「はい」

「悲しくないのか?」

「もちろんですが……?」


 質問の意図が理解できないのか、ハーストは首をかしげる。


「自分の父が殺されたのに!?」


 俺は多少声を荒らげてしまった。それほどまでにハーストの声は感情が無かったのだ。とてつもなく酷い父親だったのだろうか。


「ええ……もちろん悲しくないですよ?……あれ……どうして涙が……?あれ?」


 ハーストの目からは涙が溢れていた。自分でも何故泣いているのか分からないようだ。


「あれ?あれ?……悲しくないはずなのに……悲しいよ……」


 そう言うと声をあげて泣き始めた。


 クレアがそっと背中を抱いてあげている。こうみえて、案外クレアも優しいのだ。


 フィアから俺の頭に通信がきた。


(この子、感情を操作されてたみたいね。今、感情が暴走して魔法が解けたみたいだけど……)

(操られてた?)

(そう、それも多分勇者に……しかも、お父さんは殺されて当然だって……)


 道理で俺たちを攻めてきた兵士たちも、その殺された親たちも、勇者の国から消えたのに、誰もそれを勇者の責任だと思わなかったわけだ。逆に、俺が助けたという噂が流れていたのは幸いと言うべきだろう。


 俺は、ブラドに占領地域の感情操作が行われないように、哨戒を強化するよう指示した。


 ハーストは一通り泣き終わると、クレアの胸から離れた。


「ありがとうございました……」


 そう言うとよろよろ立ち上がり、俺の前に戻ってきた。


「この国の……代表者に会わせて貰えませんか……?」


 と俺に質問してきた。


「会いたいと言うなら、話を通してはみるよ」

「是非お願いします!」


 ハーストは頭を深く下げた。クレアの尻尾がハーストの頭を撫でている。


(こいつ……あそんでるな?)


 クレアはハーストの反応をみて楽しんでいたのだ。さっき優しいやつ、と思ったのは取り消そう。顔が笑っている。


 とりあえず、ハーストに宿を取ってやると、その日はそれで別れた。


 俺には今日やることがまだある。


 幹部たちを招集した。ハーストが来た時からあらかじめ予測していたのか、みんなすぐ集まってくれた。


「勇者から手紙が届いた。俺一人で城に来いと。じゃないと、俺たちの国の魔物と、兵士の妻子を殺すってさ」


 俺の言葉を聞いた者たちが口々に


「なりませぬぞ!」

「それは悪魔の罠です!」


 と俺が一人で向かうのを止める。


 ドルフトフは口を開かず、目を閉じている。


「ドルフトフさんはどう思います?」


 俺は多少意地悪だとは思いつつ、ドルフトフに声をかけた。なぜなら、殺されるのは彼の部下の家族だからだ。


「はっ!正直に申しますと、サトル殿には行っていただきたい……そして、我が配下の兵士の家族の命を救っていただきたい……」


 その言葉に、他の幹部たちが非難の声をあげる。


 が、俺はそれを手で制する。


「無礼なのは充分承知です……!しかし、私にはどうすることも……」

 


 俺はドルフトフの肩に手を置いた。


「わかった、俺が行くよ、一人で」


 その言葉再び場が止めにかかる。


「ただし!ドルフトフさん、あなたには占領した土地の防衛を任せる。勇者は魔物の国(ティアマト)の軍勢に撤退しろと言うからな。だから、現時点であなた達は独立してもらう」


 その言葉に一同静まった。


「明日の明朝、全軍陣を払うように。そして、バーダントに戻れ。それと同時に、ドルフトフさん、あなたはアリスちゃんを女王に、新たな国家を作ってください。俺は軍を解散すると同時に、勇者の城に行きますから」


 俺は有無を言わさぬ力を込めて言い放った。


 納得しているのはクレアくらいだ。


「では、解散!」


 そう言うと、俺はさっさと陣をあとにした。


 実を言うと、フィアだけは連れてってもバレないと内心に思っていたのだ。実際、フィアも


(私は付いてっても大丈夫ね!だって、いざとなればペンダントに入れるもの!そろそろ、頭の中に見えるメニューの整理も出来たでしょ?)

(ああ、いつでもペンダントに戻ってきて大丈夫だよ)


 そうして、カエサリアの夜は明けたのだった。

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