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無実の犠牲者

 



「……そうか、奴らは降伏したのか」

「はっ!不義の輩が敵に降ったようでござます」

「ならば……」


 男は何かを指示すると、指示を受けた影は闇へ消えていった……





 魔物の国(ティアマト)では、国家としての初陣で、大戦果を挙げた事により沸き上がっていた。各種族の族長はもちろんの事、それ以外の魔物もサトルに祝いの言葉を述べようとバーダントに来ている。


(……これ全員に会ってたら、俺、間違いなく死ねる……)


 流石に数が多かったので(めんどくさい)、族長と幹部だけを招いて、戦勝祝の会を開いた。


 この世界で、俺が1番満足している事は、なんと言っても酒がしっかりある事だ。幸運な事に、魔王の森には清水が湧いているので、昔から魔物たち各種族で地酒製造が盛んだった。


 ……まぁ、キュレアが暴れている間は途切れていたが……


 今では、森の呪いも無くなり、以前の様に造酒業も戻り始めた。これは、ウルフトの内政手腕の賜物でもあるだろう。


 二十種を越える酒がテーブルには並んでいる。いずれ、国の重要な輸出物になる事は間違いないだろう。その為には、何としても勇者を倒さなければならない。勇者の支配地は、魔物の国(ティアマト)にとって、外部への交易路を塞ぐ形で広がっているのだ。敵に、友好関係を結ぶ意思がない以上、力で捩じ伏せるしかないだろう。


 会は概ね順調に進んだ。


 意外なことに、魔物たちはほとんど酔わない様だ。用意されていた酒が足らないほどみんな飲む。フィアでさえ、全くと言っていい程酔わない。


 しかし、さらに意外なことに、クレアだけは泥酔したのだ。いや、泥酔と言うよりかは、浴びるほど飲むが、驚くほど泣くのだ。


 ……泣き上戸か……


「だ〜か〜りゃ〜……お兄ちゃんは〜……黙ってゆ〜ちゃをたおしゃ〜……」


 と何やら泣きながら喋っていたが、最後まで言い終わらないうちに、眠ってしまった。


 族長たちからみんなの分の祝の言葉を貰ったことにして、取り敢えず、戦勝ムードの終結を迎えることが出来た。


 今は防衛のみだが、こちらから攻撃してみても良いかもしれない。すでに敵はこちらを攻撃してきたのだから、俺たちは外聞を気にせず、大義名分を持って勇者を倒す事が出来るのだ。




 そんなことを考えつつ、俺は森で取れたリンゴの様な果物を食べていた。名前は、リンド、だ。多少名前も似ている気がするので、俺のお気に入りの果物の一つだ。甘くて元の世界のリンゴよりも美味い。


 三つ目に手を付けようとした時、偵察をしていたロザリオが小屋に入ってきた。


「サトル様、100人ほどの敵兵が、オーク共に荷を運ばせ、国境付近に近付いておりますわ」


 そう言うと、俺に現場に来て欲しいと頼んできた。クレアとキュレアは見廻りと称して遊びに行っているので、俺を止めようとする者はいない。


 フィアは、


「私も行く!」


 とむしろ行きたい側なので、止めるわけもない。


 だから、


「わかった、いこう」


 と返事をした。


 ロザリオは


「それでは失礼しますわ」


 と言うと、背中から腕を通して俺を抱きかかえる。


 柔らかい感触があるが……それ以上にロザリオの肌は冷たい。吸血鬼だからだろうか?


 俺はロザリオに抱かれて国境に向かう。


 俺は飛べないから仕方がないのだ。本当は模倣者で飛行スキルをコピーすれば出来るのかもしれないが、何となく怖いのでやっていない。


 しばらくすると、駐屯地に付いた。ここから歩いて2分程で国境に着く。


 国境で1時間ほど待っていると、敵兵の小隊が現れた。


 一人の男が前に出てきて、


「魔物に降りし不義の輩よ!貴様らの親はもはやこの世には居らぬ!これが貴様らへの最終警告だ!」


 そう言うと、操っているオーク達に荷物を国境を越えて魔物の国(ティアマト)に運び込ませた。


 その中には、なんと生首が無数に入っていたのだ。荷車の列は長く、ロザリオの報告によるとおよそ300もの荷車が運ばれていた様だ。


 俺の見た荷車には、少なくとも200程の首が入っていた。これを基準に考えると、6万もの人間を殺めた事になる。


「いいか!次は貴様らの妻子を殺すぞ!勇者様の敵は皆殺しだ!覚悟せよ!」


 そう言うと、部下を連れてさっさと帰ろうとする。もちろん、そんな事を許す俺ではない。


 防衛の任に付いていた魔物たちに指示を出して、奴らを捕えさせようとした。


 が、奴らは転移魔法を使ってその場から消えてしまったのだ。


 あとに残ったのは、自我を失ったオーク達だけだった。こいつらは操られているだけなので、殺すには忍びない。出来るだけ殺さないように指示をし、洗脳を解いて解放してやった。


 ……まぁ、全員その後うちの国に残って働いたのだが……


 俺は、首を魔物たちに運ばせると、ひと足先にロザリオに抱かれてバーダントに戻った。この事件を兵士たちに伝えなければならない。正直、とても辛い。


 首都に戻ると、俺は兵士の指揮官の元へ向かった。忘れていたが、彼の名前はドルフトフと言い、昔は小さい多国の元帥だったらしい。それが、勇者の怒りをかい、攻め滅ぼされたと言う。


 彼は、王の娘を預かり、それがバレない様に勇者に仕えていたのだという。今回の出兵でも、自分の隣に置いて話さなかったという。


 彼女は、ドルフトフの事を本当の父親だと思っているようだが、いつもドルフトフが少し後ろに立っているので、ドルフトフは王の娘に対して、忠誠を建てているのだろう。父として、家臣として。


 そんな忠義の厚い男の元へ、俺は兵士たちの親が殺された事を伝えに行く。俺は怒りを抑えるのに必死だったが、伝えないわけにはいかない。本当は、今すぐにでも勇者を殺してやりたい。


 俺は彼らを住まわせている区域に着くと、直ぐにドルフトフに面会した。


「兵士たちの親の首が勇者から送られてきた……」


 俺がそう告げても、しばらくは意味を理解出来なかったらしい。


 しかし、俺の言った意味を理解し始めたのか、みるみるうちに顔を真っ赤に染めて怒りだした。


「なんと!なんとなんとなんと!……それはまことで……まことでございますか……!!」


 そう言うと、テーブルを思いっきり叩きつけた。


 その衝撃でテーブルにヒビが入ってしまった。厚さが15cmはあろうかという硬い木で作ったテーブルがだ。


「サトル殿……それで勇者はなんと?」

「次は妻子も殺すと……」


 それを言うと、今まであまりの衝撃に震えていたドルフトフの横にいた少女が


「お母様が殺されちゃうわ!!」


 と、ドルフトフに泣きついた。


「無論俺がそんなことはさせんよ……母さんは俺が必ず生きて助けるから、アリスは安心してなさい」


 少女の頭を撫でてやると、部屋の外へ少女を出した。


「もちろんアリス様の本当の父でも、もちろん母でもありませぬ……しかし、これ以上あの子を悲しませたくありませぬ……王のためにも……」


 そう言って立ち上がり、俺の前に来て剣を抜いた。ロザリオが身構える。


「亡き王より授かりし、この剣に誓う。必ずやあの悪魔を倒さんと!」


 ドルフトフは、俺の前で見事な演舞を披露した。


「これは我が王国で、忠誠を誓う相手に捧げる舞です。是非、我々にも勇者討伐への参加をお命じ下さいませ!」


 そう言うと、俺の前に跪いた。


 無論、俺に拒否するつもりはない。というか、俺に拒否する権限はないだろう。


「わかりました、一緒に勇者を倒しましょう」


 俺はドルフトフを立ち上がらせると、手を握った。それに対して、ドルフトフは涙を浮かべた。


「……サトル様がほんの束の間、亡き王に見えました……」


 俺の手を強く握り返すと、扉を開けて外へ出ていった。


「みんな聞いてくれ!残念で、許されざる知らせが届いた……勇者と言う悪魔が、我らの親を殺してその首を送り付けて来た。そして次は我らの妻子を殺すという……」


 それを聞いた兵士たちは、固まって動けない。しかし、徐々に話を理解すると、言葉にならない怒りを露にした。


「それで俺は!サトル様に従いかの悪魔を討ち果たそうと思う……俺に着いてくるものはおるか!」


 ドルフトフの掛け声に、兵士たちは拳を突き上げ応える。


「必ずや勝とうぞ!」


 ドルフトフが剣を高く掲げた。


 その知らせは、その場にいない兵士達にも聞こえ、続々と共に闘いたいと言う者達が集まってきた。捕虜のほぼ全てが参加したと言っても過言ではないだろう。不参加の者も、大概が負傷兵だ。


 勇者の大虐殺により、捕虜たちは立ち上がったのだ。そして、それは魔物の国(ティアマト)にも影響を与えた。各種族の族長たちが


「勇者生かすべからず!」


 と、バーダントに押し寄せたのだ。無論、俺もそのつもりだ。


 かくして、魔物の国(ティアマト)に勇者討伐軍が編制されることとなったのだ。

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