開戦
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魔物の国の成立と、勇者との開戦は、瞬く間に森中に広まった。
開戦に伴い、フェンリルは戦力の増強を、ウルフトは兵糧と兵站を、シャギ率いるドワーフは武器制作と大忙しだ。
戦争といっても、こちらから攻撃を仕掛けることはない。
何故なら、勇者は人間から見ると希望の存在だからだ。彼ら人間からすると、魔物を追い払った英雄なのである。
しかし、クレア率いる魔王軍は人間相手に略奪などの暴行はおこしていない。それに、勇者の国民たちは、勇者の利益の為に食料の値段を吊り上げられていることに気が付かないでいる。
要は、勇者が人間の真の英雄ではないということだ。彼らは勇者に利用されているだけなのだ。クレアによると、人間たちの生活は魔王が存在していた頃より苦しいようだ。
中には、勇者の非道を知ったものもいる。
だが、勇者はそれらを揉み消した。気が付いた者のいる村に魔物を押しかけさせて……
それ以来、勇者に刃向かうものは居なくなった。逆らったならば、村ごと地図から消されてしまうのだ。
こちらから攻めれば、国民たちも立ち上がり、勇者討伐に協力する可能性もあるかもしれない。しかし、圧倒的に勇者に従う可能性の方が高いのだ。勇者の国民に対する魔物への恐怖心の植え付けは、それ程までに根強いのだ。
そうして、戦争の準備をしつつ、領土の入口に防衛部隊を配置して、何事も起こらぬまま1ヶ月あまりが過ぎた。
こちらと同様、すぐさま戦争に突入する軍備が無かっのか、ようやく敵部隊が現れた。
ブラドたちが上空から観た情報によると、三部隊が出陣しており、目の前にいるのが先頭の部隊だそうだ。
驚くべきことに、目の前の部隊は規模がとても大きい。
魔物の国は、全ての国民を合わせても10万足らずである。が、目の前にいる部隊だけで10万は優に超えているのだ。
それが後、二部隊あるというのだから、勇者の戦力の大きさに驚かざるをえない。
「この人たち……普通の兵士よ?勇者の主力は居ないみたい」
クレアが俺の元に来て、前回の襲撃時の強い個体が居ないことを知らせてくれた。
「というか……お兄ちゃん、わたしたち多分舐められてるわ。後ろの部隊は農作業の道具や、家畜もつれてるもの」
なるほど、俺たちを排除するのは当たり前で、このまま占領し、植民地として即利用するつもりなのだろう。
生憎、俺もそいつらに、はいどうぞ、と国を明け渡すような最低な王ではない。可愛そうだが、兵士たちには全滅してもらうしかないだろう。
勇者軍は、俺たちに攻めかかってきた。
俺も戦闘に参加しようと立ち上がったが、クレアとフィアの両方に止められてしまった。
「王様がやられちゃったら終わりでしょ?まぁ、サトルならやられないと思うけど……ちょっとは部下の活躍もみてみない?」
とフィアに言われてしまった。
……子供に諭された様で若干腹が立ったが、確かに、自国の戦力をはっきり知らないので、これはいい機会かもしれない。いざとなれば、俺とクレアで助けに行けばなんとかなるだろ
そして、俺は前線の陣地に移動させたクレアの小屋で戦況を見守ることになった。
その時、ブラドが現れ
「サトル様、我々、近衛隊では有りますが、この新しき力、敵前にて発揮してみたいのですが……」
と出陣の許可を得に来た。
「サトルお兄ちゃんなら私がいるから大丈夫!行ってらっしゃい!」
クレアが気前良く許可を出した。
しかし、それには興味を示さない。じっと俺の方を見つめているので、
「ク、クレアもいいと言ってるし、行ってこい」
と言ってやった。
すると、彼らは嬉しそうに羽を動かし、戦場へ舞っていった。
「なんなのよ、あいつら!」
クレアは大変ご立腹だ。自分の言葉が無視されたからだろう。
そう言えば、クレアが魔王時代には吸血鬼はクレアの元に挨拶もしに来なかったという。
……こいつ、嫌われてるな
と思ってしまったのは内緒である。
フィアの魔法で小屋にいても戦場を見ることが出来る。音が聞こえないのが難点だが、戦場のほぼ全域を把握する事が可能だ。
俺は戦場をみて唖然とした。
あまりにも一方的だったからだ。
フェンリルの部隊を始め、ブラドや他の魔物が圧倒的に強いのだ。
フィアの見せる映像には、敵兵の死体の山と、逃げ惑う敵兵の姿だ。隊長格でさえ、我先にと逃走を始めている。
このまま続けてしまうと、俺たちが人間を虐殺しているだけになってしまう。
俺は慌てて
「全軍撤退!」
と号令をした。
渋々ではあったが、全員撤退してくれた。
さらに驚かされたことに、俺たちの死傷者はゼロだった。大きな怪我をした者もいない。完全な一方的戦争だったのだ。
(これなら、魔物たちは勇者に負ける事無かったんじゃないか?)
俺はそう思わずにはいられなかった。
その心を知ってか知らずか、クレアは
「サトルお兄ちゃん、強すぎ!こんなにみんな強くなるなんて思わなかったよ!」
と戦勝を喜んでいる。
まるで、俺が勝利に貢献したような言い方だ。俺は、敵一人として触れてすらいないのに。
「ん?俺は今回動きもしてないぞ?」
と疑問をクレアにぶつけた。
「いやいや、お兄ちゃんの系譜に入ることでみんな昇華したでしょ?お兄ちゃんがあまりにも強すぎるから、みんな昔の何倍も強くなったわけ!」
とすると、クレアもか?魔王が数倍って……
「わたしは、お兄ちゃんの一族譜だから、魔王時代の10倍強いよ?それでも、お兄ちゃんの足元にも魔力は追いつかないけどね」
魔王が10倍って……そりゃ、ただの人間に勝てるわけないだろう。
それにしても、俺ってそんなに強いのか?勇者とか余裕なんじゃ……と思ったが、まだ見ぬ敵について舐めてかかるのは辞めよう。それに、勇者が只者で無いことは確かなのだ。
俺は、今回の被害で勇者側が降伏してくれる事を祈ったが、全く敵は戦いをやめる素振りを見せなかった。それどころか、崩壊しかけた第一軍をまたこちらに向けてきた。
……流石に、農耕部隊である第二、第三部隊は撤退したようだが……
兵士は、撤退すると殺されるらしく、魔物たちに死に物狂いで襲いかかってくる。
あまりにも可愛そうだったので、魔物たちには、殺さず捕らえろ、と命令した。
しかし、兵士たちも抵抗するので、仕方なく俺が戦場に向かった。
「魔王、サトル・バーダントだ。降伏する者の命は保証しよう」
と戦場中に流布した。
それでも、信じられないので攻撃してくる。
そこで、俺は指揮官の元へと一直線に進んでいった。
エルフの使う、麻痺系のスキルをコピーして、それを高利貸で調整しつつ、なるべく殺さない様に兵士たちを無力化して指揮官の元へと辿り着いた。
「指揮官はどいつだ」
俺が着いて直ぐにいった。
すると、白い顎髭の目立つ、初老の男が
「私だ」
と現れた。俺を取り押さえようとする部下たちを静止しながら。
「さて、魔王自らここに来た要件とは?」
「もちろん、これ以上兵士を殺したくない。降伏を勧告しに来た。降伏するなら命は保証する」
「それが真である確信がもてぬ」
と、一歩も譲らない。目には固い意志がみえる。
そこで、フィアが現れ
「なら、精霊の契約ならどう?」
と一枚の紙切れを出した。
ヨーゼリアに貰った許可証と似ている。
「ここで交わされた契約は絶対よ?破れば破った方の身体が朽ち果てるわ」
そう言って男に紙切れを渡した。
「精霊の契約とな……ならば安心じゃな」
ようやく交渉の席に付いてくれた。
契約内容は
1.敵対行動を起こさぬ限り、兵士に危害を加える事を禁ずる
2.戦争が終わるまでは捕虜として、魔物の国で労役を課す
3.戦争終結後は、いかなる理由があろうと国に戻る者を止めることは出来ない
4.全ての兵士は人権を尊重される
5.兵士は魔物の国の法律を遵守する。但し、人権の範囲内である
の5つだ。
戦争捕虜にとっては、破格の条件と言っても過言ではないだろう。
男は涙を流して
「これが残酷な魔王のする事とは……未だに信じられせぬ……勇者様はやはり間違っておられたのですね……」
と、契約にサインをした。
この時点で、彼の旗下の兵士は魔物の国への降伏を受理された。
兵士たちに世界の声が響いた。もちろん魔物にも。
兵士たちは、その場に崩れるもの、泣き出すもの、周りのものと抱き合うもの、と様々な行動を見せてくれたが、どれもみんな喜んでいることに変わりはなかった。
敵軍の降伏により、初戦は勝利を収めることが出来た。
しかし、これで戦争は終結に向かうかと思われたが、勇者はより一層の攻撃をせんと軍備の増強に奔る。
まだまだ、戦争は終わりではなかったのだ……いや、これからと言った方が正しいかもしれない。
だが、今は勝利を素直に喜ぼう。それに、今回の戦闘で部下たちが簡単に殺られるとは思えない。
次の戦闘までの少しの時間くらい、皆で喜びあってもいいだろう。