魔物の国
それからしばらくは、村は大騒ぎだった。
フィアがお菓子を作る!と、騒いで村の甘味を空にしかけたことや、クレアが村に来た、という事もそうだが、周りの村の使節が俺の村に大量にやって来たのだ。
もちろん、人間ではなく全て魔物だ。
俺たちがキュレアの呪いを解いたことにより、森の土が浄化され、作物が良く育つ、以前の豊穣の大地が蘇ったのだ。
今までは、賊に村が襲われていたのに助けを出そうとしなかった村までが
「今回の一件、実に見事であり……」
などと言いながら、俺とクレアに貢物を持ってくる。都合の良い奴らだ。
それほどまでに、クレアという魔王の存在と、竜をも倒すという見た事のない紛れ者の存在というのは大きいようだ。
俺は正直、こいつらをどうしたら良いのか迷っていた。彼らからの貢物で、俺の村はかなり発展するだろう。現段階でも、すでにウルフトの素晴らしい采配によって、ハイオークたちが村の再建をほぼ終わらせようとしていた。
ベオウルフにハイオーク、オーガを加えて、もはや規模的には村ではなく、町と言うのが適切だろう。それ程までに、短期間ではあるがウルフトたちの頑張りにより、村は強固に蘇ったのだ。
まぁ、俺の高利貸によっていくらか資材を増やしたり、ヨーゼリアから貰った金貨も使ったりとしたのだが……
あまり俺のスキルで物資を増やすのは良くない、とは思いつつも、ついつい増やしてしまうのだ。考えようによっては、1本の木材が10本になるのだ、かなりの儲けである。
しかし、そうすればこの村が自立出来ないのでは?と疑問が俺の中で巡っているのだ。これは、フィアとクレアも同じことだ。あまり干渉しすぎるのは良くない、これが二人の意見だ。
だから、俺も住民たちにはバレないように、偶に少しだけ資材を増やしているのだ。最初だけなら、大丈夫だろう、と。
ここで困った事が起きる。さっきも話したように、周囲の村の住民たちだ。
ウルフトに言わせると、
「彼らは我らを助けてはくれなかった……しかし、それは仕方の無いことで、我々が彼らの立場なら、恐らく助けはしなかっただろう……」
と、一方的には彼らを責めたりはせず、かえって同情までしている。
「ここ一帯は、クレア様の御加護があってこそ、安定しておりました……それが勇者なる人間が来てからは、全く変わってしまったのです」
ウルフトは元々この森林に広まる村々は、ある種一人の君主の元にまとまっていたという。もちろん、その君主はクレアだ。
……当のクレアは全く自覚はないのだが……
勇者が来てからというもの、村々は互いに疑心暗鬼となり、勇者に怯えて過ごしていたらしい。
事実、勇者の一団に襲われて滅びた村がいくつもあるという。中には、住民全てが殺された事もあるらしい。
理由が、修飾品に使う素材が、魔物の角や牙という理由だから、なおさら許せない。ただ、彼らは人間の娯楽の為に殺されたのだ。
同じ人間として恥ずかし……もう種族は人間ではないのだが……
「クレア様、キュレア様が復活なされた故に、勇者も我らに軍勢を再び向けるでしょう。その為にも我ら魔王の森の村々が、再び手を取り勇者に備えるのが良いのではなかろうか?」
使節の一人がウルフトの開いた会で発言した。彼はドワーフ族の村の代表で名前をシャギという。
ドワーフは魔物と言うよりかは人間に近く、亜人と呼ばれる種族だ。フィアに言わせると、俺の人魔族も亜人の1種だそうだ。
彼らは、武器作りや魔法道具の製作がとても得意だが、身体が小さく、とても力では魔物に勝てないため、周りに武器や道具を売って今まで魔物と敵対せずに過ごしていたという。
しかし、彼らが平和に暮らしていたとしても、それを許す勇者ではなかった。勇者はドワーフたちに武器を作らせようと、彼らを何百人も連れていった。
シャギたちはその生き残りと言ってもいいだろう。連れ去られたドワーフたちとはここ何年も連絡が取れていないという。
「その件ですが……」
ウルフトが立ち上がり話し始めた。
「わたくしからも同様の提案をさせていただきたいと存じます」
彼はくるりと回ると、俺とクレアの前に跪いた。
「我々、魔王の森の魔物が生き残るには、勇者を除かねばなりませぬ!何卒、何卒我らにお力を!」
そう言うと、他の使節も膝を付いて俺たちに頭を下げた。
クレアは
「私は問題ないよ?」
と言うような目で俺を見てくる。
俺がどうすれば良いのか悩んでいると、
「なら、この森の村で一つの国を作ったらいいゆじゃない?」
フィアが彼らに提案した。
「しかし我らは種族も違い……一つの国にまとまるなど……」
使節たちの顔は不安が滲み出ている。
「だからダメなんでしょう?ここらできっちりまとめて置かないと、例え勇者を倒せても、また別の勇者に虐げられるだけでしょ?」
フィアは更に続けて追い討ちをかける。それにはウルフトを始め使節たちも動かされたのか
「それが可能ならば……」
「我らも勝てるかもしれない……」
「……まだ希望が……!」
と口々に前向きな言葉を発し始めた。
「そういうことなら、サトルお兄ちゃんが王様で問題ないよね!」
クレアがまとめるように大きく響きわたる声で場の他の言葉を鎮めた。
「わたしはサトルお兄ちゃんの下につく。これは、この村に来た時から言ってること。だから、わたしはもう魔王じゃない」
ウルフト以外の使節は、クレアの言葉が理解できないのだろう。
それもそのはずだ、俺を実際に知っているウルフトは別だが、あくまで他の使節のこれまでの崇拝は全て魔王クレアに有ったのだ、それをひょっこり現れた流れ者に崇拝の対象を変えろと言ってもなかなか難しいものがあるだろう。
それを見抜いたのかクレアは、
「正直に言うと、わたしはお兄ちゃんには勝てない。レベルもわたしの方がずーっと高いけど、お兄ちゃんの魔力はわたしでも読み切れない……それくらい大きいの」
と煮えきらない態度の使節に向かった。
そして、俺の前に足をつき、俺の左の手にキスをした。
その瞬間、その場の全員が驚いた。フィアも例外では無い。
俺の頭に例の声が聞こえた。
(クレアがバーダント系譜への参加を求めています。許可しますか?Yes/No)
クレアは俺の方を見て笑っている。まるで、早く許可しなさい、とでも訴えるように。
俺はYesを選択した。
(バーダント系譜、一族譜にクレア・バーダントが追加されました。これより、個体名クレアは個体名サトル・バーダントの下位存在としてサトル・バーダントの指揮下に入ります)
世界の声が俺に告げる。もちろん、俺は全く理解が追いついていない。
しかし、使節たちは目の前にひれ伏している。
「何がおきた?」
俺はほぼ無意識のうちにクレアに尋ねていた。
「わたしの存在を、サトルお兄ちゃんの存在の下に刻みつけたの。だから、ただ系譜に列なるだけじゃなくて、わたしは自分の魂をお兄ちゃんに預けた、ってことになるかな?」
そう言うと笑って俺の左手を放した。
「まぁ、普通は絶対誰もしないよ?そもそも出来るの個体も魔力をたくさん持ってないとダメだし、多分魔王が下位存在になるなんて、今まで誰もしなかったんじゃないかな?」
ウルフトも顔を上げると
「ご、ございませんぬ……!」
とクレアの言葉を肯定した。
「それどころか、サトル様とクレア様は名前によって結ばれた……言い換えれば、兄弟の様に強い絆で結ばれたので……恐らく、勇者にも引けを取らない、いや、勇者なぞ足元にも及ばぬ、存在になられたやも知れませぬ……我らももはや反対する意思なぞありませぬ、そうですな?使節の方々」
ウルフトの問い掛けに、それぞれ頷く。俺が王して認められたようだ。
「魔王サトル、万歳!」
誰からともなく始まった万歳コールは、その場一帯に広まった。フィアとクレアは面白そうに二人揃って俺を眺めている。
……嵌められた気がしないでもない
魔王サトル、と呼ばれた気もしたが、多分気のせいだろう。いや、気のせいに違いない。俺が魔王だなんて……
(個体名サトル・バーダントが人魔族から魔人に昇華しました。称号『魔を統べる者』を獲得。これにより、『召喚』に関連する能力の取得が可能となりました。サトル・バーダントは以後、クレア・バーダントに代わる魔王して世界に認知されます)
どうやら気のせいではなかったらしい。それどころか、人間からさらに遠のいた存在になってしまったようだ。
こうして、魔王の森に新たに魔王の国が出来た。それは、過去に類を見ないほど強大な魔物たちの国家である。単一種以外での国家では、ここまでの規模は初めてのことであった。