Ⅵ Cupiditatem neque ad memoriam
レオンは相変わらず、神人類について調べていた。
暇さえあれば図書館へ向かい、本を読んでは知識を蓄えていった。
「ご主人様・・・手伝いましょうか?」
ティーナが尋ねるが、レオンは断った。
何故なら、彼女は字を読めないからだ。
見せたところで理解できないのである。
(早く覚えさせないとな・・・)
レオンは軽く息を吐く。
ここ数日、ひたすら古文書などを漁っていたが、文字すら発見できなかったのだ。
カインが知っていたことが不思議なくらいに。
「なぁカイン・・・神人類なんて種族、どこで知ったんだ?」
「あ?簡単だろ、親から聞いたんだよ。私たちの一族は神人類だってな。実際、母さんも神人類だった」
カインは高所にある本を取ろうと、背伸びしながらレオンに返す。
「届かねぇ・・・!」
必死に手を伸ばし、ジャンプなどを駆使して取ろうとしているが、あまりにも身長が低すぎて届かないのだ。
レオンが手を伸ばせば届く位置だが、彼は面白そうにカインを見つめていた。
「おいレオン、見てないで取れよ!」
「というかお前、敵国にいるのに警戒してないのか?」
レオンは質問しながら本に手を伸ばす。
「私には敵も味方も関係ねぇ。ただ私を必要としているか、それだけだ」
「なるほどね」
手に取った本をカインに渡すと、彼は笑みを零した。
「折角だし教えてやるよ、神人類について」
「いいのか?俺が知らない方が都合がいいかもしれないぞ?」
「どうせいつか知られることだしな」
カイン曰く、神人類とは、人類の中で最も神々に近い者たちのことらしい。
基本的に銀髪で真紅色の瞳を持ち、肌も白い。
地球で言うところのアルビノである。
それらは名前に神の名を冠しており、その神に沿った能力を授けられる。
例えばカインの冠するミネルヴァは、知恵や魔術を司る女神である。
対してレオンの冠するヴィクトリアは、死に対する勝利を表す。
つまるところ、レオンに与えられる能力は"絶対的な力"である。
また、総人口が非常に少ないのも特徴だそうだ。
レオンはただただ目を伏せて聞いていた。
自分がどういう存在なのか。
ティーナも主の正体について興味を持っているのか、真剣に聞いていた。
神に近しい存在。神と酷似した存在。
それはレオンにとって、嬉しいことではなかった。
「文字列から想像はしていたが・・・やはりそういうことか」
「お、やっぱり予想はついていたのか」
「まぁな」
レオンは古文書を元あった場所へ戻し、立ち上がる。
「どっか行くのか?」
「ちょっとギルドまで。お前も来るか?」
「いや、私は調べたいことがあるからな」
カインはレオンの誘いを断り、本に目を落とす。
対してレオンはティーナを連れ、カインを残してギルドへ向かった。
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ティーナ=ヴィクトリア lv56
称号:悲劇の奴隷・獣人・月輪のメイド・暗殺者・主人愛
魔法属性:闇
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ギルドは相変わらず喧噪が支配していた。
レオンはギルド二階の研究室ーーーベルゼンの部屋に入っていく。
「やぁ、来たかい」
「一体なんの用だ?」
ベルゼンが微笑して迎えると、レオンはため息をつき、腕を組んで尋ねた。
「君たちにこれを渡したくてね」
そう言ってベルゼンは不思議な色合いの石を差し出した。
「なんだ、これは・・・?」
その石は紫水晶のような見た目で、自ら神々しい光を放っていた。
ただ、微かに禍々しい光りも帯びていた。
「これはエクシティウム・ジオードという水晶で、稀有な力を秘めているらしいんだ」
「稀有な力・・・なんだそれは?」
「あぁ、それは僕にも分からないんだ・・・飽くまで伝承だからね」
「いや、研究員なら実験しろよ」
レオンの言葉に、ベルゼンは苦笑する。
なんでも能力自体が不明なため、実験のしようがないらしい。
「で、用はこれだけか?」
「うん・・・あ、そうだ。最近クエストには行ってないみたいだね」
「色々と忙しいからな。特別級は大変なんだよ」
「研究員も大変だけどね」
レオンはため息をつきながら呟き、ベルゼンはそれに付け加える。
実際、未だに戦争の書類が残っているのだ。
まさか後処理がここまで大変だとは思わなかった。
レオンはベルゼンと別れると、ギルドのクエストボードに目を移した。
そこには、ダークドリュアスの討伐依頼が張り出されていた。
「懐かしいな・・・」
「どうかしたのですか?」
「いや、なんでも」
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「お前、ダークドリュアスを討伐したらしいな・・・?」
レオンの目の前で、腕を組んだ紫髪の幼女が言う。
死んだ魚のような目をしており、いかにも無気力という印象だった。
「なんだお前?」
「私はスジャータ、S級冒険者だ」
スジャータは得意気に言うが、レオンは目を伏せてため息をついた。
「なんだお前・・・S級冒険者だぞ、もうすこし驚けよ・・・」
「いや、どれくらい凄いか分かんねぇし」
スジャータが不満そうに頰を膨らませ、レオンはやれやれと言った具合に首を振る。
「F級でありながらダークドリュアスを倒すという偉業を成し遂げたお前に話がある。私の弟子にならないか・・・?」
「は?なんで俺がお前みたいな幼女の弟子にならねばならんのだ」
「なっ・・・幼女だと・・・!?」
レオンの心ない発言に、スジャータはショックを受けていた。
「お前・・・何歳だ・・・?」
「15だ」
「少なくとも、私はお前の十倍は生きてるぞ・・・」
「いやでも、見た目完全に幼女ーーー」
「それ以上言ったら・・・殺すぞ?」
途端に、首筋に冷たい感覚が走る。
刃物だ。今、それを突き付けられている。
「す、スジャータさん!ご主人様にそんなこと、しないでください!」
ティーナはスジャータを必死に止めた。
「・・・見たところ、お前は奴隷だな?」
「は、はい。そうですが・・・」
「珍しいな、主思いの奴隷とは」
「はい、私はご主人様が大好きです」
スジャータは拍子抜けしたように目をパチクリさせ、レオンは微笑する。
「そういうわけだ、お前の入る枠はねぇよ」
「相思相愛とでも言いたいのか?」
「ティーナは俺が此処にいる理由だからな」
レオンはスジャータの手を払うと、ティーナの頭を撫でた。
ティーナは気持ちよさそうに目を細めて恍惚としていた。
「お前ら、面白いな。お前らなら、私の野望を叶えられるかもしれない・・・」
レオンはその言葉を聞き逃さなかった。
「野望、ねぇ。興味あるな」
「知りたければ、私の弟子になれ」
スジャータの揺るぎない要求に、レオンはため息を一つ。
「まず、剣を仕舞えよ」
レオンに指摘されて、彼女は周りに人だかりができていることに気付いた。
「仕方ないから弟子になってやる。さぁ、野望とやらを聞かせるんだ」
「いいだろう」
そう言うと、彼女の目に活気の光が灯った。
彼女の原動力はその野望らしい。
「私の野望は至極簡単で単純だ。人種差別とか、極端な上下関係のない世界にする、それだけだ」
「十分難しいことだとは思うが・・・不可能ではないな」
「そう思うだろ?お前くらいの力があれば、私の野望は実現に近付く」
先程までの無気力さとは打って変わって、真剣な一面を目の当たりにする。
これは私利私欲の野望ではない。
世界の理想形であることをレオンは知っていた。
同時に、無謀な理想であることも。
「仮にそれが実現すれば・・・俺の目的の達成に繋がる可能性もある」
「ならば決まりだな」
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「何かクエストに行かれるのですか?」
「いや・・・今日の用事はベルゼンの件だけだからな。帰ったら書類を片付けないとな」
レオンは意味なくティーナの頭を撫でる。
「さ、カインを連れて帰るぞ」
「はい」