Ⅴ A step in vindictam
「はぁ・・・」
純白の髪の少年、レオン=ヴィクトリアは自宅の書斎でため息をつく。
深い紅色の瞳はどこか遠くを見つめていた。
「どうかしたのですか?」
その隣で金髪碧眼の少女、ティーナ=ヴィクトリアが彼女の主人であるレオンに質問を投げ掛ける。
綺麗に整えられた髪は腰の高さまであり、フードのついたパーカーのような服に身を包んでいる。
「いや・・・この量は流石に辛い」
彼がここまで疲労している原因は、彼の前に積み上げられた書類である。
先の戦争に関連した書類なのだが、戦争の後始末がここまで面倒だとは、彼は思っていなかったのだ。
書類の中には提示された条約の内容や、会議の日程なども存在する。
別段彼は行く気など微塵もないのだが、念のため目を通しているのだ。
猫の手も借りたい気持ちだが、側近であるティーナでは少々無理である。
そもそも、彼女は殆ど字が読めない。
レオンが頭を抱えながら虚ろな目で書類を読んでいると、扉がノックされる音が耳に入った。
レオンはそれどころではないが、ティーナもそれに気付いたようで、玄関の方へ駆けていく。
「どちら様でしょうか?」
ティーナがドアを開くと、そこには何人かの騎士がいた。
そして、その内の一人がこう言った。
「レオン=ヴィクトリアはいるか?騎士長がお呼びだ」
「はい、少々お待ちください」
ティーナは騎士に一礼すると、レオンのいる書斎へ戻る。
レオンは相も変わらず頭を抱えていた。
「ご主人様、騎士長様がお呼びだそうです」
「騎士長ぉ?」
彼は気だるげに体を立てると、玄関へ向かう。
「俺に何のようだ?忙しいんだが・・・」
レオンが玄関前で待っていた騎士を睨む。
「そこの小娘には伝えたが、騎士長が貴様をお呼びだ。詰め所まで来てもらおう」
「用があるならそっちが来いよ・・・」
「騎士長は大事がない限り、基本的には出歩かないのでな」
「はぁ・・・」
レオンは渋々承諾し、ティーナを連れて騎士の後ろに付いていく。
首都の大通りを抜け、ギルドの付近にある噴水を中心に隔てて対角線上にそれはあった。
騎士が門番に事情を説明すると、門は解錠されゆっくりと開いていく。
「入れ」
悉く偉そうな態度を取る騎士に対してレオンは苛立ちを募らせていたが、何を言っても無駄だと理解しているので指摘はしない。
立場だけならレオンの方が上なのだが、この騎士は職業柄か自身の優越を確信しているのだろう。
レオンは言われた通り詰め所内に入ると、今度は騎士長の下まで案内される。
「この先に騎士長がいる。呉々も、無礼のないようにな」
(いや、立場は俺の方が上なんだが)
実際騎士長よりも特別級の方が権限が強いのだ。
時代も臆測だが、差し詰め中世ヨーロッパといったところだろう。
もしかしたら罪にかけられるかもしれない。
そんなことを考えながら廊下を進んでいくと、騎士長室の前まで到達する。
その扉を開くと、レオンの予想通りそこには騎士長が佇んでいた。
何故か護衛も付いており、明らかにこちらを警戒している。
「来たか。まぁそこに座れ」
レオンは騎士長の用意した椅子に座る。
「何のようだ?」
「用件は二つある。まずは一つ目だ」
騎士長はレオンの質問に回答すると、
「先の戦争についてだが・・・神獣を行使したそうだな。貴様・・・何をした?」
と質問を返す。
レオンは心の中で舌打ちをした。
情報の回転がここまで早いとは。
レオンは正直、この世界の情報網を侮っていた。
神獣を行使したという事実は、あまり他人には知られたくないのだ。
神獣を操るなど、この世界ではイレギュラーである。
実際にはイグニスにも一人、神獣を操れる者は存在するのだが、それでも不完全だったのだ。
つまり、この世界で完全に神獣を操作するのは不可能というわけだ。
その事実が知れ渡れば、能力を危険視されて極刑などもあり得る。
「詳しいことは話せないな」
レオンは目を伏せて答える。
「なにか疚しいことでもあるのか?」
「いいや無いな。ただ、能力を危険視されて、政略的に殺されては困るんでね」
人間とは元よりイレギュラーを排除したがる性質を持つ。
この護衛も恐らく、レオンの力を警戒して付けたのだろう。
行動次第では、ここで殺され兼ねない。
「知りたければ一つ、俺の要求を聞け」
「貴様、態度が無礼だぞ!」
レオンの態度に苛立ちを覚えたのか、護衛の一人が追及する。
騎士長はそれを手で制し、こう言った。
「彼は冒険者だが、我々より高い身分の人間だ。無礼なのは我々だということを肝に命じておけ」
「はっ!」
騎士長に注意されて護衛は頭を下げるが、不服のようで一瞬レオンを睨んだ。
「話が逸れたな・・・要求を聞こうじゃないか」
騎士長の目が怪しく光る。
「これから話すことは他言無用だ」
「いいだろう」
「命を懸けろよ?」
「・・・了承した」
半ば脅迫のような要求だが、騎士長はそれを了解した。
「神獣と契約を交わし、それに則って神獣を行使した。それだけだ。ディエスネーズに触れるような行動はしていないさ」
「神獣との契約、か・・・詳しく聞かせてもらおうか」
「俺への質問は"あのとき何をしたか"だ。これ以上話すつもりはない」
レオンは騎士長の質問を切り捨て、再び目を伏せる。
「・・・まぁいい。いずれわかることだ。さて、二つ目の用件だがーーー」
騎士長はそこまでいうと、机の引き出しから一枚の書類を取り出した。
「イグニスとの会談に同行してもらう。これは勅命だ」
「勅命だと・・・?」
書類には会談の日程と目的が記載されていた。
先の戦争での賠償金の請求や、政治的な制限をかけるようだ。
そこにはレオンの名もはっきり記されていた。
勅命となると、無視は許されない。
レオンは渋々承諾する。
騎士長の話によると、レオンからも一つ、イグニス側に要求することを認められているらしい。
「これで用は済んだか?」
「あぁ」
「そうか」
レオンは椅子から立ち上がると、部屋を出ようとした。
するとーーー。
「このまま帰すと思っているのか?」
護衛の槍が行く手を阻み、レオンの帰宅を阻害する。
「おいおい、何のつもりだ?」
「まだ全て話していないだろう?帰りたければ、神獣との契約について話せ」
どうやら騎士長はそれについて、どうしても知りたいらしい。
「今の俺ならここにいる護衛全員を始末することも可能だぞ?」
実際は魔力の純度が低いため、思い通りに事が進むかは微妙ではある。
ティーナも腰の小刀に手を掛け、臨戦体勢をとっている。
「そんなことをすれば、法廷に立たされるぞ?」
「果たしてどうかな?」
睨み合う二人。
緊迫した空気はまさに一触即発。
指で触れられるくらいの緊張を孕んでいる。
暫くすると勝算がないと考えたのか、騎士長の方が折れるという結果となった。
「仕方ない。今の我々では、勝ち目はないだろうな」
「お分かりの様で」
レオンはそれだけ言い残すと、詰め所を去った。
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レオン=ヴィクトリア lv69
称号:月輪・特別級・神の遣い・創造者・破壊者・神獣使い・神の名を冠する者
魔法属性:無 創造魔法 破滅魔法
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会談当日。
レオンはイグニスの宮廷で、ギルドマスター、国王に同席していた。
相手側の兵士には、憎悪の籠った視線を送る者も在れば、悔しさを滲ませる者も在った。
「内容はこの通りだ」
国王がイグニス王に書類を渡し、条約の内容を提示する。
一つ、イグニスはイシュタールに三億五千万レフを支払う。
一つ、イグニスの国政の一部にイシュタール国王が関与することを認める。
一つ、イグニスはイシュタール国民である捕虜を全て開放し、これらを拷問及び処罰してはいけない。
等々。
「それと一つ、この少年要求を承諾せよ」
イグニス国王は頭を抱え、渋々承諾。
「そちらの技術者に神獣を操れる者がいるそうだな。そいつを俺の配下にしたい。要求はそれだけだ」
レオンは腕を組んで、イグニス側の将軍を見る。
将軍は下唇を噛んで、忌ま忌ましげにレオンを睨む。
どうやらその人物は相当重要らしい。
イグニス国王は書類にサインすると、将軍に何か耳打ちをした。
将軍は立ち上がって広間を出る。
再び戻ってくるときには、背の低い少年のような人物を連れていた。
「こいつが要求の人物ーーーカイン=ミネルヴァだ」
少年はカインと言うらしい。
レオンと同じ純白の髪を持ち、顔立ちは中性的で瞳は紅色だった。
手足には枷が付けられていて、自由を制限されていたようだ。
将軍は名残惜しげにカインをレオンの方に渡した。
カインに不安の目を向けられたレオンは目を伏せる。
「俺は席を外してもいいか?」
「構わん、あとはこちらで処理しておく」
レオンの質問には国王が回答した。
「行くぞ」
レオンはカインの手を引き、ティーナを連れて広間を出た。
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カイン=ミネルヴァ lv27
称号:神人類・神の名を冠する者・創造者・天才・神獣使い
魔法属性:無 医療魔法
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「お前・・・私に何するつもりだっ!?」
帰宅後、カインがレオンに威嚇しながら質問する。
レオンはその様子を見てため息をつく。
「言っておくけど、私は男だからなっ!」
「そんなことは知っている。俺が必要なのは、お前の知識と知恵だ。俺の野望を叶えるための、な」
「野望・・・内容次第では協力してやるよ」
レオンはカインの生意気な態度を不快に思ったが、彼の協力は必須なので仕方なく説明する。
「神に復讐するんだよ。俺は神に悲惨な思いをさせられたからな」
「神に復讐、か。面白そうじゃん、乗った」
カインはニヤッと笑み、レオンを見つめる。
「お前、不思議な奴だよな。神人類なのに神に復讐とか望んでるし、獣人を連れてるなんて」
「しんじんるい?」
レオンはカインの言葉に違和感を覚える。
「俺はれっきとした人間の筈だぞ?」
「お前・・・自分の種族も知らないのか?真っ白の髪と真紅の瞳、まさに神人類そのものだぞ」
レオンはおかしいと思った。
自分は人間同士の親の間に生まれている。
また、国からも人間だと伝えられている。
なにより、ステータスにそのようなことは一切記されていない。
「これは調べる必要がありそうだな・・・」
レオンはそう呟き、書斎へと向かうのであった。
ーーーまだ戦争関連の書類が残っていることも忘れて。