EX Tempus otii
その日、ギルドは騒然としていた。
理由はクエストボードに張り出された紙。
そこにはこう記されていた。
ーーイグニス軍の降伏を確認ーー
つまり、たった一日で決着がついた。
その事実に冒険者たちは騒めき、その噂は騎士団にも広まった。
「一日で決着とは・・・何があった?」
ギルドマスター室内で、その張本人であるレオン=ヴィクトリアはギルドマスターのグラン=エドモンドの追求を受けていた。
「特には。ディエスネーズに反した行動はしていないが」
レオンが肩を竦めて返す。
「・・・事実で間違いないか?」
グランはその真偽を、レオンの側にいるベルゼン=スキュアートとスジャータ=ルーンに問う。
「えぇ、事実で間違いないです。我々はディエスネーズに則って行動しました」
ベルゼンはグランに事実であることを説明し、スジャータも何も言うまいと目を伏せた。
その様子を見てレオンの証言が真実であることを悟り、グランはレオンに続けて質問する。
「ならば、あの場で貴様らは何をしたのだ?」
その視線を感じ、レオンは何を言っても無駄と悟ってこう呟いた。
「神獣を行使した」
「神獣を・・・行使だと・・・!?」
神獣の行使。それは前例のない事実である。
起こり得る筈のない事例であるため、ディエスネーズにもそれを禁止する項目は一切記載されていない。
その発言を聞いたにもかかわらず平然としている他の二人を見て、俄かには信じ難いが嘘ではないと判断する。
「仮にそれが事実だとして、一体どの神獣を行使したのだ?」
「フェンリルだ。イグニスに棲む神獣としてはこの国でも有名だろう。信じられないのなら、召還して見せることもできるぞ」
「いや・・・結構だ」
レオンの自信に満ちた発言から事実と確信するグラン。
実際、ギルドマスターにハッタリを仕掛けようものなら、どのような仕打ちが待っているかわからない。
必然的に嘘はつけないのだ。
「もういい。この事態の理由は明確になった」
「そうか」
レオンはそう呟くと、踵を返して退出する。
ベルゼンとスジャータはグランに一礼すると、同じく部屋を出た。
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ディエスネーズ
正式名はディエスネーズ・ディケイオ。
この世界の国際法に近い決まり事である。
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「まさか呼び出されるとは思わなかった」
レオンは脱力して喫茶店の椅子に腰掛け、そう呟く。
「今回の戦争は異例続きだったからね」
ベルゼンは苦笑してそう返す。
レオンはコップに注がれたコーヒーを口に含む。
(やっぱりこの世界のコーヒーはただただ苦いな・・・)
コーヒーの苦みの強さに未だ慣れない彼は、それをスジャータに押し付けた。
「・・・なんだこれは」
「やる」
「ちょ、何でだよ・・・!」
彼女が半ば動揺気味で返す様子を、ベルゼンはニヤニヤしながら見つめていた。
それを見ていたレオンは一言。
「気持ち悪いぞ」
「ぐっ・・・今のは心に刺さった・・・!」
ベルゼンは左胸に手を当て、倒れるふりをする。
寸鉄人を刺すとはまさにこのことである。
レオンは意外にも演技派であるベルゼンを放置し、イグニス軍の"神獣を行使する技術"について考えていた。
実際は操るどころか完全に掌の上で踊らされていたようだが、それでも騎乗するには精神操作ぐらいはしなければ乗る前に命を落とすだろう。
レオンもそういう人間は何度も見てきたからよくわかる。
だが神獣をマインドコントロールするには、相当な技術者、或いは魔法に長けた人物を要するだろう。
つまりイグニスにはそんな大物がいるのだ。
神に復讐するのなら、それくらいの仲間が何人も必要になる。
是非その人物を味方にーーー。
「やっぱお前が飲め」
思案している途中で、スジャータはレオンの口に大量のコーヒーを無理矢理流し込む。
「苦っ!?なにすんだテメェ!?」
レオンはそれを吹き出し、物凄い剣幕でスジャータを睨む。
それを微笑ましそうに見つめるベルゼン。
それは、とても国のスリートップとは思えない雰囲気だった。
「神獣の行使・・・ねぇ・・・」
レオンはどこからともなく、そんな声を耳にした気がした。