表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

Ⅳ Contractus Deo bestiam

「まさか、いきなり最前線とはな・・・」


 俺は虚空に呟く。

 俺たちは現在、イグニス軍と交戦中である。


「ガキ二人相手に何をしている・・・!」


 相手のリーダーらしき人物が発言する。


「オクシディレ!」


 ティーナの小刀が怪しく煌めき、恐ろしい速度で敵を倒していく。

 確実に首筋を寸断していき、その小刀を紅に染め上げていた。

 俺に近づく兵士を一人、また一人と薙ぎ倒していく。


「騎士長、奴ら、もしかしたらーーーがぁっ!?」


 騎士長と呼ばれた男に告げ口しようとした兵士の首に、ティーナのナイフが突き刺さる。


「手を止めろ!」


 それを聞いていたのか、騎士長がそう指示をだす。

 それと同時に俺は足を止め、ティーナも攻撃の手を休める。


「貴様、月輪だな・・・?」


「ご名答。だが正確には、俺じゃない」


 月輪。周りから付けられたその二つ名を、俺は気に入っていた。

 俺がニヤッと口角を釣り上げると、周りにいた兵士たちの首に、ティーナのナイフが刺さる。

 同時に兵士たちの首筋から、一斉に鮮血が吹き出す。


「ーーー俺たちだ」


 その光景を目にした騎士長は唖然としていた。


「面白い・・・叩き潰してやる」


 騎士長は直剣を鞘から抜き、俺目掛けて走り出す。

 俺は動じず、それをただ見守っていた。

 俺に剣を振り上げた瞬間ーーー


「ご主人様には、何人足りとも近付けませんっ!」


 それをティーナが受け止めた。


「小癪な・・・ッ!!」


 騎士長はそれを振り払うと、今度はティーナに剣を構える。

 ティーナはそれを紙一重で回避し、目にも止まらぬ速さで反撃を試みる。


「丸見えだ」


 騎士長はそれを受け止めると、


「フレイム」


その周囲が燃え出した。

 その灼熱の炎に剣を添えると、それは剣に乗り移った。


「死ぬといい・・・!」


 それをティーナ目掛けて振り下ろすと。


「イクサイレイプスィ」


 その剣は消滅した。


「なんだと・・・ッ!?」


 そして次の瞬間、俺たちをドーム状のオレンジ色の物が囲う。


「ト・テイロスティス・アンティストロフィス・メイトリスィス」


 騎士長はそれに気づき、焦燥する。


「なんだこれはっ・・・!?」


「三十秒、時間をやるよ」


 俺の発言の真意に気付いたのか、騎士長は怒りを露にする。


「この私が・・・貴様らのような子どもに負ける訳にはいかんのだッ!!!」


 そう言って騎士長が俺に攻撃を仕掛けると、再びティーナがそれを阻止する。


「プロスタシア」


 そして次の瞬間、騎士長を取り囲む鋼の壁が出現する。


「貴様ァッ!!!」


「世の中は不公平でね、天が二物を与えることもある」


 俺は怒り狂う騎士長を嘲るように言う。


「さぁ、もうすぐ三十秒だ。早くしないと・・・死ぬぞ?」


「クソッ!!クソッ!!クソォッ!!!」


 壁の中から何度も金属音が聞こえる。

 魔法も行使しているようだが、全く意味を成していない。

 俺はただ時間が過ぎ去るのを見守っていた。


「時間だ・・・死ね」


 俺がそう言うと、俺とティーナがいるところを除いて、ドーム内の地面から無数の巨大な針が出現。

 鋼の壁を消滅させると、騎士長はミンチになっていて、血液と肉片のサークルが精製されていた。

 ティーナの精神には堪えたのか、彼女はそれから目を逸らした。


「なぁ、ティーナ」


「・・・なんでしょうか?」


 俺の語りかけに彼女は応答する。


「これから先だって何度も人間と戦う。何度も人を殺す。そして、何度もこういうのを目にするだろうな。これをお前が、"俺が主だから"という理由で続けるなら、自分の意思に反して人を殺すのなら、俺は強要しない。お前を死地に向かわせないし、家で俺の帰りを待つ・・・まぁ、そういう立場として或る在るのもひとつだと思う」


 俺は自分の考えを淡々と述べると、ティーナは暫く考える素振りを見せ、こう答えた。


「私はご主人様に救われました。ご主人様は私にとって、神様みたいな存在です。私の今までの行いは全て自分の意思に基づいていますし、後悔もしていません。私は、ご主人様の側にいたいんです。ご主人様の温もりを感じていたんです。ご主人様が戦うというのなら、私は喜んで死地に向かいます」


 俺は正直、驚いた。

 ティーナにここまでの覚悟があるとは思わなかった。

 彼女の瞳からも、その揺るぎない信念を感じ取れた。


「・・・そうか。なら、俺も何も言わない」


 俺はそう呟くと、イグニス本軍の在る方向へ向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 魔力:マナ

 空気中に浮遊する、魔法詠唱に必要なエネルギー。

 純度が高いほど魔法の自由度も高くなる。

 純度には精霊が大きく関連しているようだ。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「そっちは片付いたか、ベルゼン?」


「一人しかいなかったけどね」


 スジャータの問い掛けにベルゼンは返答する。


「こっちは騎士長とやらがいた。まぁダミーだろうがな」


 そこに俺とティーナが合流する形となった。

 スジャータとベルゼンの服には返り血が残っていて、微かながら独特の異臭を発している。


「あのドーム・・・また派手にやったな」


 スジャータの言葉に俺は黙って頷く。

 あれはたまたま魔力の純度が高かっただけで、純度が低かったら怪しかった。


「そういえば、イグニスは秘密兵器みたいなものを持っているらしい。警戒したほうがーーー」


 ベルゼンが言いかけたところで、辺りに轟音が響き渡る。

 誰もがそれに驚き戸惑っていると、土煙の中から巨大な狼が姿を現す。

 神々しい白毛、風に靡く長い尾に、脚には拘束されていたのか、錠のようなものが取り付けられている。

 その姿はこの世界の本で一度、見たことがある。


「神獣フェンリル・・・!」


 まさにそれと酷似していた。


「どうだ、驚いたか?」


 唖然とする俺たちに、フェンリルの上に乗る男が言う。


「これぞ我等が生物兵器!私は神獣を操る術を生み出したのだ!」


 まさに奇を衒った戦術である。

 神獣とはこの世界において、神の遣いとされる生き物だ。

 俺にとっては復讐の対象の一つでもあるが、この世界の人間からすれば、それを操るなど神への冒瀆に値する。

 それを兵器として利用するイグニスは一体何を考えているのだ・・・。

 俺はキッと男を睨む。

 依然高らかに笑う男だったが、突如状況は一変した。

 フェンリルは男を払い除けるとーーー


「な、なにをするんだ!?やめろ、やめーーー」


それを丸呑みにした。

 ああいう人間の末路として以前の世界の漫画などにもあったが、まさか現実で起ころうとは。

 意外と滑稽である。

 フェンリルは男を飲み込んだ後、こちらに威圧的な視線を送る。

 それを感じた瞬間、背筋が凍りついた。

 初めて明確に殺意というものを捉えた。

 確実に殺す、という意思の現れだ。

 だが、俺は違和感を感じた。


「来るぞッ!!」


 襲い掛かって来るフェンリルは、最前列にいた俺をスルーしてスジャータに飛び掛かったのだ。

 スジャータは紙一重で回避。フェンリルは素早く身を返すと、間を置かずに彼女に再度攻撃を仕掛ける。

 その速度に追い付けず、スジャータは剣で攻撃を受け止める。


「ぐッ・・・!!」


 すると剣は少しずつ凍りついていく。


付与グラント灼熱イズクリット!」


 それに対してスジャータの剣は灼炎を纏い、凍結した剣を解凍していく。

 そこにベルゼンが魔弾を打ち込み、牙から黒い突起物が現れる。

 フェンリルはそれに怯み、スジャータの下を退散する。

 距離をとって睨み付けるフェンリルを目にし、その行動に違和感を感じたのかティーナが口を開く。


「何故私とご主人様は狙われないのでしょうか・・・?」


 その言葉にスジャータとベルゼンはハッとなる。


「・・・そういうことか」


 俺は喉を鳴らして威嚇するフェンリルの前に立ち、その額に触れる。


 ーー遂に見つけたぞ、ヴィクトリアの名を持つ者よーー


 脳内に直接その声が聞こえる。

 俺はそれがフェンリルのものだと直感的に理解した。


「だったらどうした・・・?」


 俺はそいつに問い掛ける。


 ーー今この時より、我は其方と契約を結ぼうーー


 途端、フェンリルの体が光り出し、俺の脳に大量の魔法文字が流れ込む。


「これは・・・神獣との契約・・・!」


 ベルゼンが興奮気味に叫ぶ。


「契約だと・・・?」


 スジャータの疑問はもっともである。

 何故なら当事者である俺の疑問でもあるからだ。

 気が付けば、フェンリルは消えて無くなっていた。


「凄い事だよ、レオン!」


 ベルゼンが俺の手を握って言う。


「どういうことだ?」


「今日から君は、神獣を操れるようになったんだよ!」


「「・・・は?」」


 俺とスジャータは同時に呟いた。

 ベルゼンの言う事が本当なら、先程の魔法文字は・・・。

 俺は記憶のなかから、適当に詠唱する。


「・・・アースキシ・ボロフォニアス、フェンリル」


 その瞬間、巨大な魔方陣からフェンリルが姿を現し、イグニスの方角へ駆けていく。


「正解か」


 やはり、あれは神獣を行使するための魔法群。

 先程の魔法は恐らく、敵を殲滅させるための魔法だろう。

 他の魔法に関しても調べる必要がありそうだ。


「帰るぞ、ティーナ」


「はい」


 俺は踵を返して首都へ向かう。


「おい待て、イグニスの残党はどうするんだ?」


「あれなら良くて潰走、悪くて全滅だな」


 俺の言葉の真意を酌み取ったのか、スジャータはそれ以上は追求せず、少し不機嫌そうに俺の後ろを歩いた。


「凱旋ですね」


「あぁ」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 戦争から帰還し自宅のベッドで微睡んでいると、


「あの、ご主人様・・・」


と、ティーナが質問する。


「なんだ・・・?]


「ご一緒しても、よろしいでしょうか・・・?」


 恐る恐る訊ねてくるが、俺はティーナと寝る事に抵抗はないので、許可した。

 すると彼女は微かに頰を緩ませ、「失礼します」と俺のベッドに入り込んで俺のことを抱き締めた。


「な・・・なにをしてるんだ?」


 俺は少し動揺し、彼女に尋ねる。


「・・・だめですか?」


 彼女はか細い声で聞き返す。

 そんなふうに言われたら、やめろなんて言えないじゃないか・・・!


「まぁ・・・今日は特別だ」


「はい・・・!」


 そう言ったら彼女の抱き締める力が強まった。

 少しばかり苦しいが、悪い気はしなかった。


「・・・おやすみ、ティーナ」


「・・・はい、おやすみなさい。ご主人様」


 俺は睡魔に身を委ねて瞳を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ