Ⅱ Signum belli statum
「それを返せ」
「嫌だと言ったら・・・?」
男が不敵に笑む。
「力ずくでも、奪い返すだけだ」
対して俺は剣に手をかける。
ただ者ではないと、本能で悟った。
だが負ける訳にはいかない。
「あっはっは!君面白いねぇ!」
突然男は笑い出し、俺は狐につままれた様に呆然とする。
「ごめんごめん、別にそんなつもりはないんだ。ほら」
男はキングワームの右腕を俺に向かって放る。
「僕はベルゼン=スキュアート、ギルドの研究員をやってる冒険者さ。スジャータに頼まれて来てみたんだけど、君やるね」
ベルゼンと名乗った男は淡々と述べる。
「これでも一応S級冒険者のうちの一人さ。よろしく」
「あ、あぁ」
俺は戸惑いながらもベルゼンと握手を交わす。
どうやら警戒する必要はなさそうだ。
「あ、そうだ。それを納品するなら早めに持ってった方がいいよ。腐敗が進んじゃうからーーー」
「それを早く言えよっ!」
ベルゼンに指摘され、俺はティーナを連れて一目散にギルドへ向かった。
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「どうだった?まぁ余裕だろうけど・・・」
ギルドに戻るとスジャータが待っていましたと言わんばかりに話しかけてきた。
「余裕なのも、姉貴の修行のお陰だろうがな」
「べ、別にお前の為に修行をつけてやったわけじゃねぇからな・・・?」
スジャータはそっぽを向いて述べる。
あぁ、典型的なツンデレだと思ってしまった。
稀少だ、本当に存在するんだな、ツンデレ。
「はいはい」
俺は短く返すとキングワームの右腕を納品した。
「そういえばお前、ベルゼンには逢ったか・・・?」
「あー、あの自称研究員さんか。逢ったけど?」
「あいつ、お前に話があるんだってよ。研究室まで連れてってやるよ」
「いいのか?」
「まぁ、お前は特別だ」
俺はスジャータに連れられ、研究室に向かった。
研究室の中は薄暗く、顕微鏡やらビーカーやら、日本の理科の授業で使ったようなものがやたら多くあった。
棚一杯のメスシリンダーを見たときは、こんなに要らないだろと心のなかで突っ込んでしまった。
「さっきぶりだね、レオン=ヴィクトリア君」
ベルゼンが微笑する。
「約束通り連れてきてやったぞ。んで、話ってのは?わざわざスリートップを集めたんだ、相当重要な話なんだろうな・・・?」
スジャータに質問されると、ベルゼンはニヤッと口角をつり上げる。
「話ってのは他でもないーーー次の戦争の話だ」
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ティーナ=ヴィクトリア lv43
称号:悲劇の奴隷・獣人・月輪のメイド・暗殺者
魔法属性:闇
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私は戦慄していた。
今目の前には、序列一位で私のご主人様であるレオン=ヴィクトリア様、序列二位のスジャータ=ルーン様、序列三位のベルゼン=スキュアート様の、冒険者のスリートップが集まっている。
人間離れした、超越者とも言える三人が目の前にいる。
私なんかがここにいて良いのかと、本気で思ってしまう。
「話ってのは他でもない、次の戦争の話だ」
ベルゼン様からその話が持ち出されたとき、ご主人様とスジャータ様の顔は真剣そのものだった。
「今、この国は隣国のイグニスと対立している。戦争になるのも時間の問題だ。それと、ギルドマスターからの指示で僕たちは前線につくことになった」
「まじか」
ベルゼン様の発言に、ご主人様は嫌悪感を露にされる。
「なんで嫌そうなんだよ・・・?」
「俺は姉貴と違って好戦的じゃないんだよ」
「あ?喧嘩売ってんのか?」
「お?やるか?」
ご主人様とスジャータ様が拮抗していがみ合う。
ベルゼン様はそれを「やれやれ」といった感じで見ている。
彼は二人が半分冗談言っているのが分かっているようだった。
「とりあえず、それだけだけどなにか言いたいことのある人は?」
「はい、戦争嫌いなんで行きたくないです」
ベルゼン様の質問に、ご主人様がそう答える。
「随分とぶっ飛んだ回答だな・・・」
「本心を述べたまでだ」
スジャータ様が小声で愚痴を零すと、ご主人様が反論する。
「あの・・・」
「ん?」
スジャータ様とご主人様が言い争っている中、私がベルゼン様に質問する。
「私も付いて行っていいのでしょうか・・・?」
「ふっ、面白い質問だね」
ベルゼン様がそういうと、二人の言い争いも収まった。
そしてスジャータ様がこう答えた。
「レオンの二つ名の月輪は、月がレオンで輪はそれを留めるための器、つまりティーナのことなんだよ。お前たちは二人で一つってことさ」
「なかなかロマンチックな二つ名だね」
「つーか、そんな意味があったのか」
「えっとつまり、私は付いて行っても大丈夫ってことですね」
「そうなるな」
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時を同じくして隣国のイグニスでは、宣戦布告の準備が成されようとしていた。
「今こそ我等が敵国、イシュタールを鎮圧する時だ!」
騎士長らしき人物が宣戦の狼煙をあげる。
間もなく号砲が放たれ、宣戦布告される。
戦いの火蓋は切って落とされた。