I Est enim philosophus, niveus
冒険者たちで賑わう、騒がしいギルドの集会所を抜け、俺ーーーレオン=ヴィクトリアは奥に佇む受付嬢にとある羊皮紙を渡した。
これはギルドマスターから俺宛に書かれた手紙だ。
特に何かしでかした訳でもないが、何故か呼び出しを食らった。
「ギルドマスター直筆の手紙だ。中に記されているように、俺に用があるらしい。悪いが、案内してくれないか?」
受付嬢はその手紙に目を通し、
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
と案内を開始した。
本来は関係者しか立ち入れない上階への階段を上り、灯台で照らされた広い廊下を奥へと進んでいく。
ある程度進むと、その奥に巨大な扉が重く閉ざされているのが分かった。
あれがギルドマスター室だろう。
その重々しい雰囲気に圧倒されたのか、俺の奴隷であるティーナは、俺の服の裾を握り締めていた。
受付嬢がその扉をノックすると、それは意図も簡単に開かれた。
「お前がレオン=ヴィクトリアか。噂は聞いている」
奥に佇む屈強な体つきの男がこちらを捉え、口を開く。恐らく彼がギルドマスターだろう。
「そこの女は何者だ・・・?」
ギルドマスターと思しきその人物はティーナについて言及してきた。
「俺の奴隷だ、気にすることはない」
「ならば問題はない。申し遅れたな、私はギルドマスターのグラン=エドモンドだ」
やはりギルドマスターだったようだ。
まぁ、溢れ出るオーラが桁違いだからな。そこらの冒険者とは一味も二味も違うのは一目瞭然だ。
「今回は貴様に話がある」
ギルドマスターは静かに眼差しをこちらに向ける。
「貴様の功績は聞いている。十五の時に冒険者となり、この三年でA級冒険者まで上り詰めたそうだな。そして今、S級になろうとしている、と」
冒険者には階級がある。下から順にF、E、D、C、B、A、S。
俺は現在A級だ。そして最上級がS級である。
S級ともなると、冒険者の中ではギルドマスターの次に大きな権限を持ち、国政に干渉することも可能となる。それだけ信頼が置かれる階級なのだ。
そして現在その人数はーーー二人。
そのどちらも人間離れした力を持っている。
「あぁ」
「話とは、階級のことだ。貴様、S級を凌駕する階級が存在することは知っているな?」
「飽くまで噂の範囲だがな。・・・特別級だろ?」
「そうだ。そして本題だが、国から貴様に特別級昇格の認可が下りた。よって貴様を特別級に認定しようと思う」
俺はーーーいや、その場にいた誰もがその言葉に呆気にとられた。
特別級の認可?俺が?
特別級って、最上級のS級を凌駕する階級だぞ?
なにより、過去にもこの位には誰も就いていない、言うなれば前人未到の領域だ。
「・・・その話は本当なのか?」
俺の質問にギルドマスターは頷く。
「拒否しても構わんが?」
「とんでもない。絶好の好機を逃す訳にはいかないからな」
「ならば問題はない。交渉成立だ」
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レオン=ヴィクトリア lv51
称号:月輪・特別級・神の遣い・創造者・破壊者
魔法属性:無 創造魔法 破滅魔法
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とんでもないことになってしまった。
知らない間に二つ名が付いていたし、特別級にはなるし・・・。
俺は自宅の机の上で頭を抱えていた。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
ティーナが小首を傾げ、俺に問い掛ける。
「あぁ・・・大丈夫だ」
年下に心配されるとは情けない。
仕方ない、もう取り返しなんてつかないのだ。
この地位を全うするしかない。
気づけば、夜になっていた。辺りは静まり返り、スラムの方角から若干の声。
ティーナも俺の横でうとうとしながら本を読んでいる。
「・・・寝るか」
俺はティーナをおぶってベッドまで行くと、彼女を降ろして自分も横になり、睡魔に身を委ねることにした。
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次の日、俺はクエストボードを睨んでいた。
理由は色々あるのだが、起きるのが遅かったせいか稼ぎのよいクエストが一切存在しないのだ。
「コスパの悪いやつばかりだな・・・」
俺が呟くと、後ろから肩を叩かれた。
「何のようだ?俺は今、少々機嫌がーーー」
「いつからそんな大口が叩けるようになったんだ・・・?」
聞き覚えのある声だった。
「・・・まさかお前、姉貴か?」
「・・・ご名答」
姉貴、基スジャータ=ルーン。俺の師匠であり、二人のS級冒険者のうちの一人である。
いつも気だるげで、活気のあるところを見たことがない。
「そうだ、特別級おめでと。まぁ、すごいと思うよ・・・」
「随分と軽いな・・・」
「どのくらいすごいのか分からんからな・・・」
スジャータはティーナの頭を撫で、次に俺にクエストの用紙を突き付けた。
「これくらい、お前なら余裕だろ?」
ーーキングワーム討伐依頼ーー
キングワームくらいなら倒せないこともないが、いまいち気が向かない。
まぁ拒否権はないが。
「はぁ・・・行くぞ、ティーナ」
「はい、ご主人様」
俺はティーナを連れ、ギルドを後にした。
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モンスター
魔物、魔獣と表記される場合もある。
主に通常生物の先天、あるいは人為的な突然変異によって誕生する生物兵器の一つ。
非常に獰猛で、戦闘能力に長けた種が多く存在し、危険度によって階級がつけられている。
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冒険者になってから三年、色々なことがあった。
まず単独でB級モンスター、ダークドリュアスを討伐した。
血を見る機会の少ない日本にいたからか、グロテスクなものにはあまり耐性がなく、苦労した。
その功績を気に入られ、現在の師匠であるスジャータに弟子入りを提案された。
半分強制だったが。
彼女のせいで様々な面倒事に巻き込まれた。
戦争、大規模戦闘、外敵の侵略からの防衛、atc・・・。
前衛にはでなかったものの、非常に大変な仕事だった。
なにより大変だったのは、暴走神獣の鎮静化。
滅多にない現象だが、神獣が何らかの理由で暴走することがある。
神獣が暴走すると、広範囲の魔力が不純化、減少するため魔法に大きな制限がかかる。
こればっかりは俺も前線で戦ったため、その不自由さは鮮明に覚えている。
分かり易く言えば、弱小校が強豪校に大きなハンデを与えて試合をするようなもの。
倒そうと思えば基本無理なのだ。
だからこそ鎮静化させようという魂胆なのである。
そのときも神とやらへの復讐心は忘れなかった。
いつか絶対に一矢報いると。絶対に殺してやると。
あの日、俺が殺されたように・・・。
「あの、ご主人様」
「なんだ?」
今までの出来事を振り返っていると、ティーナが唐突に話しかけてきた。
「ご主人様は、神様はいらっしゃるとお思いですか?」
「何故そんな質問をするんだ?」
「ご主人様が神獣に向けていた瞳は、復讐と怨念に満ちた目でした。ティーナはその時思ったんです。ご主人様はもしかしたら、神様を恨んでいらっしゃるのではないかと」
凄い洞察力だ。
無意識にそんな目を向けていたらしい。
俺は少し思案して、こう答えた。
「神ってものは存在するとかしないとか、そういうものじゃない。命を持つもの全ての心の中にある、言わば自分自身だ。人間は孤独を恐れるから宗教をつくって、共通の神を持つ者を集めようとする。そして、それが大きな神を形成する。宗教の神は大衆的なものだし、それを信じ、信仰する者は少なからずとも共通の心を持っている。と、俺は思う」
ティーナは俺の回答を、黙って真剣に聞いていた。
「神様人それぞれ、ですか」
「そうだな」
少なからずとも俺は神は信仰していない。
つまり、自分の神を持ち、自分の意志で物事を判断できる。
まぁ、日本には八百万に神が宿ると言うし、この考えはその影響もあるだろうが。
「さて、行こうか」
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キングワームは主に森林に生息するA級モンスターだ。
昆虫の突然変異によって生まれ、大きく生態系を狂わせる非常に危険な固体である。
「いたぞ」
俺がティーナに囁く。
すると彼女は小さく頷き、茂みのほうへ隠れて行った。
対して俺は、鞘から剣を抜き、キングワームと対峙する。
「覚悟してもらうぞ」
俺は目標との間合いを一瞬で詰め、剣で一閃しようとする。
しかしその一撃は不発に終わり、キングワームの右腕が俺に向けて接近する。
俺は創造魔法で土の壁を作り、それを防御する。
創造魔法は魔力を消費して物質から様々な物質を作り出すことができる。
また、条件次第で無から有を作り出すこともできる、所謂チートである。
直後、俺は掌に炎を作り出し、キングワームに着火する。
キングワームは若干の火耐性があるようで、延焼はしない。
が、炎で目標が怯んでいる隙に俺は右腕を根元から切断する。
すると目標糸を吐き、俺の周囲に壁を作って逃げ場を無くした。
瞬間、俺は剣を目標の首筋突き付けようとした。
しかし目標は紙一重でかわし、カウンターを行った。
「ぐぅっ・・・!」
腹部に強烈な痛みが走り、身悶える。
対して目標は、まだ余裕があるようだ。
「確かこいつには・・・」
俺は魔法で電磁波を作り出し、目標に向ける。
目標は野生の勘でかわしたが、電磁波は反射する。
「逃げ場を失ったのは、お前の方だったな」
電磁波に直撃した目標はやがて体を痙攣させ、麻痺する。
直後、糸の壁を突き破ってティーナが侵入し、目にも止まらぬ速さで目標を細切れにした。
討伐部位は右腕で問題ない。
随分と呆気なかったな・・・。
「あれ?」
右腕が・・・ないだと・・・?
「探しているのはこれかい?」
背後からの声に、俺は警戒しながら振り向く。
薄汚れた白い服に身を包んだ、研究者のような男がそこにいた。
その手には、キングワームの右腕。
「それを返せ」
「嫌だと言ったら・・・?」
男が不敵に笑む。
「力ずくでも、奪い返すだけだ」
対して俺は剣に手をかける。
ただ者ではないと、本能で悟った。
だが負ける訳にはいかない。
神を名乗るものを殺すその日まで。
ーーー邪魔するものは、排除するだけだ。