0 Incipit prologus congressu
時に、現実は理不尽である。
例え人が罪を犯していなくても、犯した者より残酷な運命を辿る場合もある。
神が本当に存在するのなら、見逃さないとは思うが、実際この現状を目の当たりにして、俺は神が存在しないこを確信した。
本当に存在するのなら、この状況を救ってみせろよ…!
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その日は、とてつもなく平凡だった。
若干の曇天で、時折雲の隙間から日光が差し込む。
友人の頼みでコンビニに買い出しに行っていた俺は現在、その友人の家へ向かっている最中である。
わざわざ友人宅まで行くのは、友人が風邪で寝込んでいるからだ。
コンビニの前の大通りを抜け、十字路を三つ程通過するとそこに着く。
俺がそこの呼び鈴を鳴らすと、友人が鍵を開けて、中へ招き入れた。
「大丈夫か?」
俺はビニール袋に入ったカップラーメンと清涼飲料水を渡した。
「ありがと・・・」
友人はそれを受け取ると、清涼飲料水を喉に通した。
友人は俺と同じ二十一歳、大学生である。
時刻はもうすぐ正午なので、俺はカップラーメンを持ってキッチンへ向かった。
「今日はいつまでいればいい?」
俺が訊ねると友人は、
「明日・・・」
と衝撃的な発言をした。
「えぇ・・・」
俺は半ば困惑しながら対応に追われていると、玄関の方から小さな金属音が鳴っているのに気がついた。
その不審音を警戒しながらキッチンの包丁と自分のカップラーメンを持って玄関へ向かう。
「お前は隠れてろよ・・・」
俺が小声で指示すると、友人は小さく頷いた。
間もなく解錠音が鳴り、ゆっくりと扉が開かれる。
黒づくめの服装にマスク。右手にはナイフ。
間違いない・・・強盗だ。
俺は息を殺して物陰に隠れる。
強盗が俺の目の前を通過したとき、強盗のナイフを奪い、羽交締めにする。
「なんだ!?」
その状態のまま近くにあったロープで縛ろうとしたとき。
ドスッという衝撃が脇腹に走り、同時に出血する。
直後激痛が走り、意識が朦朧としていく。
「二人目・・・だと・・・」
それが俺の最期の言葉となった。
はずだった。
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真っ暗闇の中、聞いたことのない声が響く。
「やっと来たか」
こえから察するに女性だろう。
「俺に何の用だ?」
「貴様には異世界へ行ってもらう予定でな」
異世界だと・・・?
「どういう意味だ?」
「文字通りの意味だが・・・まぁいい、説明してやろう」
その声は一拍置くと、説明を開始する。
「貴様はもともとここで死ぬと決まっていたのだ。しかし、転生先が定まっていなくてな・・・そこで、異世界に転生してもらおうと言う訳だ」
「ということはお前は・・・神とやらか?」
「貴様の世界の言葉で言うのなら、そうなるな」
神か・・・。神ねぇ・・・。
「悪いが俺は、そういうのは信じない質でな。神なんて存在はいないと思っている。仮にお前が神ならば、あいつは救ってくれたんだろうな?」
「風邪だった人間のことか?君には悪いが、彼女には死んでもらったよ」
なんだと・・・?
「おい、今なんて・・・?」
「彼女には死んでもらった。これも運命だ」
「運命だと・・・?つまりあいつは、魂の循環のためだけに死んだのか・・・?」
「魂の循環は、世界を維持するためには重要なことだ」
「くっ・・・!」
俺は下唇を噛んだ。
大切な友人が、自分が不甲斐無いばかりに死んでしまったのだ。
悔しい。だが、それ以上に悔しいのは。
声の主に踊らされていたことだ・・・!
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異世界に転生した俺は、閑静な農村に生まれた。
そこそこ活気のある村で、横の繋がりも深かった。
同年代の者は少なく、農業に勤しむ大人たちの子どもの面倒を見ていることが多かった。
十五になった時、俺は村を出て首都に来た。
冒険者になるためだ。
別に冒険者でなければならない理由はないが、元オタクの身としてはやはり惹かれるものがあるのだ。
首都を軽く散策し、冒険者ギルドに向かう途中、一つ気になる店が目に入った。
ーー奴隷商ーー
やはり異世界には奴隷の文化が健在しているようだ。
つい気になって入ってしまった。
「いらっしゃい」
店主らしき人物が快く迎える。
「少し気になって来てみたのだが・・・」
「見学ですか。でしたらどうぞこちらへ。お気に召す奴隷がいましたら是非」
まぁ商売だしそうなるよな。
俺は奴隷商に先導されて檻の方へ向かう。
檻の中には何人かの奴隷が閉じ込められていた。
なかでも一際目を引いたのはーー。
「あの娘は・・・」
ぐったりとしてピクリとも動かず、目は虚ろで、ところどころ傷跡や痣が見られる。
なにより、顔だちが「あいつ」に似ていた。
「あぁ、実は前の主が相当なお方だったようで・・・奴隷としては使い物にならないと思いますよ?」
成るほど・・・。
見た目から推測するに、恐らく最年少だろう。
可哀相だと思った。自分が何とかしてやりたいと。
きっとあいつに似ているからだ。つい、あいつを投影してしまうのだ。
似ていなかったらきっと、彼女を選んではいなかっただろう。
「決めた。あの娘にするよ」
それが、俺と彼女との出会いだった。
そして、復讐のプレリュードでもある。