第二話 男子中学生、異世界へ入る
俊哉は暗い意識に中にいた。
__あれ………何処だろうここは……。
朦朧とする意識の中聞こえたのは誰かの声だ。
「……ぁ、……を…ませ」
誰だろうか、聞き覚えがあるような声だ。
その声が聞こえた瞬間、何者かによって自分の体が持ち上がった。
__誰だろう…。
再び誰かの声が遠くで聞こえた。
「………ォォォォオ……。」
__…もしかして俺、今何処かに運ばれている?
自身の体が振動を感じていることに気づく。
「…………………はい。完了しました。……ええ、奴もいませんでした。」
誰かが話している。何者と話しているのかは分からない。
すると誰かが何かを唱えた。そして俊哉の意識が目覚めた。
少しの間目をつぶっていただけなのに目を開けるととても光が眩しく感じる。
「おはよう俊哉君。」
目が覚めてから唐突に挨拶をされて少し身構えしてしまった。
「は……え?あ…お、おはようございます…。」
そこにはいつもの見知った世界は広がっていなかった。
見覚えのない世界、見たことがない世界で自分の足が立っていた。
__どこだここ?
目の前には見たことがない食べ物を売っている店、空には優雅に空中を飛ぶ人、
周囲を見渡せば剣を携えているものや何かを唱えて水を生み出している者。
様々だ。
初めて見るものばかりで沢山の疑問が頭に浮かぶ。
「とりあえずこの町のこととか色々話さないといけないから_」
「あーっ!君が噂の選ばれしぃ、八人のうちの一人ぃー?」
会話の途中に俊哉の後方から声が聞こえた。
振り返って姿を見てみると初めて見る少女がこちらへ走ってきている。
「可愛いらしい」という言葉がよく似合う少女だ。
赤色の髪の毛で後ろでポニーテールで結んでいる。
服はどこかの学校の制服と言えるような服装で身長は165cmくらいだ。
俊哉よりかは低めの身長だ。
「そぉーかぁー…君が八人目ぇねぇ…。」
俊哉の周りを歩き始め頭の上から爪先までジロジロと見ている。
見られているこっちが恥ずかしくなってくる。
顔を赤らめている俊哉に気にせず話は進んでいく。
「あっ!そう言えばぁ、君の名前ぇ聞いてなかったよねぇ?教えてぇ!」
唐突に顔をこちらに近づけて名前を教えるようにせがむ。
ジロジロと見られた時も顔は赤かったが、こうして可愛いこのドアップの顔だと赤くなるだけではなく蒸気が頭から出てきそうだ。
「お、俺の名前?俺は_」
「彼の名前はまだ決まっていないんだ。ごめんねアリシエッタ。」
自分の名前を言おうとすると男に遮られ名前が決まっていないと言い張った。
名前が決まっていないとはどういうことだろう。俺には影本俊哉という名前があるのに。
するとアリシエッタと呼ばれるその少女は目を丸くした。
「うっそぉー!まだ名前ぇ、もらってないのぉー?」
「うん、そうなんだ。だから教えられないんだごめんね。」
「そっかぁー………。まあ仕方ないね次会ったときは教えてねぇ。あっ、もう用事だからバイバイねぇー!」
肩をがっくし落としてテンションを落としたかと思えば気分を取り直してこっちにウインクを決めてきた。
何という気分の切り替えだろうか。
転々と話が進みすぎて殆ど追いついていない俊哉。
だが御構い無しにアリシエッタと呼ばれる少女は用事でここを離れてしまった。
ただ呆然と立ち尽くしている俊哉を見て男が口を開いた。
「そういえばまだ俺の名前を伝えていないな。俺の名前はコルペウス・ザン・ウィンザード。よろしくな。ちなみにポルぺ魔術中等学校の教頭先生だ。」
お互いに自己紹介することを忘れかけていた。
俊哉も改めてコルペウスに向き直り自分な名前を伝えた。
「俺の名前は影元俊哉です。色々と疑問があるのですが…まずここは何処ですか?」
「ああ、まだ紹介していなかったね。」
コルペウスがグルリと辺りを見回す。
俊哉も辺りを見回すが何一人として見知っている人物はいなかった。
「この世界は俊哉君達が住んでいる世界とは違う。君がいう『異世界』って奴なのかな?基本的な世界の作りは同じだと思うけど、地球より文明は進んでいないよ。そのかわり、『魔術』というものが使えるからみんなそれに縋って生きている感じかな。」
「魔術……魔法の事ですか?」
『魔法』という言葉が口から出た瞬間、コルぺウスの眉間にシワが寄った。
何かまずいことでも言っただろうかと俊哉は心配した。
するとコルぺウスは俊哉の耳元へ顔を寄せ小声で話しかけた。
「…今さっき、君が二番目に口にした言葉があるだろう?金輪際、その言葉を口にしてはいけないよ。声が小さかったからいいけど大きかったら大罪ものだ。」
話し終えると耳元から顔を離した。
初めてその事実を聞き内心驚愕だが、コルぺウスが言うように大罪ものなのでコルペウスに頭を下げて謝った。
「そ、そうなんですか、すみません。」
「まあ、今回きりにしてくれればいいよ。ただその事はこの世界では常識。それだけは絶対に覚えとけ。」
少し顔は笑っているが感情が見えない笑顔だ。
強めの口調で話しているから重大なことだと俊哉にも理解できた。
その事だけでも覚えておこうとメモを取り出そうとしたのだが、自分の服装が変わっていることに気がついた。
「あの、今気がついたのですけど、俺が着ている服ってどこの学校の服ですか?」
俊哉が今来ている服は、どこかにありそうな学校の制服を連想させるような服だ。
アリシエッタが着ていた服と少し似ている。
赤色の長めのネクタイに黒を基調としたのブレザー。
胸元には何かの鳥をモチーフとした校章がある。
履いているズボンも黒を基調としていて触り心地がいい。
「ああ、君が今着ている服だね。それはポルぺ魔術中等学校の制服だよ。割と男子生徒に好評なデザインなんだよね。」
ここまでコルペウスが話して俊哉が何かに気づいた。
__もしかして俺、そのポルぺ魔術中等学校に入学するんじゃないの?
もちろん、その中等学校の制服を着ているためそう確信せざるを得なかった。
その結論にたどり着いた後にコルペウスは俊哉が推測していた事の事実を話した。
「そういえば言っていなかったけど君は竹上中学校じゃなくて、ポルぺ魔術中等学校に入学するからね。というか、そろそろ入学式の時間だから行かないとね。」
するとコルペウスは俊哉に向けて何かを唱えた。
すると一瞬空中に浮いた感覚がしたと思うと気がついた時には別の場所に来ていた。
一見すると市役所のような感じだが、何から何まで魔術らしき物で行われているためここは何処だろうかとふあんになってしまう。
コルペウスは俊哉の様子を気にせず一人の役員の前へ向かっていった。
「すみません、あの男の子に紋章があってアースから連れて来たんですけど、名前がまだ決まっていないので決めてもらっていいですか?」
コルペウスが俊哉に視線を向ける。
ニカっと歯を見せて笑った。
とりあえずこちらも笑顔を浮かべて返した。
どういう意図かは分からないが本人なりに何か楽しんでいるのだろうと考える。
だがそんな事よりも気になったのが『名前を決める』という事だ。
俊哉にはもともと影本俊哉という名前があるはずなのにどうして名前を決めるのか、それが先に心の中で疑問が浮かんだ。
しかし俊哉は先程あった少女、アリシエッタの事を思い出す。
髪の毛の色や服装などは別として、顔は日本人のような顔をしていた。
日本人であるならば、普通は漢字もしくは平仮名が使われている名前だ。
おそらく彼女も名前を決められたのだろう。
だが名前を決める理由が分からない。
自分には名前があるのに。
なんだか自分自身が否定されたような気分だった。
するとコルペウスがいるところから声が聞こえてきた。
「あの子の名前は…そうですねぇ、いくつか候補があるのでその候補の中から決めて頂きたいですね。」
「そうですか、分かりました。ではその男の子を呼んできます。」
コルペウスがこちらに向いた。
手招きしてこっちに来るように指示している。
仕方なしに行くだけ行ってみた。
「あなたの名前の候補がこちらです。」
そう言って役員が差し出してきた物は一枚の紙だった。
書いてある紙にはカタカナが書いてある。
どうやら世界が違っていても言葉は日本語らしい。
その紙には3つの名前が書いてあった。
一つ目はプロウドス。
二つ目はカルタリア。
三つ目はカフターン。
どれも五文字で俊哉からすれば覚えやすい名前であった。
これは後々重要になってくるなと内心で呟いた。
だがこれをこのまま鵜呑みにするわけにはいかなかった。
「コルぺウスさん、なぜ名前を決め直す必要があるのですか?」
内心に浮かんだ疑問をストレートにコルペウスにぶつけた。
コルペウスは少し考えてから話し出した。
「残念だけど、俺にも分からないんだ。この名前を決め直す風習はね、かなり昔からあって今やそれが必然になっているんだよ。俺の推測だけど、多分新しい自分を見つけるため…とかじゃないかな。」
新しい自分を見つけるため。
何気ない言葉だったが俊哉の心にとても響いた。
俊哉は変わった事をしようとかみんなと違うことをやりたいとは思わない性格だった。
自分は普通。周りの人と同じなんだと思っていた。
しかし、新しい自分を見つけるためなのならば、今までこうしてきた自分を変えるチャンスかもしれない。
これも新しい自分を見つけるための第一歩か、そう考えると少しだけなんだか気が楽になった。
「じゃあ俺、名前決めました。」
「おお、そうかい。じゃあどの名前にしてくれたか教えてくれる?」
俊哉はどこか未来の自分を期待しながら名前を選んだ。
選んだ名前は_
「俺はカルタリア。カルタリアです。」
この世界で暮らすためのはじめのはじめの一歩が始まった。