第一話 謎の男
「んだよ校長先生話長過ぎじゃねえかよ…。」
先程、竹上中学校の入学式が終わったところだ。
約二時間にわたって行われその半分の一時間が校長先生の話に費やされたのだ。
拝聴していた生徒の中には欠伸をする者や眠りにつく者も少なくはなかった。
影山俊哉もその一人だ。
「やっぱり君も眠くなるんだねぇ。」
隣から不意に声をかけられ驚きはしたが、既に見知った顔なので安堵感が溢れた。
「おう、なんか久しぶりだな。三年生だっけ?転校した年が。__すっかり変わっちまってるじゃねえか。」
「そういう君も変わってるよ、俊哉。」
「そうかい、蒼。」
蒼と呼ばれる男子生徒、影本俊哉の少し前の友人である飯塚蒼だ。
俊哉の親友で唯一頼れる友達である。
小学三年生の時に父の都合で転校してから、再び父の都合でこちらに戻ってきた。
俊哉が最後に会った日から見た目や声、目つきが変わっている。
茶色に染め上げられた髪の毛にすっかり声変わりした声、まっすぐと見据えるような目になっている。
「…にしても、なんかお前少しチャらくなったんじゃねえの?」
「そうかなぁ?まぁ、色んな人によくそんな事言われるけど。」
前よりチャらくなった。
なぜかそう言われるごとに自分が変化している嬉しさを心の中では感じていた。
すると蒼はふと視線を感じた。
周囲を見渡したがこちらに目を向けている者は俊哉以外はいない。
窓側を見てみると、俊哉も見た全く同じ黒猫がこちらをじっと見つめている。
試しに軽く手を振ってみるとそっぽを向いて何処かに行ってしまった。
「あん?何やってるんだ蒼?」
「いやぁ、すぐそこの窓に可愛い黒猫ちゃんがいたからねぇ、ちょいと軽く手を振ってみたんだけど……どうやら俺は振られちゃったみたいだねぇ。」
「マジか、またあの黒猫居たのか…。」
「もしかしてさっきも見てたりしたのかい?」
「何回も見た。マジで何回も何回も。なんでだろなー。俺の美貌しか理由がないしなー。」
__本当に何だろうな、あの黒猫は。美貌で惹かれて見ているのかと推測してんだが、どうも違う気がするな。
あらゆる可能性を模索するもどれも違う気がしてならない。
思わず溜息が漏れた。
そんな様子を察してか蒼は他の話題を持ちかけ始めた。
「そういえばさぁ、校長先生の話長くなかった?あれ一字一句全部集中して聞き取れる猛者とかいたのかなぁ。」
蒼はヘラリと笑いをこぼした。
「確かにそうだよなぁ、中には入学式に関係ない話もしてたもんな。…脱線しすぎだっつーの。」
「本当にそうだよねぇ。」
蒼は、ふと天井を見上げてみた。
人が天井にいた。細目の男がこちらをじっと見据えて笑みを浮かべている。
「…⁉︎おい俊哉、上、上、」
下を向きかけていた俊哉を揺すって上をむかすように急かす。
俊哉も上を見てみると、やはりそこには人がいた。
灰色のストレートパーマに、感情を一切読み取れない顔を保っている表情。
服装は明らかに舞台で着られるような緑色を基調とした西洋の騎士の衣装だ。
重力を感じさせなく、天井に足をついている状態だ。
「おい、なんだお前。」
一年三組の教室にいる生徒も全員、天井にいる謎の男に気づいたようだ。
全員がその男に視線を向けていてもなお、笑顔を保っている。
無言で感情を感じさせないような笑顔を。
すると突然口を開き始めた。
「みんなしてそんなにこっちを見ないでおくれよ新入生諸君達よ。俺は特定のある人に用があって来ただけだから。」
ざわざわと不安混じりの声が広がり始める。
特定の人って誰?不審者だから先生を呼んだほうがいいんじゃないの?何するのこの人?
疑問、疑問、疑問、不安。教室中が渦となる。
そんな中、先生を呼ぼうとする生徒がドアの方へ歩いて行った。
その様子を見てさらに不安を掻き立てる言葉を紡ぎはじめた。
「先に言っておくけど、先生とか誰かに助けを呼ぼうとしても無駄だからね。普通の人間にはできない特殊な術を使って、目的が達成できるまでドアはどんな力を加えても動かないから。そこの所は気をつけてね。」
まだ中学生になりたての彼らにとっては誰かに助けを呼べないことは不安であった。
怖さあまりの故に口を震えている者も現れ始めた。さらにその中で言葉を繋ぎ始める。
「で、その特定の人間っていうのは……体のどこかに謎の紋章がある人、の事なんだよね。この中でいるかな?隠しても紋章から少し魔力を発せられているから俺なら分かるはずだけどな…。」
そう言い告げ男は顔をキョロキョロと動かし見回した。
そんな中、紋章を刻まれている者、俊哉は恐怖を全身に感じていた
仮にもし、紋章がある人だとバレてそのあとはどうなるのだろうか。
__怖い。ただそんな純粋な感情は心を支配する。
すると男は僅かな魔力を感じ取ったのだろうか、俊哉の方へ視線を向けた。
ニイッと口角を釣り上げた。
「もしかして…君かな?僅かに魔力を感じるからね。」
クラス全員の視線が俊哉の方を向くがそんな事は気にせず俊哉も言い返す。
「き、気のせいじゃないですかねー?お、お、俺魔力とかそ、よく分からないし使えないし。」
なぜか身振り手振りをつけて話しているが、男が言ってる通り少しの魔力でも紋章があるか気づくはずのため俊哉が言っている嘘は即座に見破られた。
俊哉が魔力をあることを確信した男は天井から音もなく降りてきた。
無論、その行動に驚愕する人もいたが特に何も言わなかった。
「そうかい。でも君から魔力は少なからず感じるからねえ…理由があるとすれば、」
男が不意に窓を見た。
「君もあの黒猫は見覚えがあるはずなんだけど…一応あの黒猫はね、使い魔と言って俺と密約を結んでるんだよ。それに、あの猫ちゃんは少なからずも魔力を感じ取ることが出来るわけ。今回感じた魔力が君だったからずっと君のことを見ていた感じなんだよ。」
__何だこいつ、何言ってるんだ。
男の会話から魔力とか使い魔とか分からない単語が出てくるばかりだ。
密約、使い魔、魔力、紋章、特殊な術。
ただ、唯一分かったことは俊哉が魔力を持っていることだ。
「先に言っておくけど、魔力がよく分からないとか使えないし知らないって言うのは普通だ。そりゃあ並大抵の人間には使えないからね。まっ、とりあえず一緒についてきてよ。」
「……え?」
「だーかーら、俺が住んでいる世界についてきてよって言ってるだけ。どう?一緒に来ない?」
男は首をクイっと右へ傾けた。
俺が住んでいる世界。
そこに疑問を感じた。おそらく別世界とか異次元とか異世界とかそういう関連だと考えた。
突然知らない人に魔力やら紋章、密約や使い魔など意味が分からないことを説明され、その上一緒に来ないかなどと誘われるのだ。
もはや断る以外の選択肢は無い。
「あの、急に来て一体なんなんですか。」
沈黙を打ち砕いたのは蒼だった。
見た目とは裏腹に凛とした声で放った。
「急にここの教室へ来て、それで紋章とか魔力がある者を探すとか言って、探し出したと思えばまさかの俺の友達で。で、その俺の大事な友達を別世界に連れ去ろうって言うんですか。それに、俊哉自身も何が起きたか分からないのにそれでも連れ去るって言うんですか。」
少し早口だったが言いたいことをまくし立てて言い放った。
不安に囚われていた俊哉は蒼に感謝の心を抱いた。
「まぁ、そりゃあそうなるよねえ。急に来て一緒に来てくれないかって、そう言われると変な奴って思う以外ないよね。でも、言いたくなかったけどこれだけは言わせてもらおう、俊哉君の友人に。」
一拍おいて俊哉も初めて知る事実を口にした。
「俊哉君はね……選ばれし人間なんだよ。八人の戦士のうちの八番目の選ばれし戦士なんだ。これは俺が選んだ戦士じゃない。とある世界の王様、つまり国で一番偉い人が選んだ人間なんだよ。」
自分が選ばれし人間。初めてその事実を言い渡され絶句した。どこかの国の人が俺を戦士にする。
少なからず希望を抱いていたが、不安に掻き消されて無くなった。
「でも安心したまえ、別に俺の住む世界に連れ去ってもいつでも君たちの住む世界に帰って来られるから。ただ………回数が限られているからそこの所注意してね。」
「俺が……選ばれし人間……。」
「そう、そうなんだよ。」
すると男は時計を見た。男がこの教室へ来てからすでに10分は経っていた。
教室のドアの前には先生がいて、その中には警察が混じっていた。
何かこちらに向けて話しているがこれも男の特殊な術で聞こえなくなっている。
「で、そろそろ術の効果が切れるんだけどさ、一緒に来てくれない?」
ぜひ一緒に行ってみたい気持ちもある。
しかしやっと中学校に入学してこれから部活とか色んなことをしてみたいと思っている。
さらにこの男も信用できるか分からない。
だから、俊哉の答えは一緒に行かないことにした。
「すみませんが、お、俺は行きません。ここでみんなと楽しく過ごしたいです。」
「そうかい、残念だなぁ…諦めるかしかないかなぁ…。」
男はがっくし肩を落として帰ろうと準備し始めた。
何かブツブツと話しているが聞こえないフリをした。
が、急にこちらを向いた。
「…と、言うとでも思ったかい?簡単に帰るわけには行かないんだよ。」
口調を強くして話し出した。
いつの間にか両手には剣を持っていた。
「君が抵抗して行かないと言うのであれば俺は力尽くでも君を連れて行く。まぁ、大人しく付いてきてくれる方がありがたいんだけどね。」
「ひっ………っ。」
男の顔つきが歪んで笑っていることに気がつき背中に一瞬にしてゾワリと寒気を覚える。
その瞬間俊哉の左から何かが伸びた。
いや、正確にいうには何かが男に方へ向かっていった。
蒼の渾身のストレートだった。
ヒュッっと音を立てて顔を殴りつける。
不意を突かれて防御が間に合わなかったのか間に受けてしまった。
続けて蹴りも入れたが、先に男の方が反応が速かったため盾のようなもので防いだ。
「なかなかやるね……君も一緒に行かないかい?」
「お断りします。俊哉を連れて行くって言うのなら、俺はあんたを倒すまでです。」
剣呑な雰囲気が一気に漂った。
「……仕方ない。あと術が30秒しか持たないから強制的に行かせてもらうよ。」
男は俊哉の方へ何か唱え始めた。
すると俊哉はすいて睡眠し始めた。
「テメェ…っ!」
「大人に対しての口の利き方がなってないよ。君は礼儀正しく振る舞わないと。実に傲慢だ。」
すると男は再び何かを唱え始めた。
すると蒼の左右から鎖が飛び出し蒼を縛り付けた。
「くっ……ううっ……っ。」
必死に動いて鎖を解こうとするが固く結ばれているため一人ではなかなか解けない。
その様子に気がついてか、周囲の生徒のうち数人が解こうと手伝い始めたが、
「俺のことはどうでもいい!俊哉を起こしてやれ!それであいつに連れて行かれないようにしてやれ!」
大声で教室中全員の生徒へ指示を言い渡した。
全員が動き出した。それよりも早く何かのゲートへ入り込んだ。
俊哉も一緒にゲートへ入っていった。
「俊哉ぁ!目を覚ませ!」
必死に蒼が声を荒げるが俊哉の耳には一切届いていないように見える。
「それじゃ皆さん、お元気でー。」
男が手を振り俊哉とともどこかへ行ってしまった。
ゲートも消えてしまった。
「…………クッソォォォォ‼︎‼︎」
怒りの声と同時に自分の友達を救えなかった情けなさが込み上げてきた。
同時に術も時間がきてドアが開き音も解放された。
警察や先生が一気に教室へ入ってきた。
教室の中は生徒が一人、別世界へ行ってしまったために悲しみに包まれた。
__俺があのときもっと強くあいつを殴っていれば。
__俺があのとき鎖に気づいて早く避けていれば。
__俺があのときもっと早い段階で沈黙を打ち破っていれば。
__俺があのときあの男の存在に早く気づけたら。
__俺があのとき俊哉を必死に守っていれば。
__……クソ、何なんだよ俺は。アイツを助けられなかったじゃねえか。
すると隣に三山先生、この教室の先生が来た。
「そうやって自分を責めんな。下向いてたら次も来た時に対応出来なくなるかもしれないぞ。」
「でも、でも俺がどこかのタイミングでいち早く動いていれば防げたはずなの…に。」
自分が泣いていることに気づいた。
友達を救えなかった不甲斐なさに自分への怒りが込み上げてきた。
「………お前だけのせいか?僕は思うけどあのとき周囲の生徒の誰か動けたはずだ。誰でも誰でもいいから動けたはず。僕はずっと見ていてそう思ったがお前はどうだ?」
「……確かに。確かに俺以外も動けたはずですね。でも、俺がやっぱり早く動けなか_」
「自分がやらなかったからって思ってたら自分を精神的に追い詰めてしまうぞ。」
「…。」
何も言えない。先生の意見に肯定しているわけでもない。
「それにチャンスは今回だけではない。話を聞いてたらどうやらこっちへ帰って来る時があるらしいな。」
「先生聞こえたんですか。」
男がかけた術はどうやら外側の声が中に入らないようにしていたらしい。
「ああ、だからその時を狙おう。その時にが来たら…絶対に俊哉を連れ戻すんだ。」
「そうですね、俺、そのときは確実に仕留めてこちらへ連れ帰ります。」
蒼が少し笑みをこぼした様子を見て安心したのか三山先生も笑みを受けべた。
「そうだ、そのいきだ。」
すると三山先生は他の先生に呼ばれ何処かへ行ってしまった。
__そうだ、次着たときは確実に仕留める。
__ついでにあいつも仕留めてやる。
男に対する執念と俊哉に対する希望を抱いていた。
次に来た時は必ず。
そんな蒼の思いは俊哉に対して一途なものではなかった。
俊哉も蒼に助けてほしいという願いも心の何処かであった。
__待っとけよ俊哉。俺が助ける。絶対に。