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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第五部
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第七十五話 断る

「断る」


 リクは、はっきりとそう告げた。

 リクはエッカルトを捕まえる気でいたし、その能力ならば可能だった。バスクがいない今、実力でリクを止められる人物は、公国にはいないのだ。

 エッカルトを捕まえて公太子夫妻を解放すれば、あとはアルマダなりが後始末を付けるだろうとたかをくくっていたのもあった。

 微動だにしないリクの視線はベールの女性を貫いている。


「リク!」


 一歩前に出そうなアルマダを、ベールの女性が手を挙げて制止させた。


「……何故かをお聞きしてよろしくて?」


 逆にべールの女性が一歩を踏み出した。凛と背を伸ばす姿勢で、優雅さと威厳を保ったまま。


「まずは貴女の素性が知れない事。今の時点で命令違反をしているが更に違反を重ねることでこいつに迷惑を掛けたくない事。目的はエリナ・ファコム嬢との婚約を破棄する事、以上です」


 リクはカレンを抱き寄せる腕に力をこめ、言い切る。自分のことに言及されたからか、カレンが見上げてきた。


 罪を被るのは仕方がない。既に今でも命令違反で軍法会議ものだ。良くて牢獄、通常ならば死刑だろう。

 いかな能力者で貴重とはいえ、規律を乱す行為を認めては示しがつかない。軍規とは守らねばならぬものであり絶対だ。

 リクは処刑されるのは御免だと思っている。それ以上にカレンの身に火の粉が降りかかることが許せないのだ。


「特に、カレンに危害が及ぶようならば――」

「デボラ・ザイフリートの名において」


 強い口調のべールの女性、デボラがリクを遮ってきた。


「わたくしの名に懸けて、そのような事は致しません」


 デボラと名乗った女性がベールで隠していた顔を晒す。妙齢の、まだまだ小娘でも通じる美貌をさらした。

 リクは胡乱気な目で彼女を見る。


「わたしはエッカルトの妻でデボラと申します」

「いけません奥様!」

「……大佐。貴方は静かにしてなさい」


 デボラに一喝されたアルマダは口を結び、頭を下げた。リクもカレンの成り行きを見ているしかなかった。

 デボラがシャンとした姿勢のままし、しっかりとリクを見据えてくる。


此度(こたび)は我が夫の暴挙に巻き込む形になってしまい、申し訳なく思います。ですが、理解していただきたいのです。何が最優先なのかを。このまま放置してしまっては、その御嬢さんにも何かしらの不幸が降りかかることを」


 リクはデボラの言葉を反芻した。見上げてくるカレンの視線を気にしながらも、慎重に言葉を選ぶ。デボラの言うことが本当ならば、自身の夫を殺せと命令するに等しいからだ。

 腕の中のカレンの暖かさを感じ、一番大事にしなければいけない物を確認した。そして他の道を選ばれぬよう塞がれてしまっていることも。

 リクはデボラから視線をアルマダに移した。アルマダの真摯な視線と交差させる。


「……カレンにさえ害が及ばなきゃいいんだ。どうせ今でさえ命令違反で軍法会議だ。命令通りに動くのは構わないが、こいつだけは勘弁して欲しい」


 リクは理解している。自身の能力があればこそ、エッカルトを仕留めるられることをだ。そして目の前のデボラがそれを理解した上で、命令をしていることも。おそらく、アルマダもそうだろう。

 たとえ兵士が束になっても、強固な壁があっても、リクの持つ能力はそれを乗り越えてしまえる。唯一の弱点がカレンだ。

 カレンが人質にとられた場合、リクは手も足も出なくなる。なおのこと、リクはカレンの傍にいたいのだ。


「ここまで巻き込んどいて、いまさら何言ってんのよ」


 カレンが口を尖らせリクの頬をつまんできた。リクの顔は下向きに引っ張られ、カレンの赤い瞳に睨まれた。


「お前にはマーシャさんがいるし、嬢ちゃんも帰りを待ってるだろうが」

「お嬢様はあんたの帰りも待ってるのよ。それに、あたしだって!」


 ぐっと口を曲げて目を潤ませるカレンに、リクも言葉を詰まらせた。カレンを見つめるリクの胸中は複雑怪奇だ。迷惑をかけたくはないが傍にはいてほしい。相反する感情が渦を巻いて胸に痛み与えてくる。


「健気な恋人がいて、貴方は幸せね。大切になさい」


 デボラが儚げに微笑んだ。


 ――幸せ?


 デボラの言葉に、リクは目を瞬かせた。

 自身に幸福はないと思っていたリクが、幸せに見えていることに衝撃を受けた。

 リクはまじまじとカレンを見る。恋人と言われ恥ずかしいのか、顔が紅潮していた。

 「なによ」と赤くなっているカレンはつっけんどんな態度だが、辛い思いをしながらも、ここまでついてきてくれている事を思い出す。

 まともに化粧もできず、髪の手入れもままならず傷みもそのままだ。

 雪中行軍や疲労と冷えが原因と思われる発熱も、リクの支えがあったとはいえ耐え切った。

 文句は言うがカレンはちゃんとリクについてきてくれている。


 ――こいつを手放したくはねえ。離れたくもねえ。他の男に奪われるなんて、考えたくもねえ。


「そもそもあたしのそばにいて絶対に守るって言ってたバカはどこの誰よ!」


 カレンによって摘ままれた頬が横に引っ張られる。

 

 ――まぁ、俺だな。


「一人でどっかに行けると思ったら大間違いだからね!」


 摘ままれた頬をグルグルとまわされる。頬は痛くはないが、胸が痛い。軋みの悲鳴が上がるほど、痛い


 ――ったく、バカはどっちだよ。


 引っ張られて緩むことはできないが、リクは顔がだらしなくなるのを感じた。

 リクはカレンの腕をつかみ、頬から引き剥がす。抵抗もなく、あっさりと手は離れた。

 ぶーたれるカレンの頭に手を置く。


「わかった。カレンも手伝ってくれ」

「当然でしょ」


 頭に載せているリクの手を払ったカレンが笑った。


「そろそろ時間だ。お前が騒ぎを起こした隙に我々軍部が公太子殿下夫妻を保護する。エッカルト様を頼む」

「まぁ、大騒ぎしてやるよ」

「任せたぞ。ではレディ、行きましょう」


 アルマダはデボラと共に、静かに部屋を出て行った。ガチャリと物々しい音がして鍵をかけられてしまう。


「ま、見張りの兵士くらいいるよな」


 リクはそうぼやきながらも、カレンの肩を抱き寄せた。


「何すんのよ」


 口を尖らせてはいるが、カレンは素直にリクの腕の中に収まった。


「なんでもねえ」

「あたしはあんたの物じゃないんだから、気安く触らないで」

「今までのはなんだってんだよ」

「あれはあれよ」


 発熱時には一緒のベッドで寝てリクに甘えてきていたのに、カレンはそう言う。猫みたいなやつだと思うが、リクの胸は熱くなるばかりだった。


「そうだな」


 リクは抱きしめている腕に力を入れた。


 ――これが大切に思うってことか。


 リクは今抱きしめているカレンを、愛おしいと、初めて感じた。


「で、どうするのよ」


 抱き締められているカレンが声をあげる。現状、武器もないのだ。


「武器はな、これから作るんだよ」


 リクは不敵に笑った。





 日が傾いて空が茜色に染まる夕暮れ。リクは木の上にいた。正確に言うと、アルマダと話をした部屋の窓の外に創り出した、脱出用の木の枝の上だ。

 幹はリクの胴回りよりも太く、枝も太い。葉は青々と茂っていて邪魔にはなるがこれは仕方がない。

 窓枠までは一歩の距離だ。窓枠に立てば落ちることはない。


「大丈夫だって言ってんだろ?」


 リクは中にいるカレンに声をかけた。窓枠に足をかけられずにいるのだ。


「あたしはスカートなんだから、そんなことしたら!」


 窓枠の下端は腰あたりの高さだ。登ろうと足をあげたらスカートの中が見えてしまうと思っているのだ。

 リクは小さいため息をついた。


「そのデケエ胸を俺に押し付けてすやすや寝てたお前が言うんじゃねえ」

「み、みられるのは、いやなのよ」

「ったく!」


 リクは窓枠に足を置き、躊躇するカレンの両脇に手を差し込んだ。ぐいっと持ち上げ抱き寄せ、元いた木の枝に立つ。


「おおおちる! おちる!」


 下を見て怯えたカレンが首に手を回し、たわわな胸をぎゅむっとを押し付けてくる。


「そのまましがみついてろ」

「ちょ、ちょっとなにすぎゃぁぁ」


 リクは立っている枝からずり落ちる。落下する最中にその枝を掴み、ぶら下がった。重みで弓なりにしなる枝が二人をグワンと揺さぶる。

 リクは片手をカレンの腰に回し、しっかりと固定すると、枝から手を放した。枝にぶら下がったことで地面までの距離がかなり減ったのですぐに着地した。


「ふ、ふえぇぇ」


 半泣きのカレンを引きはがし、足をつけさせる。カレンはへなへなと腰砕けに地面にお尻をつけへたり込んでしまった。

 べそをかいているカレンを見て、リクもやりすぎたと苦笑する。


「悪かったな」


 リクはしゃがみこみ、涙目のカレンの顎に手を当て、キスをした。

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