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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第一部
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第八話 いきなりはどうかと思う

 エリナという欠食児に適度な食事を与え、順調に健康優良児へと変身させつつあるファコム領への旅路だが、そろそろ中継地である東北地方の中心都市ニブラへと到着する頃になった。公都デルタを出て六日目の事だ。


「なんか馬車がゴトゴトいわねえな」


 木のボールに入っているイチゴを潰しているリクが呟く。馬車の中には街道を走る振動とゴトゴトという車輪の音が小さくなっていた。ちなみにリクはイチゴジャムを作っている最中だ。潰したイチゴに砂糖を追加してコトコト煮れば出来上がりだ。

 ジャムの為に作り過ぎて余ったイチゴは、主にカレンが、少しだけエリナが食べた。エリナはともかくとしてカレンは順調に餌付けされてしまっている。おかげで最近はリクへの当たりも、ちょっぴりだけ緩くなった。


「ニブラに近いからです。ニブラはエルキス・グリード侯爵様の領地の中の中心都市で加工品を扱って栄えているんです。なので交通が重要なので道の整備がきちんとされているんです」


 そこでエリナが俯く。リクはその様子におかしいと思いつつも黙ってイチゴを潰している。ここまでの期間でエリナの人となりが朧げだがリクには見えてきていた。

 ともかく決めた事は意地でもやる、というのがエリナだ。成人前に爵位を継がなければならなかったことが影響しているのかもしれないが、そこまではリクには分らない。リクの疑問には答えてくれないが、自発的に発言はする。情報が欲しいリクはエリナの発言を黙って聞くことにしたのだ。


「へぇ。で馬車の揺れが少ないのか。これなら商品も揺れで壊れる事は少なそうだ」


 リクは感心した。公都でもここまで馬車の揺れが弱くはなかったからだ。

 ニブラは五角形の形をしたヴェラストラ公国の北東に位置する都市だ。周辺の村も合わせてこの地域の人口は約十五万人。公国全体で百万人いるかいないかの人口の中で、六分の一程度を占める事になる。まぁ、五角形の頂点にある各中心都市も同じようなものだった。

 周辺の村々から運び込まれた原材料を加工して各地に運ぶ。これがニブラの産業だ。木の家具であったり革製品だったりワインであったりと腐らないモノが主な商品だ。そしてそこを治めるグリード侯爵家は莫大な富を持ち、その一部で周辺の村々との道の整備などを行っている。

 リクが感心しているその目の前でエリナが「うぅ……ぐす」と嗚咽の声を出した。


「嬢ちゃん、どうした?」


 リクが怪訝な顔で覗き込もうとしたがカレンに遮られた。カレンが隣に座っている細かく震えるエリナの肩を抱き寄せている。


「大丈夫です。方法はありますよ、きっと」


 カレンがエリナを慰めつつも助けを求める様な眼差しでリクを見てくる。エリナは何かを思い出し、悲しくなって涙を流していた。

 ここ数日、こんな事が続いている。ニブラに近づくにつれ、その間隔は短くなっている。夜カレンに話を聞いてもぼやかすばかりで明確に答えてはくれなかった。

 恐らくは自分が悪者なのだろう、とリクは考えつつもその原因が分らない。嫌われるのは仕方がないにしても理由くらいは知りたい。そもそも立場身分年齢全てが釣り合わないこの縁談自体、無かった事にしたいくらいだった。

 悲しみに暮れるエリナを見ていると、何とかしてやりたいとは思うものの、その原因が分らないと解決方法を考える事すらもできない。堂々巡りの袋小路に迷い込んでいた。

 そうしているうちに御者から声がかかる。


「お嬢様、ニブラに入ります」


 その声にリクは窓から外を覗く。眼前にはリクの背丈の二倍ほどの高さの煉瓦で出来た壁が左右にずっと広がっていた。ニブラの街をぐるっと囲む防護壁だ。リクが殴ってもびくともしなさそうだった。


「俺のいた陣地よりも、よっぽど頑丈そうだな」


 リクが羨ましそうな顔でふぅと息を吐く。リクのいた前線は土を固めた腰程度の壁がせいぜいだった。それも戦地がちょっと移動してしまえば使い物にならなくなってしまう。作るのに数日かかっても使える期間は数時間だったりもした。動かない街を守る壁はがっしりと頼もしくも見える。


「そりゃこの地方の要害でもあるんだから」


 カレンが自慢げに胸を張るが、紺色のお仕着せがはちきれそうでボタンが飛んでしまわないかと期待と心配をするリクだった。





 ニブラは今まで通って来た宿場町よりも規模が違う賑わいだった。街そのものの大きさも桁違いだが、道路、店の数、建物の高さも違った。今までは二階建てが高い建物だったが、ニブラでは四階建てもあった。

 行き交う馬車の数も多く、雑踏の音も大きい。道行く人の表情も明るい。

 鉄を叩く鍛冶の音。魚を売り歩く威勢の良い声。笑い合う男達。平和という言葉が似合うその景色は、リクには少し眩しかった。


「お嬢様、宿を探してきます」

「あー、ちゃんと調理できる宿にしてくれ」

「畏まりました」


 御者が宿を探しに行く際にリクは注文を付ける。欠食児を健康優良児に帰るためだ。受ける御者も慣れたものである。

 エリナはいまだ頑固に食事抜きで宿を探す。朝晩は宿でリクが食事を作り、昼は昼でリクが食事を用意する。何だかんだで食事はリクが作ったものを食べ、痩せ細ったエリナの体にも少しずつだが肉がついてきた。

 カレンも痩せていたがエリナよりも肉がつく速度が速く、リク好みの女性らしい丸みを帯びた体形になっていた。リクにとって目の保養でもあるが目の毒でもあった。理性を抑えるのも一苦労なのだ。


「はぁ、しかしすげえ人の数だな」


 リクは窓枠に体を預け外の賑わいを眺めている。しかしその目は商店の売り物に注がれ、野菜以外の食材を求めてさまよっていた。

 リクの能力で野菜、果物は十分に取れるが肉が取れないのだ。森にでも行けばシカやイノシシ、熊などを仕留めて肉を持ち帰る事もできるが、道を急いでいる都合でそんなことはできなかった。せいぜい街で肉を買うくらいだ。もちろん金はリクがもった。公都に帰った時に前線にいた十年分の給料と特別手当分をもらっていたのだ。

 リクがそこまでする義理などないのだが、エリナを健康優良児にする為に肉を買った。余った肉はリクが平らげた。マッチョな肉体は必要な食事の量も多いのだ。

 目で品定めをしているリクの視界に、人込みをかき分けてこっちに向かってくる白馬とそれに跨る若い男の姿が入った。白馬が近づくと人混みはさーっとわかれていく。軍にいてもなかなか見れるものではない。珍しいものを見た、と思っていたリクだが、そのまま馬車に向かってくるのが分るとそうな呑気な事も言ってられなくなった。白馬と若い男は間違いなくこの馬車を目掛けてきていた。


「なんだ、ありゃ……」


 リクがぼやく横でエリナがうわずった声を上げる。


「ヴィンセント様……」


 エリナは窓越しにじっと見つめる男の事をヴィンセントと言った。その名前はカレンから聞いたエリナの()婚約者の名だ。エリナが目に涙を溜め、嬉しいとも悲しいとも取れそうな顔でヴィンセントを見ていた。

 風にそよぎ陽の光に輝く金色の髪を6:4程で分け、きりっとした目に翡翠色の瞳を閉じ込め、青を基調として白のラインが入った詰襟の服を着て、キラキラと煌めく剣を手に持って、何処から見ても王子様、としか見えない若い男が白馬から降り、馬車に向かって歩いてくる。


「いやぁ、美形(ハンサム)ってな、いるんだなぁ」


 陶器のような白さの顔で、キッと口を結んだ凛々しいヴィンセントの姿を見たリクは、ぼんやりとそんな事を口走った。強面褐色マッチョな自分とはあまりにも違う物体に、嫉妬や戸惑いすらもしなかった。これは別物なのだ、と本能が理解した。

 その美形(ハンサム)ヴィンセントが剣の切っ先を馬車に向け、口を開く。


「その馬車にいる野菜将軍殿! 僕は、貴殿にエリナを賭けた決闘を申し込む!」 


 リクは目を三回瞬かせた後「はぁ?」と間抜けな声を上げた。

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