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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第五部
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第七十二話 慣れろってのはどういうことだ!

 マーフェル連邦十か国の中のヴェラストラ公国。

 西方は外洋、北方に巨大な山脈と接し、南方に行くにしたがって豊かな土地が広がる農業国だ。

 国土はちょうど五角形で、各頂点には中心都市が構えている。その五角形の中心に公都デルタが鎮座する。

 北方のニブラに比べれば温暖で降雪はない。外周を厳つい城壁で囲んだその公都デルタに、リクたちを乗せた馬車は到達しようとしていた。


「見えてきたな」


 馬車の窓から前方を除いているリクがつぶやく。遠くに見える公都が太陽の光を受け、鈍い灰色に見えた。

 翼のように左右に広がる城壁が待ち構えているように感じ、リクの腹がドカリと重くなる。


「眠いからって、もう寝ないでよね」


 リクの向かいに座るカレンが口をとがらせた。窓に顔を寄せていたリクは視線をカレンに向け、小さいため息をこぼす。


「誰のせいでこうなってると思ってんだ」

「少なくとも、あたしのせいじゃないわよ」


 カレンがたわわな胸をそらし、自信たっぷりに言う。


 ――もう体調はすっかり元通りだろうが。なんでまだ俺が暖にならなきゃいけねえんだ!


 額をひくつかせたリクは強調されている胸に視線を落としてから、カレンの顔を見た。


 ――収穫を忘れて成長し過ぎたそのデケエ胸を、寝相の悪いお前が押し付けてくるんだろうが!


 何度揉んで起こしてやろうと思ったことか、とリクは心で苦情を申し立てた。むにむにでふかふかな感触を楽しんでいたことは、さらっと忘れて。


「なによ」


 リクの視線に邪さを感じたのか、カレンの目がすっと細まる。


「あのなぁ……」

「慣れなさいよ」


 口をアヒルにしたカレンの言葉が一切の抗議を切り捨てた。リクは自身の耳を疑い、顔を強ばらせる


 ――ちょっとまて、慣れろってのはどういうことだ!


 リクはカレンの真意を探るべく赤い瞳を見つめた。カレンもじっと見返してくる。リクの目にはカレンの顔に書かれた「うるさいわね」という文字がありありと見えた。


 ――ずっと、お預けってことか?


 罰として食事抜きになった育ちざかりの少年のように、リクはがっくりと肩を落とした。

 リクとて男だ。性欲だって人並みにある。リジイラに向かう時からずっと禁欲生活だったのだ。紳士を振舞うにも限界はある。

 好きな女が目の前で無防備に身体を寄せてくれば、間違いが起きるのは時間の問題だろう。

 それでもリクは、カレンの悲しむ姿を見たくないからこそ我慢していたのだ。

 その先が無くなってしまうことは、リクにとって死刑宣告に等しい。

 

「あんたが悪いんだから。責任取りなさいよね!」


 投げかけれられたカレンの言葉は、ぐっさりと背中から心臓に突き刺さった。だが頭に届いた瞬間、リクは刮目した。

 がばっと顔をあげたリクが見たのは、ちょっとほほを赤く染めそっぽを向いたカレンと、居心地悪そうに苦笑いするオーツの姿だった。


「せきにーん?」


 まだわかっていないロッテは首をかしげ、わかっているオーツは「ははは」と乾いた笑いを繰り返している。


「連れまわしたあげく具合も悪くなっちまって、すまなかったって思ってる。その責任は取るさ」


 リクの答えにカチンときたカレンが吠える。


「なによそれ!」

「だから謝ってるだろ? それに責任もってリジイラには連れて帰るって」

「そんなことじゃなくって!」


 カレンは着ている外套のポケットからタマネギを取り出し、今にも投げつけんとする。

 何度か食らったカレンの野菜攻撃に、リクは反射的に腕で頭を守った。


「き、聞き届けましたぁぁ!」


 リクとカレンの間にオーツが滑り込み、両手をあげて叫んだ。数舜、静寂が馬車を支配する。


「……そろそろ公都の入口につきますけどー」


 御者席から聞こえるガスパロの気の抜けた声が、やけに大きく聞こえたのだった。





 侵入者を拒否する巨大な城壁に空いた貴族専用の小さな門を通り、馬車は公都へと滑り込んだ。

 城壁を抜け、光に照らされた先に広がっていたのは、簡単な鎧に身を包み、剣を構え、矢をつがえた兵士たちの姿だった。

 馬車の進行方向にずらっと並んだ兵士はざっと百人以上。剣を構える兵士の後ろには弓兵が。その背後に公都内へと続く道がある。その陣容は、リクたちを通すつもりなど微塵もないと雄弁に語っている。

 更に後方には背丈の倍以上ある石造りの壁が聳え立っていた。

 逃げ場など見当たらない。完全に待ち構えられていたのだ。

 馬が嘶きをあげ、馬車は城壁を抜けた先の広場に静かに停止した。抜き身の刃が陽の光を反射して鋭く威嚇してくる。


「リク!」


 不安を隠せないカレンが窓を見たまま叫ぶが、リクは表情を崩さない。むしろ余裕さえも窺えた。


「オーツ」


 リクが口を殆ど動かさず声をかける。真剣な表情のオーツはコクリと頷き、隣のロッテの肩を抱いた。


「さて、お二人にはここで降りていただきましょうか」


 ニヤけ顔のガスパロが馬車の扉を恭しく開け一礼する。


「カレン行くぞ」


 リクは、怯えた瞳を向けてくるカレンの頭に手をのせ、ひと撫でした。それでも動かないカレンの耳に顔を寄せ「心配するな」と背中を押す。

 カレンはゆっくりと目を瞑り溜息をついた


「まったく、なんでこんな男を……」


 カレンがリクの手に自分の手を乗せてくる。


「……イイ女に巡り合えた俺は幸せモンだな」

「感謝してよね」

「感謝しまくってるぞ?」

「いいから早く馬車から出てくれませんかねぇ」


 リクとカレンのやり取りにガスパロが珍しくイラついた声をだした。いい加減目の前でいちゃつかれることに呆れたのだろう。


「そんなに怒る事はねえだろよ」


 リクが今までと違ってにやりと笑って見せると、ガスパロはチッと舌打をした。


「おねーちゃん!」

「ロッテ、行っちゃだめだ」


 ロッテが飛び出そうとするのをオーツが止める。


「はなしてぇ! おねえちゃんがいっちゃう!」

「仕方がないんだ!」


 喚くロッテをオーツがしっかり抱きとめる。動けないロッテがカレンに手を伸ばした。


「おねえちゃんは大丈夫だから。お母さんの所に行きなさい」


 カレンがにっこりと微笑む。


「うううおねーちゃん」


 じわじわと潤んでくる瞳をロッテがカレンに向けた。カレンの手がロッテの頭にのせられくりくりと撫でつける。


「この馬鹿が守ってくれるからさ」


 安心させるためか、カレンが満面の笑みをロッテに向ける。そしてそのまま「()()()」と言って馬車を出た。





 サーベルを構える兵士に囲まれ、リクとカレンは馬車から離れた。馬車の窓にはロッテがへばり付いて泣きそうな顔を見せている。

 リクに寄り添うカレンがにっこりと小さく手を振った。


「随分と余裕ですねぇ」


 その様子を見ていたガスパロが会話に割り込んできた。だがガスパロは馬車に足をかけ、御者席に乗り込んでしまう。


「そうでもねえ。恐ろしくて足が震えてんだぜ」

「……そうは見えませんが?」


 リクがワザと寒がる仕草をすれば、ガスパロが呆れのため息で返してくる。

 その間にもサーベルを構える兵士によって包囲が狭められる。

 金属の擦れる音がじりじりと近づく。

 光を反射する刃に恐怖心が煽られた。


「ちょっとリク!」


 カレンがささっとリクの背に身を隠した。リクの肩に手を乗せ、おっかなびっくり横から顔を出している。

 リクが背後に向かって「信じろ」と伝えると、カレンから「し、信じるわよ!」と震える声が帰ってきた。リクは手を後ろに回しカレンを腕の中に抱き寄せる。

 カレンの緊張が抜けたのか、ほっと息を吐くのが分かる。リクの腕の中はカレンの安心出来る場所になっていた。


「おとなしく捕まる。ただし、俺たちに手を出さなければ、だ」


 リクが威嚇するように声を張り上げると兵士はガチャリと音をたてて止まる。リクの噂と能力は正確に伝わっているのだろう。包囲する兵士の顔は緊張に満ちていて、冬なのにその頬には汗が流れている。

 

「その方が賢明です。いくらあなたが強かろうとも、女性を守りながらでは戦えないでしょう?」


 御者席のガスパロが呑気に笑う。


「ではさようなら。もう会うことは無いかも知れませんからね」


 ガスパロの操る馬車は、広場から続く石畳の道を駆けていった。そして大きくカーブした後に、姿は見えなくなった。

 取り囲む兵士の中から中年と思われる男が前に出てくる。細身だが無駄な肉などない引き締まった体形で、見るからに叩きあげの軍人だ。この部隊の指揮官だろう。


「無駄な抵抗をしなければ危害は加えないと約束しよう」


 緊張しているのか、ゆっくりと話す彼の声はかすれていた。リクは腕の中に確保したカレンに顎をしゃくる。


「コイツに僅かな傷でもつけてみろ。こうしてやる」


 リクが言い終えると同時に、その指揮官の足元の石畳を突き破って一本の青竹が天を突いた。リクの腕程の太さの竹はバキンと石を割り、悠然と聳え立っている。後ずさる兵士達に動揺が走り、一瞬でざわめいてしまった。

 ありえない状況は恐怖を植え付けるのにはうってつけだ。リクは竹一本でそれ成し遂げた。

 

「わ、わかった。わかったから、おとなしくしててくれ」


 指揮官は青ざめた顔で手を前にかざした。もはや立場は逆転してしまったのだ。

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