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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第五部
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第六十八話 俺に帰る家はねえ

 まだ腕に残るカレンのぬくもりを燃料に、リクは底冷えする廊下を歩く。カレンの部屋を後にしたリクはそのままアルマダがいる部屋へと向かった。今後の話の最終確認のためだ。

 ガスパロと顔を合わせない様にアルマダは隠し部屋に泊まることになっていた。

 突き当りにある一階へと下る階段の横の木の壁を軽く三回ノックする。


「リクだ」

「入ってくれ」


 壁の板目にそった小さな扉を開け、リクはその巨躯を押し込むように入り込んだ。低い天井で窓もなく、蝋燭の灯りのみで薄暗い。小さなテーブルと椅子があるだけの狭い空間だ。表の階段に添うように、部屋にも下る階段がある。

 ここは何かの際の逃亡通路だった。アルマダはここに隠れているのだ。


「オーツ様とシャルロッテ様の件、ご苦労だったな」


 アルマダは暖かそうな外套に身を包み、椅子に座っていた。


「労うならアイツ(カレン)に言ってやってくれ。アイツが寒さの中でも耐えて面倒をみてたんだ」

 

 頭が天井に当たってしまいそうになりながら、リクも椅子に座った。そしてアルマダの格好を見て首を捻った。

 部屋は寒いが外套が必要なほどではない。リクは外套なしでここまで来れている。


「……もう出るのか?」

「あぁ、オットー様とシャルロッテ様の無事が確認できた。先に公都に帰って報告をせねばならん」


 疲労の色が濃いアルマダの目には力強い光が宿っているように見えた。リクは懐から葉巻を取り出し同じく取り出したナイフで先を切り取る。そして「一本くらい吸う時間はあるだろ?」とアルマダに差し出す。

 アルマダは葉巻を受け取り、口に咥えた。テーブルの上にある蝋燭で葉巻に火をつけ、ふーっと煙を吐き「旨いな」と呟く。


「アンタの黒幕は、誰なんだ?」


 リクは目を細めた。

 大佐でしかないアルマダがこれほどまでに自由かつ権限を持っているはずがなかったからだ。


「それは言えん。知ればお前達に迷惑が降りかかるだろう」

「もう十分降りかかってるけどな」


 リクは肩をすくめた。


「俺は良いがカレンに迷惑をかけるのだけはやめてくれ。アイツに何かあったら俺はもうとまらねえぞ?」


 眉間に皺を寄せたリクはブスリと釘を刺した。今のリクにとって一番大事なのはカレンだ。

 リクの剣幕にアルマダはゆっくりを閉じた。


「……そこまで想っているのか」

「うるせえ、そうだ」


 リクは言葉を吐き捨てた。カレンを取り戻した以上、もはや腹は決まっていた。

 アルマダが大きく息を吐き、目を開け、リクを見てくる。


「お前がエリナ様ではなく、カレン嬢と仲良くなるとはなぁ……」


 口許を緩めたアルマダが優しい目になる。


「その件もある。クソッタレな縁談は壊させてもらうぞ」


 リクの目がさらにきつくなる。


「もちろんだが、今後の事は全てが終わったらだ」

「ま、そうなるよな」


 リクは肩の力を抜き、背もたれに体を預ける。


「で、俺はどうすればいい?」


 唸る低音を吐き出すリクの口もとは不気味な三日月になった。





 翌朝、まだ陽が山の向こうに見え隠れしている時間。ニブラの街の外には見慣れない馬車と、犬ゾリが仲良く並んでいた。

 細かい装飾もなく、黒く四角い無骨な馬車であるが、鉄を惜しげもなく使用した頑強さが見て取れる馬車だ。舟型の犬ゾリと並んでいる様子は『場違い』の一言で片づけられそうもない程、異質だった。

 雪原を吹き抜けた風にさらされ、肌がピリピリと凍てつく中、カレンはロッテとオーツを馬車に案内し、アルマダが用意していた荷物を積み込んでいる。ガスパロは馬車の御者席でなにかの作業をしていた。

 リクはビオレータと並び、神々しい山々の峰がオレンジに染まるリジイラの方角を見ている。


「小麦の高騰の原因がわかりました」

「……そんなのがあったっけな」

「もぅ、懸命に探ったんですよ? 少しは褒めてくれてもいいんじゃありません?」


 リクのそっけない返事にビオレータが口を尖らせる。


「リジイラへの派兵する際の食料として大量の小麦が必要になるという事で、シオドアが事前に買い占めているようでした。軍に高く売りつけるためでしょう」


 リクが戦線を離れここにいる事で、小麦は国内で生産している分しかない。だが、これが本来あるべき姿だ。


「で、どうしたんだ?」

「もちろん、喧嘩をふっかけました。ニブラにある在庫の小麦を全て売りましたわ」


 自慢げに微笑むビオレータにリクは視線を向けた。


「……良いのか?」

「もちろんグリード侯爵様には事情をご説明したうえでのことです。良いぞもっとやれ、と背中を押されてしまいましたわ」


 ビオレータの笑みは深くなるばかりだ。


 ――まぁ、ヴィンセントの件もあるしな。


 ビオレータもやけっぱちで動く女ではない。何かで裏がとれているからこその行動だろう。リクはそう思ったが無言を貫いた。

 カレンが背後でチラチラと気にしてみているだろうことを予想しての事だ。お互いの思惑のずれから来るすれ違いは、もう嫌だったのだ。

 最優先はカレン。

 これはリクの中での決定事項だ。もはや覆らない。

 例え国を相手にしようとも、だ。


「兵士の集まりも悪いようで、編成もままならないとの情報もあります」


 リクの沈黙を蹴飛ばすビオレータの言葉に「なに?」と声を荒げてしまう。リクの興味を引けたビオレータはしてやったりのドヤ顔だ。


「故郷へ帰りたい兵士が、国内とはいえ違う土地へ派遣されることを嫌がっているそうです」

「あー、気持ちはわかる。長い戦争から解放されてやっと家へ帰れるって時に「又派兵だ、行け」って命令されて素直に言うこと聞くヤツ(兵士)はいねえな」

「リクさんも、ですか?」


 首を傾げ自分の魅力をアップさせて伝えようとするビオレータから目を逸らし、リクは徐々に姿を見せ始めた朝日を見据えた。


「俺に帰る家はねえ」


 そう宣言した直後にゴカっと後頭部に固いものが当たった。足元に転がったのは雪を握り固め、はや氷になったものだ。


「アンタの帰る場所はリジイラの屋敷しかないの! カッコつけて変な事考えるんじゃないわよ!」


 カレンの不機嫌な声が背後から襲ってくる。思わずリクの頬が緩む。


「うるせぇ」

「なによ、心配してあげてるってのに!」


 カレンの言葉と同時に、また後頭部にドカンと衝撃が走る。足元に転がるのは人の頭ほどの氷の塊だ。

 前よりもさらに大きい音と痛みに、リクも後ろを振り向いた。


「てぇな!」

「朝っぱらから黄昏れるなんて百年早いのよ!」


 腕を組み、たわわな胸を押し上げて憤怒のカレンが怒鳴ってきた。リクには、カレンの目が潤んで見えているのは、気のせいではないだろう。

 なんだかんだでリクを気遣ってくれているのだ。

 リクは嬉しさで崩れそうになる頬を気合で保ち、言い返す。


「あと百年も生きてねえぞ!」

「そのくらい生きなさいよ!」

「わけわかんねぇこと言うんじゃねえ!」


 怒り顔にもかかわらず少しだけ口もと緩めたカレンが「まったくバカなんだから」といい、馬車の中に入っていった。

 どっかで別な場所でやってくれませんかねえ、という顔のガスパロと、不機嫌そうに額に皺をつくるビオレータの二人など、今のリクの視界には入っていなかった。


「と・も・か・く! わたくしはグラシアナとグラシエラを迎えにリジイラに行かねばなりませんが、いいですこと?」


 ビオレータが眼つき鋭くリクに迫ってくる。


「早まったことは、しないで下さいね」


 リクの目の前まで来たビオレ―タがふわっと優しい笑みを浮かべた。不覚にも見惚れてしまったリクだが、頭の中のカレンに玉ねぎを投げつけられ正気に戻った。


「道に迷わないようにな」

「はい、ありがとうございます!」


 ニコッと笑顔で応えてきたビオレータは目にゴーグルをはめ、犬ゾリへと歩いて行った。


「はっ!」


 ビオレータは犬達に命令すると、ソリは雪煙をたて、朝焼けに染まる雪原に消えていった。リクはその姿が見えなくなるまで見送った。


「モテモテですね」


 いつの間にか御者席に座っているガスパロの嫌みが飛んでくる。


「ったく、この強面のどこが良いんだか」

「否定しないとは、大した自信です」

「うるせぇ」


 ガスパロの口撃を悪態で躱しつつ、リクは凍った雪を割りながら馬車へと歩いて行った。


 ――何が何でも、終わらせてやる。


 リクのやる気は体から立ち上る湯気となって寒風吹きすさぶリジイラの空へと消えていった。

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