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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第四部
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第六十六話 ぶん殴る。以上だ

4章最終話です。少し長いです。


 馬を引きながらリクが創りだした緑の道を歩き、一行はニブラへと入った。

 既に陽が傾きかけており、ガスパロを除いた憲兵たちは宿屋か休憩できる場所へと消えていった。

 彼らもさすがに疲弊しており、今日はゆっくり休んで明日リジイラを発ち公都に向かうことになった。  

 リク、カレン、オーツ、ロッテはシルヴァ商会の二階で泊まる事になり、見張りとしてガスパロも一緒だった。

 全面的に彼を信用できないリクはロッテとオーツにカレンを同じ部屋に寝かせることにした。リクはその部屋の向かいに陣取った。

 ビオレータが文句を付けてきたがオーツとロッテの為だとリクは一蹴した。アルマダの口添えもあってビオレータも渋々認めた。


 すっかり夜の帳が降りた時刻。リクはカレンと一緒にいた。

 安全を優先し窓のない部屋を選んだために息苦しい感じはあるが、唯一の入り口さえ守れば他に進入路は無い。

 部屋には大き目のベッドが二つ、小さな円形のテーブル、寝転べるくらいのゆったりとしたソファ。調度品は少ないが、一晩しかいないのだからこれでも十分だった。

 オーツとロッテを寝かせ、自由時間になったカレンとようやく話ができるのだ。ビオレータに用意してもらった寝間着に厚手のカーディガンを羽織ったカレンは、眠そうに目をこすっていた。

 大き目のベッドですやすや眠る二人を確認し、リクとカレンは小さな円形のテーブルに向き合うように席についた。テーブルには温かい飲み物が置かれ、静かな湯気をくゆらせている。中身は紅茶にちょっぴりのブランデーを垂らしたものだ。ちょっとアルコールを飲んでリラックスしてゆっくり寝てもらうのが目的だ。

 二人揃って席についたはいいが、どう話を始めようかリクは戸惑っていた。向かい合うカレンの表情はいまいちかたい。


「……色々と迷惑かけて悪かったな」


 リクはとにかく詫びからはいった。カレンが大変な目にあったのは事実だ。リジイラを離れ、何もできなかったのも事実だ。出来たのは心配と胸の痛みに耐えるだけ。


「ん……もう大丈夫」


 いつも元気だったカレンの浮かない表情を見て、そんな言葉が信じられないリクだった。


「それより、オーツ君とロッテちゃんを公都に連れて行って、どうするの?」


 沈んだ顔のカレンがじっとリクを見つめてくる。声も低く、信用されていないというのを言葉もなく刷り込んでくる。

 これも罰だと、リクは思った。


「公都に殴り込んで嬢ちゃんとの婚約の話をぶち壊す。ついでにどこぞの家督争いのごたごたも叩き壊す。裏で操ってるらしいビオレータの兄もぶん殴る。以上だ」


 簡潔にかつ淡々と語るリクの話を、カレンは口を開けて聞いていた。


「……それ、本気で言ってる?」

「本気も本気だ。マジと書きたいくらいに本気だ」


 今にも「あんた馬鹿?」と言い出しそうな顔のカレンに、リクは真面目な顔で答えた。

 このゴタゴタの一番の原因は、そこだ。二つの家督争いという名の兄弟げんかだ。

 

 ――くだらねぇ。

 

 まことにクソくだらない事に、リクもカレンもエリナもヴィンセントもアルマダも振り回されていた。アルマダの仲間には犠牲者も出ているとリクは聞かされた。

 対岸の火事だったらもう少し様子身も出来たが事態は待ってくれない。

 反逆の疑いが掛けられ、軍の部隊を派遣ともなればエリナは当然としてカレンにも火の粉がかかり延焼するのは間違いない。


「それって、お嬢様の、ため?」

「どっちかってぇと、俺の為だな」


 半分は本当で半分は嘘だ。嘘をつくときは視線をそらしてはいけない。リクはカレンをじっと見つめた。

 迷惑をかけたエリナへの詫びが半分は入っていた。予定通りエリナがヴィンセント結ばれれば、カレンの心労も減るだろう。これもリクの為といえば、そうなる。

 

「リクは、自由になりたい?」


 話し始めてからカレンは尋ねる事しかしない。しかも俯いてばかりだ。リクも心配だが疲れて眠いのだと判断した。

 実際に目の下の隈もくっきりと浮いてしまって痛々しい。


「それは、考えなかったな。ともかくムカつくこのバカバカしい茶番を終わらせてえ」


 そうすりゃお前も気が楽になるだろ、と続けるとカレンが顔をあげた。


「あたしの為?」

「そのしけた面がお前には似合わねえんだ」


 リクはニヤッと笑った後に冷めた紅茶をグイッとあおった。湯気に混じるアルコールを強く感じた。

 元気のないカレンを煽って明るい彼女にしたかったのだが素面では出来ない。リクの紅茶だけはややブランデーが多かった。

 酒の力を借りるのは情けないが、致し方ない。


「悪かったわね、しけてて」


 むっとしたカレンがカップに口を付ける。こくんと喉が動き「ふぅ」と小さく息を吐いた。


「はぁ、おいしい」


 カレンの口元が少し緩んだように見えた。

 リクはテーブルに頬杖をつき、そんなカレンをじっと見ていた。疲労の為かもうお酒が回ったようでカレンの頬がピンクに染まる。

 なんとなく安心したリクの頬が緩む。酒に強くはないリクにも酔いはまわってきていたが本人は気が付いていない。


「……怪我がなくてよかったよ」


 リクも紅茶をすすった。


「ふんだ。怪我してれば、いい気味だ、とか思ってたんじゃないの?」


 カレンはそう言うとまた乱暴にカップを傾ける。


「けっ、そー言われるんなら助けに行かなきゃよかったぜ」

「どうせ誰かに言われてきたんでしょよ!」

「なんだよ、これでも心配したんだぞ?」

「ホントに~?」


 カレンがちょっと横を向き流し目のジト目で見てくる。ピンクに染まったカレンの潤んだ目が妙に色っぽくて、リクの心臓が飛び跳ねる。

 だが、ようやくカレンがいつもの調子になった安堵の息でリクの肩の力も抜けた。


 ――これで、大丈夫だろ。明日には元通りだ。


 肩の荷が下りたとばかりにグイっとカップの中の紅茶を飲みほし、テーブルにコトリと置く。


「疲れてんだろ。もう寝ようや」


 リクはそう言ってテーブルに手を突き立ち上がる。

 カレンが慌てて立ち上がり「ちょっと待って」といってベッド脇の鞄へ歩いていった。


「ん、なんだ?」


 リクが首をかしげていると鞄をごそごそと漁っていたカレンが手にピンクのチューリップの入った小さな袋を持ってくる。


「あの、これ、ごめん」


 リクが口を開くよりも早く、カレンがチューリップを両手に持って差し出してきた。ばつの悪そうな顔でチロリと舌を出して。


「持ってきたのかよ」


 驚くリクが見たチューリップは、どことなく寂しそうに揺れている。持ち主の心がわかっているかのようだ。


「不安だったから、お守り代わりに持ってきた」


 カレンが上目遣いで見上げてくる。酔ったからか目も潤みがちで、破壊力は満点だ。抱き締めそうになる腕を、拳を握る事で制御する。ここで一歩を踏み出してしまうと、抑え切れる自信はなかった。


「……そのまま持っててくれ」

「良いの? 投げちゃったこと、怒ってない?」


 カレンがおずおず聞いてくる。その仕草すらも、今のリクにはお誘いにしか映らない。

 きわめて危険だった。


「怒ってなんかねぇよ。そもそもお前にあげた奴だし、俺が持っててもしょーがねえだろ?」


 色々と堪えたリクがそっぽを向いて応えると、ホッとしたのかカレンはチューリップを持つ手を下げて「はぁ~」と大きく息を穿いた。リクは思わず視線をカレンに戻す。


「よかったぁー」


 安堵の笑みを零すカレンに、リクの心臓は二度目の試練を迎えた。ドクンどころではなく馬に蹴られた程度にドカンと跳ねた。体と頭が熱くなり、酔いとの相乗効果を最大限に引き上げていく。


 ――何も考えらんねえ。


 リクの体が勝手に動き、カレンを抱き締めた。湯浴みをして綺麗になった赤い髪からは香料の匂いが更にリクを惑わしてくる。

 抱き締めているカレンから伝わる熱が、柔らかな感触が、安堵と共にリクの体と心に染み込んでいく。


 ――はぁ、落ち着く……


「ちょ、ちょっと!」


 もぞもぞとカレンが動くがリクはお構いなしに抱きしめる力を強くした。カレンの手はチューリップを持ったまま下げたままで、抱かれるがままだ。


「く、苦しいんだけど」

「無事でよかった……」


 リクがぼそりと呟くと、カレンの抵抗も静かになる。


「なによ。心配してくれたの?」

「だから心配したって言ったろうが」

「だって嘘くさかった」


 嬉しそうに聞こえたカレンの声がちょっぴり拗ねた。リクは子供の様なカレンのこの声が、聞いているとイジメたくなるくらいには好きだ。


「信用ねえな」


 酔いも手伝ってリクの声も弾む。


「あの女にのこのこくっ付いて行ったのは誰よ!」

「行きたくて行った訳じゃねえって。オーツが行くって言っちまったんだから仕方ねえだろ?」

「ふん、どうだか!」


 カレンが声を荒げたからか「おねーちゃーん?」というロッテの声と毛布が擦れる音が聞こえた。リクもハッと我に返りカレンを解放した。

 いい所を邪魔されたと取るか、暴走するところを止めたと獲るか。ともかくリクは踏みとどまった。


「もー」


 胸元の声の主に視線をやれば、赤く染まったほっぺを膨らませているカレンとかち合う。さっきの借りてきた猫ブリに比べれば、元気なわがまま猫に戻っていた。


「……ゆっくり休んでくれ」


 リクがそう言って部屋のドアへ向きを変えた時、脇からにゅっと腕が映えて後ろから抱き着かれた。


「助けてくれてありがとね。嬉しかった」

 

 リクは背中でカレンの声を聞いた。腕は直ぐに解かれてしまうが、カレンの感触と香を残していった。リクは目を閉じ、一呼吸してから開けた。


「守ってやるから離れるんじゃねえぞ」


 リクは捨て台詞のように吐き捨てた。


「そんなこと言うリクこそあたしから離れてるじゃない」


 背中にカレンの言葉が突き刺さる。リクは答えずに部屋の扉まで歩き、取っ手を掴んだ。


「離れないように、ずっと連れまわしてやるよ」

「できるもんならやって見なさい!」


 カレンの嬉しそうな声におされ、リクは部屋を出た。廊下の冷えた空気に頬が強張るがリクの心は温まったままだった。

しばらく更新を止めます。

エタで放置するつもりはないのですが、いずれまた。

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