第七話 孤児で悪いか
いただいた感想をすっかり見落としていたお詫びに急遽公開です……m(_ _)m
すみません、もう見落としませんm(_ _)m
翌日、陽も完全に上がった頃、三人を乗せた馬車は宿場街を出た。リクは出発前に街の商店で色々と買い込んでいた。朝食夕食は宿で何とかするとしても昼食は作らねばならないからだ。エリナという欠食児を健康優良児にすると決めたからには徹底的にやる。それがリクだった。
秋晴れの青い空の下、馬車はゴトゴトと揺られながらニブラへの街道をひた走った。
「……あんた何してんのよ」
カレンがリクに呆れの視線を送っている。リクは馬車の中で木のボールにいれたオリーブの実を器具を使ってガシガシとそのマッチョな筋肉で潰していた。馬車にはほわんとオリーブの匂いが立ち込めている。
ちなみに馬車の荷物置き場には胡椒の実が乾燥の為に置かれている。乾燥させてすり潰せば調味料としてのコショウの出来上がりである。
「オリーブ油を作ってんだよ。茹で物ばっかじゃ力が入らねえし、炒め物も作らねえとバランス悪いだろ?」
リクは作業の手を止めることなく、カレンに返事をする。
「油、ですか?」
「おぅ、油だ。オリーブ油は万能だからな。サラダにかけてよし、炒めてよし、揚げても良しだ。灯りの油にも使えるしな。肌にも良いらしいぞ。いくらあっても足りねえくらいだ」
興味があるのかエリナが口を挟んできた。エリナもオリーブ油くらいは知っているが、作り方など知らない。貴族のお嬢様が知っているはずがない。
「顔に似合わず器用ねぇ」
カレンが呆れた顔を向けてくる。リクは昨日から呆れられっぱなしだった。もっともこの男は気にもしていないが。
「顔は関係ないと昨日言ったろうが」
「あら、そうだったかしら?」
カレンがわざとらしくそっぽを向く。あからさまな挑発だった。
「なんだ、お前のお頭も残念じゃねえか」
リクは手を止め、極悪にニヤリと笑った。
「残念とはなによ、残念とは!」
逆に挑発されてしまったカレンが怒り始めた。リクはくくっと笑い「そんなところがだ」と続けた。黙っていれば美人の部類に入るカレンだったが、口は災いの元。彼女の大きめの口はお淑やかではなかった。
「あんたにそんな事言われるなんて屈辱よ! それに馴れ馴れしく「お前」って呼ばないでくれる。あたしにはカレンって素敵な名前があるんだから!」
怒りで顔を赤くし、赤い髪、赤い瞳で頭を真っ赤にしながらカレンは文句を並べる。
「俺も「あんた」呼ばわりされる筋合いはねえぞ。リクって名前がある。誰が付けたか知らねえけどな」
「あんたなんか、「あんた」呼ばわりでいいのよ!」
「俺にも一応名前はあるんだぞ? 立派じゃねえけどな」
リクもカレンに張り合う様に声を荒げる。だがオリーブの実を潰す手は止めていない。そしてそんな様子を見ていたエリナがクスッと笑った。
「カレンがそんなにムキになるなんて珍しいですね」
エリナの言葉にカレンが我に返り、恥ずかしいのか頬を染めぷいっと顔を背ける。リクはクククと笑いをこらえていた。丁々発止はリクの方が慣れているようだ。
「どこぞのお嬢様とは大違いだな」
「なんですって!」
リクの言葉にまたもカレンが眦を上げ激昂し、たまたま手元にあったニンジンをリクの顔に投げてくる。手の空いていないリクはそれをガキっと口で噛みつき、そのままガシガシと砕き、もぐもぐと口を動かす。
「食べ物を粗末にするんじゃねえ!」
律儀にもぐもぐと咀嚼を終えてからリクは叫んだ。
「ったく、食い物を粗末に扱いやがって。これだから金持ちは……孤児院じゃ野菜の欠片すらも残さなかったってのに」
リクはカレンを一瞥すると、オリーブの実潰しの作業を続けた。カレンはフンと横を向くが、その隣にいるエリナが驚いた顔をしている。
「……リクさんは、孤児院にいらしたんですか?」
エリナはリクの過去を詳しくは知らないようだ。カレンは興味もないのかぷいっとそっぽを向いたままだ。
「あぁ、記憶に残ってるのは孤児院からだ。俺がどこで生まれたかも知らねえし、親の顔も見た覚えがねえ。気がつきゃ孤児院にいた」
リクは視線を手元の木のボールに移す。オリーブの汁にちょっと寂しそうな顔があることに、リクは驚いた。感傷に浸るほど、正しく生きちゃいないんだが、と心でぼやく。
「そう、ですか……」
エリナにとってはショックだったのか、言葉が詰まっている。貴族のお嬢様であれば、そんな下々の事など知らないのだろう。それともあてがわれた婚約者が平民ですらなかったことにショックを受けたか。リクの頭にはそんな考えがよぎる。住む世界が違うと認識も違うのだ。
「まぁ、十三の時までしか居られなかったけどな」
リクは訥々と話を続けた。昨晩エリナの過去を少し知った代わりに自分の過去も話すべきだと思ったからだ。話したところで何が変わる訳でもないのだが。
「十三で軍に入って歩兵になって、十六の時にこの能力が現れて輜重師団に配属を変えられて、十八の時に南の国との間で戦争が始まってすぐにその戦争に派遣されて、それから十年間ずっと最前線にいた」
エリナは静かに聞いておりカレンも茶々を入れず横を向きながらも耳を傾けているようだった。そんな事は気にせずリクは話し続ける。
「で、急に軍令部から帰還命令が来たと思ったらこのザマだ。大佐に聞いても何も答えてくれねえし、お前らが教えてくれるでもねえ。何が何だかわかりゃしねえ」
リクは「まったく」と大きくため息をついた。そのため息を最後に、馬車の中はガタゴトという車輪の音しか聞こえなくなった。
「……軍って成人からしか入れないと聞いたことがあります。成人前でも入れるのですか?」
エリナが静かに聞いてきた。大分警戒心が少なくなったようだ。
「あー、普通はそうだ」
軍には成人後でしか入れない決まりになっている。体と精神が一人前になる前に軍に入っても訓練やしごきで潰れてしまうのだ。
「だが俺の場合は違ってな。俺もいつまでも孤児院にいられるわけじゃなかった。女の子はいつの間にかいなくなってたりもするんだが男は違った。ある程度大きくなったら働きに出なくちゃなんねえ。孤児院はいつも金欠だったからな」
リクは気を紛らわせるようにガシガシとオリーブの実を潰す。自慢できるような過去ではないからだ。
「十歳の時から軍に出向いちゃ入れてくれって頼んでたんだ。この通りガタイだけは立派だったからな」
リクは腕の筋肉をムキっと盛り上げた。褐色の筋肉がはちきれんばかりに盛り上がる。
「で、あきれたのか降参したのか十三の時に軍に入れて貰えた。運が良かったかもな」
リクは自嘲的に笑った。軍での生活は十三歳のリクにとって決して楽なものではなかったが、それでも孤児院で先の見えない生活をしているよりは断然よかったし、そんな事を考える余裕などないくらいにしごかれ、新兵いじめにあった。体格だけは一人前だが所詮は成人にもなっていない子供でしかなかったのだ。格好のいじめの対象だった。
「なによ、お涙ちょうだいってわけ?」
しっかりと聞いていたのか、知らんぷりしていたはずのカレンがつっかかってくる。
「同情なんかいらねえよ。軍での生活にもある程度は満足してた。孤児だった俺にも居場所ができたしな」
カレンの挑発にも怒ることなく、リクは穏やかに答えた。別れは早かったが、戦友もできた。リクにとって気がかりなのは未だ戦争が終わっていないことだ。自分だけ安全な、戦場とは全く無縁な場所に行かざるを得なくなったからだ。できれば最後まで戦場にいたかったのだが、残念ながら叶う事は無かった。
「なによ、そんな厳つい顔のくせにしんみりしちゃって」
カレンはまたそっぽを向いて、窓の外を眺め始めた。なんとなく気まずいのだろうか、カレンの口が少し尖がっていた。リクはそのことに気が付いたが、特に触れることは無かった。障らぬ神になんとやら、だ。
ちなみに公国にも宗教はあるが、リクは神を信じてはいな。神がいたら孤児などいないと思っているからだ。
爽やかな中にも寒さを感じる秋晴れの中、静かになってしまった馬車は道の凸凹にグラグラと揺られながら、草原を突っ切る街道を北方の中心都市ニブラへ向かって走っていった。