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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第四部
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第六十三話 食事をご馳走しようと思ってな

 空の闇から生まれるように雪が舞う中、松明が唯一の灯りとしてリクの顔を赤く染めていた。

 まだ日の出前。彼方にある山の稜線が赤に染まる程度の時刻。リクはニブラの郊外にいた。

 栗色の馬に跨り、体の前にオーツを乗せ、遠くの闇に揺れる僅かな炎の影を、じっと見つめていた。


 ――見つけたか?


 雪原に浮かぶ朧な炎は次第に大きくなり、接近と共に滑走する音を伴う。近付く影の塊は白い息を吐く犬たちとソリに乗ったビオレータに変わっていった。

 犬たちに驚く馬の首を撫でて宥め、リクはビオレータに向く。


「いたか?」


 リクの目の前でソリを止め、乱れた髪をかき上げたビオレータがむっとした顔を向けてきた。


「いましたけどっ!」


 口を尖らせるビオレータにリクは眉を顰め「なんだ、機嫌悪いな」とぼやく。夜明け前だし、女は用意も大変なんだろうくらいしか考えないリクは内心首を捻った。


「リクさんのお役に立てて。超ご機嫌ですわ!」


 顔をプイっと背けて「他の女の為に動いてるんだから、労いの一つも欲しいです」とリクに()()()()()()()呟いてニブラの街の方へ行ってしまった。


「怒ってますね……後でお礼を言った方が良いと思いますけど」


 他者の感情に対し機敏である事を公都で鍛えられているオーツが、ビオレータが去っていった方を眺めてそう言った。


「……カレンが優先だ」


 ――どうせアイツは俺の能力が欲しいだけだ。


 リクはビオレータが付けたソリの跡を睨んだ。

 静かに雪が降る、その先を。


「攻撃は最大の防御、ねぇ」


 リクは体を捻り、栗毛の馬に括り付けてある大きな荷物を軽く叩いた。


「舌噛まないように口閉じてろよ!」


 リクに言われたオーツがぎゅむっと口を結ぶ。同時に馬の前が土煙に覆われた。松明に照らされた茶色の煙に驚いた馬が暴れるがリクは手綱で諫める。

 雪をかき消す茶色の霧が晴れると、馬車よりも広い幅で一直線の伸びる緑の道が現れた。雪ごと土を耕し、芝生の道を作ったのだ。


「はっ!」


 リクが馬の腹を蹴ると嘶きを上げ、ゆっくりと走り出し、直ぐに駆けた。空が黒から紫に変わっていく中、馬は猛然と加速していった。





 走り続けて数十分。雪の勢いは弱まり、リクは橙に染まり始めた空を仰ぎ見た。顔に刺さる雪の痛みを感じるが、それ以上にカレンを心配する胸が軋む。


 ――頼むから、無事でいてくれ!


 周囲が薄明かりに浮かび上がる中、リクは持っていた松明を放り投げた。松明は雪を赤く照らし、直ぐに消えた。わずかでも見えていれば灯りなど無用だった。

 目を細めれば彼方に赤い点が見える。遠いが、見失う事は無い。

 前に座るオーツは激しい馬の動きに振り落とされまいと必死に鞍を掴んでいた。


「見つけたァッ!」


 リクは吠えた。


「オーツ。分かってるな!」

「はい!」

「不安を見せるな!」

「はい!」


 怒鳴るような会話をする間に。目標の灯りに近づいていた。リクは馬の通る道を作る為に土を耕し、芝生に変え続けた。緑の道を、リクとオーツを乗せた馬はひた走る。

 雪原に空と同じ色に染まる雪洞が見えた。中心にある雪洞を囲むように六つの雪洞。各雪洞の前には焚火の灯りがあり、暖をとっている憲兵の姿が見える。


 ――重要人物は真ん中にいるもんだ!


 リクは目くらましの為に前方を一気に耕し土煙を発生させた。怯える馬を手綱で抑え、怒号が混じる中、土煙に投入する。オーツは目を瞑りひたすら鞍を掴んでいた。


「落ちるなよ!」


 土煙を抜けた先は周囲の雪洞の内側だ。リクの前には三人の憲兵が立ちすくんでいた。


「馬ぁ?」

「なんでここに!」


 リクは驚愕の表情を浮かべる憲兵の足元に桃の木を生やし、彼らを空中へ放った。空を舞う憲兵の絶叫の中、リクは手綱を引き馬を止める。ドサッと雪原に憲兵が落ちた音が響いた。

 

「降りろ!」

「は、はい!」


 リクがサーベルを片手にすべるように馬から降りる横で、オーツがぐしゃっと雪に飛び降りた。

 中央の雪洞は目の前だ。だがそこにはやや引きつった笑みを浮かべたガスパロが待ち構えていた。


「目覚まし代わりに起こしてやったぜ」


 サーベルを抜き身にし、右肩に乗せたリクがニヤリと笑う。オーツが震える足でリクの左に立った。


「おや、オットー様もご一緒ですか。しかし、淑女(レディ)の寝所を訪ねる時間ではありませんねぇ?」


 雪洞の入口を隠すように立つガスパロもサーベルを抜き放つ。焚き火の光で輝く刀身に、オーツの肩が激しく動く。

 リクはガスパロが隠すようにした雪洞を見た。中から人が出てくる気配はない。


 ――寝てるのか、出てくるなと言われたのか。まぁ、出てこない方が安全だ。


 起き出した憲兵たちがリクとオーツを囲む。サーベルを抜き、間合いをはかっている。

 だがリクに焦りはない。オーツの身柄が目的な憲兵たちがみすずみす怪我をさせる事は無いとの確信もある。自分が負ける事は考えてない。

 味方に嵌められ裏切られ、こんな危機など何度もあった。その都度切り抜けて生きてきたのだ。今回も切り抜けるだけだ。

 カレンがいるのかを確認したいがリクにはその前にやるべきことがあった。リクはガスパロに視線を向ける。


「あんたが隊長か。公国軍輜重師団のリク大尉だ。仕事熱心な憲兵殿に食事でもご馳走しようと思ってな」


 リクが声を張り上げると、予想外の言葉にガスパロの口が開く。ガスパロは瞬時に口を閉じ、呑気な笑みを浮かべた。


「私は第一憲兵隊のガスパロ少佐です。貴方の武勇は存じております……が、朝食を作りにきたにしては派手な登場ですね」


 ガスパロも真意を測りかねているのか苦笑いだ。その点はリクも同感だった。思わず苦笑いになる。


「うちの食いしん坊の侍女がいると思うんだが。腹を空かせてピーピー言ってんじゃねえかと思って」


 相手が上官ではあるがゆえに、ちょっとだけ口調を変えた。ほとんど変わってはいないのだがガスパロは気にもしていないようで「ふふっ」と笑みをこぼした。


「あぁ、赤毛のお嬢さんがいらしゃいますね」


 ガスパロはオーツを一瞥した後に「ちょっと待ってください」と言って雪洞の入り口に後ずさりした。


「カレンさん、お客さんです」


 ガスパロが雪洞に声をかけると、怪訝な顔のカレンが顔の半分だけを覗かせてきた。リクの視線と交差した赤い瞳が大きく開かれる。幻を見るたかのような呆け顔のカレンが雪洞からフラット出てきた。

 寝ぐせなのか乱れたカレンの赤い頭から足先まで異常がないか、リクは確認した。


 ――怪我はなさそうだな。


 その事が分かっただけでもリクの心に安堵が訪れた。だがそれを表情には出せない。


「な、なんであんたがここにいるのよ!」


 カレンはふらふらと前に出てきた。眠気も飛んだのか、眼つきも鋭くっていた。


「あ? 食事作りにきたんだよ。どうせ携帯食くらいしか食ってねえだろうし、腹減ってんだろ?」

「な、何考えてんのよ! オーツ君まで連れて来ちゃって!」


 リクがいつも通りの対応をすると、カレンは声を荒げた。周囲を憲兵に囲まれている現状を確認したのだ。

 カレンの大声にオーツはビクリと肩を揺らしリクを見あげてくる。リクはオーツの頭に手を乗せポンポンと軽く叩いた。


「だから旨いもん食わせてやろうと思ってな」


 リクはそう言うとガスパロに顔を向けた。


「ってなことで、朝食の用意をしたいんだが」

「……信用できるとでも?」


 ガスパロはにこやかな笑みを崩さない。サーベルをちらつかせ威嚇をしてくる。


「カレンに危害は加えてないだろうな」

「指一本触れておりませんよ」


 リクはガスパロからカレンへと視線をずらす。リクの目に入るカレンの赤い瞳は潤んでいるように見えたが、その眼は睨んできていた。


「一応、紳士的な対応だったわ。あんたよりずっと紳士よ!」


 涙目で口をぎゅむっと結ぶカレンを見て、リクの胸がギシと軋む。


 ――やっぱ怒ってるよなぁ。


 ぼさぼさの髪も梳かしている余裕がない表れだろう。慣れない雪中行軍で疲弊しきっているのもあるだろう。はっきりと顔にも疲労が見える。

 仲直りできないままリジイラを出てしまったことも拍車をかけているだろう。だがカレンは無事だ。リクは心の中で神に感謝した。

 リクは視線を移しガスパロを見据えた。


「そうみたいだな。感謝する」


 リクは小さく息を吐き、サーベルを鞘に戻す。カレンは驚いたのか目を大きく開いた。


「おや、武器をしまうにはちょっとばかり早いのでは?」


 ガスパロが意外そうな顔で首を傾げた。が、リクは鼻で笑う。


「俺のあだ名、知ってるだろ?」

「……血塗れの野菜将軍、ですか?」

「ってことは、やろうと思えば素手でお前らを皆殺しできるってことも、知ってるよな?」


 リクがニヤリと笑うと、周囲の憲兵の足元の雪を割り、夥しい数の茶色の先が尖った物体が突き出てくる。憲兵が「ひぃ」と短い悲鳴を上げ数歩下がった。


(たけのこ)だ。まぁ、そのまま一気に育つと、あんたらを串刺しにできるがな」


 リクの言葉にガスパロの余裕の表情が、崩れた。

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