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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第四部
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第五十六話 アイツがいるんだよ!

 白が濃い。

 目に入るのは一面に広がる雪原に、所々で凍えるように耐える雪化粧の木々。ぎらつく太陽が真上から容赦なく照り付け、足元からの反射光が目をくらませる。

 そんな白に塗りつくされた世界を、十頭のふさっとした毛並みの犬にひかれた大型のソリが疾走していく。木製のボートの底に二本の先の反った板を貼り付けたような、美的センスには欠けるが簡易に作れて実用的なソリだ。

 犬たちを操っているのはビオレータだ。頭から毛皮のフードをかぶり、珍しい色付きガラスのゴーグルを嵌め、男顔負けの出で立ちで見事な手綱さばきを披露していた。

 そりの真ん中には収穫した煙草の入った袋とその脇にいるオーツ。リクはソリの後部に腰かけ、流れゆく景色を眺めていた。


「眩しすぎて良く見えねえな」


 リクはソリの最後部に腰掛け、額に手を翳し陽を遮っているのだが雪に反射した光は眼下から襲ってくる。


「あ、あの」


 一番上等な毛皮の上着でモコモコしているオーツがソリの中央部でカタカタ震えていた。


「どうした?」

「あの、ちょっと、その」

「あー」


 背を丸めフルフル震えているオーツを見たリクは、その理由を看破した。

 リジイラを出て既に三時間ほど経っていた。寒さから来る生理現象だ。


「ビオレータ! ちょっと止まってくれ!」


 風切音に負けない叫ぶを聞いたビオレータが、その手綱を強く引き、犬たちに号令を出す。


「どうしました?」

「オーツが用足しだ!」

「あ。はい!」


 オーツを挟んで大声でのやり取りに、当のオーツは震えて俯きっぱなしだ。

 ゆっくりと速度を落とし、雪を削りそりは止まる。


「あわわ……」


 ソリが止まるやオーツは飛び降り、ざくざくと雪を割って離れていく。ビオレータも顔をあらぬ方に向け、周囲を窺っていた。

 ソリの後ろにはリジイラまで繋がっている、雪の上に刻まれた二本の線。リクはぼんやりとをその線の行く先を眺めていた。


 ――気に入ってたチューリップを捨てるくらい、怒ってるわけだよな。


 リクの頭を占めているのは、カレンについてだった。

 寂しそうに雪に埋もれていたチューリップは、リクの部屋に置かれた。どこかに置こうにも、カレンの目に触れることになる。あの屋敷のどこにあっても見つかるだろうが、一番見る機会が無いのはリクの部屋だろう。そう思ってリクは自室に置いたのだ。 


 ――自分を殺そうとした相手と一緒に行っちまうわ、いつ牙を剥くか分からないヤバイ番犬がマテをかけるご主人様無しで野放しになってるわ。


「そりゃ、怒るわな……」


 そばにいて守ってやるからって言ったのに、そばにいる約束すらも守れねえってのは、サイテーだ。

 何を優先して良いのか分からないリクの口からは白い息が吐き出され、もやもやと漂った。





「あと一時間も走ればニブラに着きます」

「意外に早いな」

「この子達が頑張って走ってくれてますからね」


 オーツが用を足している間に、ビオレータがソリをひく犬たちに干し肉を与えている。頭を撫で、労をねぎらっていた。

 リクはソリから降り、ぐっと腰を伸ばした。

 

「面倒見が良いんだな」


 犬の世話など本来は護衛二人の仕事だろうと思われることも躊躇なく行うビオレータを、リクは意外に思った。

 リクにかけられた声が予想もしなかったものだったからか、ビオレータが少し照れた顔に変わる。


「ニブラでは冬に出かけようと思ったら犬ゾリが一番確実なんです。この子達との付き合いも、もう三年ですし」

「忠実な(しもべ)ってか」

「ふふ、数少ない()()()()()仲間、ですわ」


 ビオレータが嬉しそうな顔を向けてくる。金が全てだと言い切った女はそこにはいない。


「あの二人もか?」

「えぇ、グラシアナとグラシエラとこの子達、だけですけども」


 少し陰のある笑顔のビオレータが労わるように犬達の体をわしゃわしゃと撫でまわす。


「まぁ、犬は金じゃ動かねえわな」

 

 リクはあえて的外れなことを言った。少しは意趣返しがしたかったのだ。


「ふふ、そうですね。この子達にとって、お金は重要ではありませんから」


 リクに嫌みを言われていても、ビオレータは笑顔のまま犬達と戯れていた。


「あの、お待たせしました」


 ザクザクと雪を割ってオーツが帰ってきた。寒かったのか頬が真っ赤になっている。


「随分と時間がかかったな」

「向こうに不思議な雪のドームがあったので、ちょっと眺めてました」

「雪のドーム?」


 オーツの言葉にリクの眉が険しくなる。


「あ、あの、これくらい大きいんです。人が中で寝られるくらいは大きいドームが、沢山ありました」


 オーツは体の前で腕をぐるりと回しその大きさをアピールした。


「まさか……」


 ビオレータがハッとした表情で立ち上がる。その様子にリクの本能がおかしいと告げた。


「気になるな。どこにあった?」

「えっと、あっちです」


 オーツの指さす方角に、足跡が続いている。その向こうに、雪原に溶け込む様な丸い屋根が目に入った。





 オーツの足跡をたどった先にあったのは、雪を山盛りに固めて中をくりぬいたと思われる雪のドームだ。大人でも二人は中で横になれる大きさだ。それがざっと数えても十以上はある。

 周囲の雪を掘り起こすとその周りには明らかに火を使用した跡が出てきた。薪として燃え残った木も転がっていた。だが今日使われた物ではないことを、積もった雪が教えてくれていた。


「こりゃ……」


 リクの頭に浮かんだのはテントでの野宿だ。前線にいた頃はそれがリクの居場所だったものだ。


「これは、よろしくないかも、しれません」


 ビオレータがそのドームを見て唸った。リクが見たその顔は厳しいものだ。


「何がマズい?」

「これは、北部の軍が雪中行軍の時に使う雪洞です」


 行軍と聞いたリクの眉間に力が入る。


「軍がここにいたと?」

「えぇ、少数ではありますが……」


 ビオレータが顔を上げ向いた先は、ソリから伸びる二本の線の彼方だ。リクの後方にいるオーツが息を飲み込むのが分かった。

 ここに軍がいたとなると、その狙いはオーツか、はたまたリクか。握った拳がギギと軋む。

 リクの判断は早かった。


「戻るぞ!」

「待ってください、今からでは日没前にリジイラには戻れません! 夜は危険です」


 リクの判断にビオレータが待ったをかけてきた。既に太陽は頂点を過ぎ、西の領域に入り込んでいるのだ。


「闇に包まれた雪原での行動は危険です。北部では常識です。それに、単に訓練で使用したのかもしれません」


 リクとは違いビオレータが冷静に言葉を続けた。


「ヴィンセント様もいらっしゃいますし、そのためにグラシアナとグラシエラを置いてあります。それに一番の目的と思われるオーツ様はここにいらっしゃいます」


 瞳を揺らし、茫然としているオーツを見たビーオレータが言った。


「だがな!」


 リクは吠えた。リクの頭にはカレンの事しかない。

 カレンは関係はないはずだが、それでも巻き込まれて怪我をするかもしれない。それで済めばましかもしれない。

 不安が不安を呼び、リクは焦りの汗をかいた。


「リジイラが心配なのは分かりますが、今は冬です。ニブラに行って情報を確認するべきです」

「あいつらを見捨てるのかよ!」


 ビオレータの言うことが正論だとはリクも理解はしていた。だが納得ができないでいる。


 ――アイツ(カレン)がいるんだよ!


 葛藤に黙って俯くリクに対し、ビオレータが口を開く。


「そうと決まったわけではありません。迷っている時間が無駄です。急ぎましょう!」


 冷静を装いつつも焦りの混じるビオレータの声に、リクはしぶしぶ従った。リジイラの方角を見つめ、何事も無いことを祈って。





「おいマッシュ、そっちを押さえててくれ」

「承知。オルテガ、手を離しても、良い」

「よし、叩くぞ」


 オルテガとマッシュが雪の重みで壊れてしまったリジイラの入り口の看板を直してほしいとエリナに頼まれていた。冬にリジイラを訪れるものなどいないがエリナの命とあれば従うだけだ。

 寡黙なマッシュが新しい看板を担ぎ、雪から生えている太い柱にあてがっている。オルテガは長めの釘と鍛冶ようと思われるハンマーを手に持っていた。


「せいっ」


 威勢のいい掛け声でオルテガが看板と太い柱に釘を打ち付け、縫い合わせていく。ガンガンと数回たたけば釘は看板に吸い込まれていた。


「よし、こんなもんだろ!」


 満足げな顔のオルテガが髭だらけの顎をさする。マッシュも腕を組んで小さく頷いた。

 二人の視線の先には、簡素ではあるが、リジイラへようこそ、と書かれた看板がある。


「やぁ、無事にリジイラに辿り着いたようですね」


 看板を誇らしげに見つめていた二人の背後から、優しいとも呑気ともつかない声がかけられた。


「んなっ!」


 ぎょっとしたオルテガとマッシュが振り返る。本来ならば雪原しか見えないはずの二人の視界には、白い外套を着こんだ二十人程度の、明らかに軍属と分かるサーベルを腰に差した集団がいた。背には大きな背負い袋を担ぎ、歩いてきたのだと分かる装備だった。

 集団のリーダーなのか、困った笑みを浮かべている若い男が二人に向かって歩いてくる。オルテガは突然の来訪者に唖然と口を開けた。


「こんにちは。ここはリジイラであってますか?」


 その若い男は柔らかな笑みを浮かべて、そう聞いてきた。

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