第六話 結構アレな人生だな
区切りが悪くちょいと長くなってしまいました。いつもの二割り増し。
「あの、もう、お腹いっぱいです……」
「あたしはもうちょっといけるかな?」
エリナが苦しそうにして椅子の背もたれに体を預けている横で、カレンはリクが運んできたデザートのウサギリンゴをしゃりしゃりと口に運んでいた。二人の前には綺麗になった皿がいくつも並んでいる。エリナは食後の紅茶も飲めない程、お腹が膨れているようだった。
「まぁ急にたくさん食べるってのは体によくねえしな。程々が一番だが、カレン、お前は食い過ぎだ」
軍服の上に使い古されて灰色になったエプロン、頭には緑色の布巾という出立のリクは皿を片付けながら、パクパクとリンゴをほうばるカレンを呆れた表情で見た。
リクが作った料理は時間の都合もあってサラダ、茹で野菜と簡単なものだった。煮る焼く等時間のかかる調理方法ではエリナが食べないで逃げてしまう可能性が高かったからだ。
初めて会ってまだ一日だが、体の大きさに似合わずエリナは頑固だとリクは感じた。決めたことは何が何でも守る、というような意地を張っている様でもあった。何がそうさせているのかは不明だが。
「生のダイコンが甘いって知りませんでした。美味しかったです。茹でただけのニンジンとかキャベツもほんのり甘くって……」
エリナが苦しそうにしながらも、リクの料理を褒めている。変わってカレンはというと、最後のリンゴにカシっと齧りついた所だった。カレンは彼女の料理の他にエリナが残した分も平らげ、その上デザートのリンゴも一人で綺麗にしてしまった。恐らくはエリナに合わせて我慢してたのだろうとリクは思った。そして食べた分はあの胸に消えてゆくのだな、とも。
「採れたてってのもあるが、甘さの調整も出来るんだよ。サラダのトマトは酸っぱかったろう。甘い物だけじゃダメなんだよ。疲れてるときは酸っぱい物も良いんだ。撤収してきた兵士にはレモンを無理矢理食わせたこともあったな。目えむいて悶絶してたけどな」
リクは全てからになった皿を重ね、ひょいっと持ち上げた。お腹が膨れたことで気も緩んだのか、エリナの表情もやや明るい。おかげでリクの口も軽くなっていた。
「はぁ~、食べた~おいしかった~。あんた顔に似合わず料理うまいじゃない」
「料理に顔は関係ねえだろが。そもそも俺は輜重兵だ。これくらいできねえと話になんねえ。しっかしお前、良く食ったな」
お腹を押さえ満足げな顔のカレンを見て、リクも満足していた。料理を平らげてくれれば作った方は嬉しいものだ。
「で、そのシチョウヘイって、なに?」
素朴な疑問という顔でカレンがリクを見てくる。リクは「まぁ、お嬢様方じゃ知らねえよな」とため息をつき、説明を始めた。
「輜重兵てのは必要な物資の運搬、確保、各部隊への割り振りとかそんな部隊だ。後方支援ってのがしっくりくるかもな」
リクがこのマッチョなガタイでも輜重兵なのは全て彼の能力故だ。無限ともいえる食料生産能力を軍の上層部が見逃すわけはない。
「へー、そうなんだ。じゃあ直接戦ってたわけでも無いんだ」
「いんや、よく待ち伏せされて襲撃されたぜ。特に俺の能力が敵さんにバレてからはな」
リクは苦笑いを浮かべる。あまり食後に話してよい内容ではないからだ。
後方を移動し続けていたリクだが、当然通る道は限られる。そして金で裏切る兵もいて、その兵士らの手引きでごく少数の敵の部隊が侵入して襲ってきたのだ。
長引く戦争でも食糧問題を引き起こさない公国に対し、隣国はその原因を排除する事にしたのだ。だがリクはその能力を持って全ての襲撃者を葬ってきた。
「襲われてどうしたのよ?」
「撃退したさ。じゃなきゃ俺はここにいねえし」
ふ~ん、という興味なさげなカレンの横顔を見つつ、リクは皿をもって厨房へと歩き始めた。燦燦たるその景色を食後に語るわけにもいかない。この話題はここまで、ということだ。
リクはそのまま厨房へと消えた。調理には片付けまで含まれているのだ。厨房はいつもキレイに保つ。衛生上も大切なことだと軍で教わったリクは、その教えをキチンと守っているのだ。
「……聞いていた話と、ちょっと違いますね」
リクの背中を見送ったエリナがポツリとこぼした。
「悪魔みたいなヤツだって話でした。でも、そこまで酷い男じゃなさそうです。まぁ、顔は悪魔みたいですけども」
カレンがふふっと笑う。リクがいないところではこの二人は普通なのだ。
「能力は話の通りでしたが……ヴィンセント様が嘘をつくとは思いたくありません……」
「そりゃヴィンセント様だって婚約者であるお嬢様を、顔も知らない地位も無い男に取られたくは無いでしょうし。嘘もつきたくなりますよ!」
エリナの言葉にバンっとカレンが勢いよくテーブルを叩く。
「でも……どうしようも……」
だが消えそうな声をだし、エリナは俯いてしまう。
「ヴィンセント様……ぐす……」
「お嬢様、なんとか手を考えましょう! 何かあるはずです!」
べそをかき始めたエリナを庇うように、カレンは抱き締めるのだった。
秋風が吹き付け、流れる雲にかくれんぼされながら、真っ黒な夜空に浮かぶ欠けた月が神々しくも寂しく光る夜半。リクは一人で宿のベランダに寄りかかり、月を見ていた。
冷たい秋風の中、リクは節くれだった厳つい指に荒っぽく巻かれた葉巻を挟み、漂う煙の中ひっそりと佇んでいた。
「まったく、何が何だかわかりゃしねえ。俺が何したってんだよ……」
葉巻を口に咥え、ギリっと噛む。この葉巻もリクが作ったものだ。だから巻き方も適当であるが、味は良い。
リクがふーっと煙を吐き出した時、ベランダの戸をカラカラと開ける音がした。
「……こんな夜更けに女性を呼びつけるなんて!」
眉間に皺をよせ、カレンが姿を現した。宿の人間に頼んでカレンを呼んであったのだ。リクは姿勢を動かさず視線だけカレンに送る。
カレンは紺色のお仕着せではなく、寝間着であろう服の上に厚手の外套を羽織っていた。凶悪なその胸はうまく隠されており、その辺はリクも安心した。胸元など覗いていたらリクの理性が崩れ落ちるかもしれないからだが、カレンはそこまで街娘ではなかった。
「夜更けじゃねえと嬢ちゃんが寝ないだろ」
「で、なんなのよ? あたしにおかしなことしようとしたら騒ぐわよ!」
武器のつもりだろうか、細長い棒を持ったカレンが凄みをきかせて睨み付けてくるが、リクは「んなことしねえ。話を聞きたいだけだ」とにべもなく答える。本当にそんなつもりはないのだ。
「お前らが金がねえからと食事を抜くのは、なんでだ?」
リクは鋭い視線を投げかける。だがカレンはその狂相にも怯んでいない。
「金がないからに決まってるでしょ。あったら食事なんて抜かないわよ」
リクの質問に対しカレンが棒を持っていない手を腰に当て、バカバカしいと言わんばかりに吐き捨てた。その回答にリクは目を回し、失敗したと思った。
「質問の仕方を間違えた。なんで金が無いんだ? 貴族なんだから、金くらいあるだろうに」
「ファコム領は貧乏なのよ」
カレンがフンっと顔を背けた。カレンは正直に話すつもりは無いようだ。リクは大きく息を吐く。
「領地があって貧乏ってこたぁねえだろよ」
「領地があっても貧乏は貧乏なのよ」
リクの頭の中では貴族イコール金持ちのイメージしかない。リクは貴族という物をよく知らない戦争孤児だ。その結論は当然といえる。
「なんで貧乏なんだよ。貴族って金持ちだろうが」
リクは葉巻を咥えたままふわっと煙を吐く。ちょっとの嫌味もこもっていた。戦争孤児であるリクはずっと貧しかった。貧しかったからこそ食いっぱぐれない軍に入ったのだ。
「そりゃ何も考えないで税を徴収すれば金は出てくるかもしれないけど、お嬢様は優しいの。領地に無茶な税なんてかけないのよ」
顔は怒りながらだが、カレンが自慢げに言う。幼いが、彼女にとってエリナは尊敬すべき主人なのだ。
「あん? お嬢ちゃんが税を決めるのか?」
「そうよ。だってお嬢様がファコム辺境伯だもの」
「嬢ちゃんが?」
予想外の言葉にリクはおかしな声をあげた。そんなリクをカレンはジト目で見て「紹介の時に辺境伯っていってたわよ」と口を尖らせた。リクは首を傾げ記憶を辿るが、いきなりの事だったために朧げにしか覚えていない。
「あんたって、能力は凄いけどお頭は残念なのね」
カレンに大きなため息をつかれたが馬鹿を自覚しているリクはそんな事ではへこたれない。リクは「大男だから総身に知恵が回らねんだ」と軍でからかわれていた言葉を返すが、カレンに「ダメだこりゃ」と肩を落とされた。
「あんたの残念っぷりは良く分ったわよ。仕方ないから教えてあげるけど、あたしが話をしたって事はお嬢様には言わないでよ」
カレンがリクに向けてビシッと指さしてくる。釘を刺したのだろう。
「……お嬢様の父親である前辺境伯は亡くなってしまってるの。まだ十四歳のお嬢様がファコム家の当主なのよ。まだ成人にもなってないのに」
カレンが堪えるように口をぎゅっと締めた。
「おい、亡くなってるって――」
「お嬢様が十二歳の時に、父親が森の巡回中に獣に襲われて大けがをして帰ってきたの。でもそのまま亡くなってしまった。奥様もショックからか寝込んじゃって、後を追うように亡くなってしまったのよ。だから一人娘だったお嬢様が後を継ぐしかなかったの」
リクはその内容に驚き、無言になった。
「お嬢様にはね、小さい時からの婚約者がいるのよ。その大変な時も婚約者であるヴィンセント様が方々に手を尽くしてくださって、何もわからないお嬢様の代わりに公都での手続きとかを代行して下さったの。あたしよりも年下なのに、しっかりして立派な方よ。なのにあんたなんかと……」
微かに震えるカレンの目には薄らとだが涙が溜まっていた。月の光を溜めこんだその紅い瞳は、カレンの想いが詰まっているようにも見え、リクはその瞳から目が離せなかった。