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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第四部
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第五十五話 なんで俺が行くんだ!?

 翌日も、普段の行いが反映されたのか冷たい青空が広がっていた。吹き付ける風に集まったリジイラの領民のざわつく声がのる。その風が雪原にひょっこりと現れた煙草畑の葉を揺らした。

 領民の中心にいるのは領主たるエリナだ。煙草を刈り取るために集まった三十人ほどの男達に今日の作業の説明をしている。

 リクは集団からは少し離れた場所でその様子を眺めていた。近寄れば神様だ何だと言われる。リクにとって余りいい気はしないのだ。


「本当に、植物が生えてきた……」


 リクの横には防寒着で重装備なオーツがいた。領民が集まって騒ぐ前に煙草の葉を生やしているところから見ていたのだ。

 昨日会話を交わしてから、オーツはリクの横にいるようになった。少しは信頼してくれているのかもしれない。


「これしか能がねえがな」

「すごい……」


 余程衝撃的だったのか、オーツの目が煙草畑に注がれていて動かない。


 ――所詮、貰い物だ。


 リクは吹き付ける風よりも冷めた目で、煽られ翻弄される煙草の葉を眺めていた。


「さすが神様ってとこだな」


 ザクザク雪を踏みしめて髭のオルテガが近寄ってきた。手にカマを持っているところを見るとオルタがも駆り出されたようだ。

 冬の森に行けない木こりは、基本的に暇だ。雨漏りなどの修理はするが一番の仕事は雪かきと屋根の雪下ろしだ。

 リクは視線だけを向けた。


「けっ、気取りやがって」


 オルテガが歯噛みするのを、リクは黙って見ている。

 肯定も否定もしない。

 我関せずを貫くことにしているのだ。その脇にいるオーツは、リクとオルテガの顔を交互に見てどうして良いのか困り果てていた。


「あらリクさん。ここにいらしたの?」


 ちょうどオルテガの背後からかかるビオレータの声にオルテガの肩が盛大に跳ねた。


「お、おっと、エリナ様がお呼びだ。行かねえとな……」


 風で飛ばない様に手でふわふわの帽子をおさえているビオレータを見ることなく、オルテガはそそくさとエリナを中心とした男くさい集団へと歩いていった。


「……なんだありゃ?」

「リクさん。今日収穫した煙草は、明日ニブラへ運ぼうと思うんです」


 目でオルテガを追い掛けていたリクに、ビオレータが話しかけてきた。


「随分と急ぐんだな」

「折角収穫した葉が萎れてしまいますから」

「なるほど」


 気のない返事をしたリクを、ビオレータはじっと見てくる。


「明日、ニブラへ行きますから」


 リクの返事を待つように、ビオレータは身動ぎしない。不信感にリクの眉が寄り付く。


「俺に許可を取るようなことじゃねえだろ?」

「えぇ! 一緒に行って下さらないのですか?」

「なんで俺が行くんだ!?」


 手に口を当て、大げさに驚くビオレータ以上にリクの方が驚いた。


「わたくしを守って下さるのでは?」

「そんなこと言ってねえし。それに優先順位ってもんがあるだろうが」


 リクはそう言うと、隣でオロオロしているオーツの頭に手を乗せた。最優先はオーツことオットーだ。本当ならカレンと言いたかったが、流石に口には出来なかった。


「では、オーツ様も一緒にニブラに行けば、問題ないですね」

「あぁ?」


 ビオレータが真冬に花でも咲させたかのような笑顔でリクを見てきた。

 

 ――あー言えばこー言いやがる。


 頭の出来が残念なリクは口では勝てないのだ。


「オーツ様もリジイラに閉じこもりきりでは、退屈ですものね」


 言葉と共に優しく微笑むビオレータに、オーツはポッと頬を染めコクコクと頭を上下させてしまう。耐性がないのか年上好きなのか。

 オーツが行くとなればリクは護衛をせざるを得ない。オーツをだしに付け込んでくるビオレータに、リクはなすすべがなかった。





 その晩遅く、エリナの屋敷の厨房で、褐色の巨躯と赤い果実が小さなテーブルに向かい合って座っていた。テーブルの中央に置かれた蝋燭の火は、部屋に漂うただ事ではない空気を仄かに照らしていた。


「ふ~ん。それで?」


 カレンが腕を組んであからさまに不機嫌な声をあげた。半分閉じた目の奥の赤い瞳が怪しく光る。


「明日、ニブラに行くことになった」


 背中に汗をかきつつもリクは平静を装った。


「……あの護衛二人は?」


 少し首を傾げてカレンが聞いてくる。意思の無い操り人形のようで染み込んでくる恐怖を撒いていた。


「犬ぞりに乗らないから屋敷に置いていくそうだ」


 リクは隠すことなく()()に答えた。大事な時に嘘はいけないのだ。


「へぇ~、二人っきりなんだぁー」


 抑揚のないカレンの言葉から滲みだす黒い感情が部屋に広がっていく。


「オーツが一緒に行く」

「まるで親子三人仲睦まじく、みたいねー」

「なんだ、ヤキモチか?」

「馬鹿じゃないの! あたしがいつあんたの物になったのよ!」


 夜更けにもかかわらず声を荒げるカレンがプイっと横を向いた。風呂に入って後は寝るだけになり、赤い髪をうなじで軽くまとめただけの赤い尻尾もプイっと揺れた。


「お前だって聞いてたろ? あの二人、特にオーツは何者かに狙われてる可能性が高い」

「そもそもなんでオーツ君がニブラに行くのよ!」

「それはだな……」


 不信感に満ち満ちたカレンを説得するのに、オーツがビオレータの色気にやられたとは言い出せない。カレンの頭には、オーツをダシにビオレータと出かけるのだと渦巻いているに違いない、とリクですらも考え付いた。説得しても納得してくれそうな気配はない。


「言えないの? 言えないんでしょ!」


 ガタンと立ち上がったカレンの目にはうっすらと光るものがある。


 ――まずったな……どう言い繕っても聞く耳を持ちそうにねえな。


 リクが答えあぐねている様子を是と取ったのか、カレンがバシッとテーブルを叩いた。


「もぅいい!」


 カレンが床に靴を叩きつけるように厨房を出て行ってしまった。


「ちょ、待て!」


 リクが慌てて後を追い厨房を出た時には、暗闇に包まれた廊下には、遠くに響く靴音しかいなかった。





「ふんだ、なによ!」


 カレンは明かりの乏しい廊下を、俯き加減で早歩きで自分の部屋に向かっていた。手はぎゅっと握られ、肩は微かに震えている。

 暗がりでも体が覚えている屋敷を肩をいからせ歩き、自室の扉を乱暴に開けた。


「リクのバカ」


 扉を背中で閉めたカレンは項垂れて呟いた。

 昨晩ビオレータの話を聞いていたカレンは、やや精神が不安定になっていた。そこで先程の話だ。情緒不安定にもなる。


「勝手に行けば良いじゃない!」


 カレンは激流に身を投げ打つようにベッドの倒れこんだ。枕にボスボスと八つ当たりをし、挙句天井に放り投げた。ベッドに枕が落ちてきたと同時にむくりと起き上がり窓枠に置かれているピンクのチューリップに歩み寄る。


「こんなの、いらない!」


 カレンが乱暴に窓を開けると、凍える空気が出迎える。カレンはガッとチューリップの鉢を掴み、窓の向こうの寒い世界を睨み付けた。

 カレンは一瞬だけチュリープを見て唇を噛んだ。

 そして躊躇なく、そのチューリップを窓から外に投げた。

 暗闇に消えたチューリップの鉢はザクっと音をたて、静かになった。


「バカ……」


 カレンの震えたその声も、白い向こう側へと消えていった。





 翌朝、欠伸まじりで朝日を浴びに玄関前の雪に埋もれた庭に出たリクは、寒そうに風に揺れているチュリップを見つけた。雪の白に負けないピンクの色彩が氷に包まれ、朝日を反射させていた。


「あれは……」


 凍っている雪を踏み割り、リクはチューリップに辿り着いた。それはカレンにあげた物で間違いはないのは、リクには分かった。この時期にこの花が咲くわけがないのだ。

 鉢ごと雪に突き刺さるようにたたずむチューリップを見て、リクは寂しさ覚えた。


 ――窓からほんなげたってところか。


 リクは黙ってその鉢を持ち上げ、周囲を見渡した。

 投げ捨てられたのであれば、このまま置かれてしまうのは忍びない。どこかに置こうかとも考えたが見えるところに置いてもカレンが見つけたらまた投げられるだけだろう。


「しゃーねーな」


 昨晩のカレンの様子を見れば、こうなってしまうのも仕方がないとリクは思った。

 到底納得などできないが、孤児院で良く聞かされていた言葉が耳によみがえり意識を覆していく。


 ――幸せの量は決まってるんだったな。

 

 これ以上は望めないんだと浮かび上がる自嘲的な思考に、リクの口元には疲れた笑みが浮かんだ。

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