第五十二話 爺さんに診てもらった方が良いぞ?
またも説明です(>_<)
「金に靡いたってことか……」
リクは目を細め呟いた。
軍でも部隊内での博打ですっからかんになる奴もいた。借金扱いにされた奴もいた。もっとも戦で死ねばチャラになった。死人から追い剥ぐ程の外道はいなかった。だから皆、後腐れなくやる。
「軍人になった理由で一番多いのが仕送りだそうですわ」
「あぁ、そうだ。金に靡く奴も多いだろうな。俺もこの能力が無けりゃ金に転んでたろうし」」
人は働いて稼がなければ生きていけない。働く、と言葉で言うのは容易いが職は色々だ。その中でもリクの様な孤児や学が無い若者でもなれるのが軍人だった。そのような人間を抱える家庭が裕福な訳がない。稼いで家族への仕送りをするものが多かった。
孤児だったリクも僅かではあるが孤児院に寄付をしていたくらいだ。少しでも孤児の生活の足しになるようにと、辛い思いをしたリクの応援でもあった。
胸に詰まるものを感じたリクは、それを追い払うように深くゆっくりと息を吐く。自らを省みたリクには彼らを非難することはできなかった。立場が逆だったら反乱に加わっていた可能性が高かった。
「金に靡くのは軍人だけではありませんでした。貴族達もまた、目が眩んだようです」
ビオレータが、少し悲しそうな表情を浮かべたようにリクには見えた。だが今は話を聞くことが優先と判断し、リクは先を促すことにした。
「で、反旗を翻したって奴らはどれだけいるんだ?」
「南部のザイフリート侯爵領の近隣の貴族が主です。戦地から帰還する兵士達が公都で反乱を起こし城を占拠していますが、情報を遮断しているので殆ど外に知られていない状況です。クーデターと言っても公都の中心を占拠して大公一族を幽閉しているだけです」
「ん? なんで情報を遮断する必要が……って全土を掌握してるわけじゃねえんだな」
リクはふむと口を曲げた。考えることは苦手だが戦のこととなるとまた別だ。
「北部のニブラにはグリード侯爵家もありますし、北部の国境警備の部隊もいます」
「南部の戦線にも部隊はいるしな。公都奪還作戦なんかたてられちゃアっという間に瓦解か」
ビオレータは返事の代わりにニコッと微笑んだ。
「それもありますが、密かに事を運んでいる理由が、ヴェラストラ公国とマーフェル連邦十ケ国の関係です」
「あ? なんの関係があんだ?」
ピンと来ないリクは眉を寄せた。
「見慣れると怖い顔も凛々しく素敵に見えますわ」
「……あんたも大概だな」
「ふふ、褒められてしまいました」
「爺さんに診てもらった方が良いぞ?」
「リクさんと一緒でしたら考えますわ」
口に手を当て可愛い声で笑うビオレータに、からかわれてるのか何だか分からないリクは呆れて言葉も出ない。
胸元のカレンが腹を小突いてきたがビオレータにバレると不味いので反撃にカレンの腹を摘まむ事で我慢した。
何やら様子がおかしいと思ったのかビオレータが不審な目を向けてきたがリクは目で先を促す。
「ヴェラストラ公国とマーフェル連邦十ケ国の関係ですが、連邦に所属している国が政情不安になったら周辺の国が軍を派遣して治安維持をすることになっているんです」
「……クーデターが起きた公国に他国の軍が土足で入り込んでくると?」
「戦争も完全に終わったわけではありませんし、軍の主力は南部に集中しています。他国の干渉を拒絶できる状況ではないんです」
政情不安は伝染する。病のように口から口へと遥か彼方まで飛ぶのだ。
その為に連邦は所属する国家群にその権利を与えた。連邦および自国を守るために。
「随分と詳しいな」
「一般教養レベルですわ」
「一般ねえ……」
その一般レベルにもなれないリクは出来の違いを思い知らされた。貴族達とはまた違った世界に生きているビオレータとも、住む世界が違うのだ。
「それと重要な決まりがありますの。統治者としての承認です」
「……話が高尚過ぎてバカな俺にはついていけないんだが?」
「うーん、難しい事ではないのですが」
顎に人差し指を添え、いつもの優雅とは違った可愛い仕草をするビオレータが「えっとぉ」とこぼした。
珍しいものを見たと思ったリクがポカーンと見ているとビオレータが頬をさっと赤く染め、軽く睨んできた。
「お話、聞いてますか?」
「聞いてるって。頭よけりゃ軍人なんてやってねえ」
リクがそっけなく答えるとビオレータはさっと元のお淑やかさを取り戻した。「コホン」と白い息を吐いて話を続ける。
「公国の統治者としての大公の地位を連邦で共有する為に、公位を継承する場合連邦の合意が必要です」
「……分んねえ」
眉を顰めるリクを見たビオレータが「もぅ」とため息をついて肩を落とした。流石にリクの頭の回転が良すぎる事に呆れてきたようだ。
「えーと、簡単に言うと、大公が逝去された場合、次の大公になるには連邦が認めないと大公になれないんです。つまり、ザイフリート侯爵が大公になろうとするとマーフェル連邦の承認が必要なんです」
お淑やかさが薄れ、やや投げやり気味なビオレータが説明をする。なにやら殺気を感じたリクがその方向に顔を向けると、護衛のグラシアナとグラシエラが射殺すような視線を向けてきていた。ビオレータを苛めているとでも思われているようだ。
――どっちかっつーと、俺が苛められてるよな。
勉強などまともにしたことのないリクに小難しい規則を説明するなど拷問だ。訴えても良いくらいだ、と声には出さずにリクは反論した。
「あら、どうしました?」
ビオレータが護衛二人に意識を向けた瞬間、殺気は雪に解けたように無くなり、無表情だったグラシアナとグラシエラが蕩ける様な笑みを浮かべた。リクの背中に得体の知れない何かが這い回りゾワゾワ感を置いていく。
「な、なんでもねえ。で、結局なにがどうなんだ?」
グラシアナとグラシエラのことをまともではないと感じ取ったリクは二人から顔を背け、ビオレータを急かした。切迫した話をしているはずが妙な空気に支配されそうで怖かったのだ。
「ヨハン大公閣下にはヘルムート公太子夫妻がいらっしゃいます。常識的に考えれば次期大公へはヘルムート公太子になるわけですが、そこにザイフリート侯爵が割り込んでもうとすると、どうなります?」
「……連邦の承認が下りねえってわけか」
「ふふ、あたりですわ」
ビオレータが少女の様に笑う。
「そうなんです。いくらクーデターを起こしても連邦が承認しない限り、大公として支持を得られないばかりか政情不安として他国の軍の進駐を招くことになります。権力は欲しいけど面倒事は避けたい」
「……傀儡か」
「ふふ、大正解」
にっこりと笑いパチパチと手を叩くビオレータがきゅっと雪を踏みしめ近づいてくる。カレンを抱きかかえたリクは後ずさる事もできず、ビオレータの接近を許してしまった。
マズいと感じるリクだがここでカレンが出てしまう方が数段マズいと感じていた。
自分だけと話すためにわざわざ寒い中で話をするはずなのに、そこにカレンがいたとなれば尚の事命を狙われる。
――最悪ここから飛び降りるか。
何かあった場合手摺を乗り越え飛び降りてでもカレンを守る決意をし、リクはビオレータを見据えた。
「だから公都に幽閉したと」
フフッと口もとに弧を描き頷いたビオレータは、そのままリクの目の前に立ち、笑みを湛えたまま見上げてきた。
「大公は殺されたのか?」
リクはヨハン大公を見たことはない。野菜将軍などと囃し立てられようがただの兵隊でしかない。だから敬う気持ちもない。このような物言いになるのも仕方がないのだ。
「大公閣下が逝去されたのは半年前でした」
「……なに?」
予想しない言葉が目の前のビオレータから発せられた。
半年といえば、リクはまだ南部の戦線にいた頃だ。大方の趨勢は決していたものの気を抜ける状況ではなかった。それに大公が亡くなったなどという話は一切聞いていない。
唖然とするリクにビオレータは言葉を畳み掛けてくる。
「今、公都にお住いの大公閣下は偽物なんですの。ザイフリート侯爵の息のかかった」
「偽物? ってことは……」
「そう、リクさんをエリナ様に押し付けたのは、偽の大公閣下です」
見据えてくるビオレータの青い瞳が細まった。
「ちょっと待て! じゃあ俺を嬢ちゃんに押し付けた理由はなんだ?」
リクの能力を管理する為にエリナとの婚姻を結ばせたはずだった。だがそれを指示したのが偽の大公だったとしたらその真意は何だ、となる。
「リクさんが邪魔だったんです」
慌てるリクを宥めるように、ビオレータが優しく微笑んだ。