第五十一話 俺は頭が悪いんだ
説明ばかりですみません(^_^;)
煙草についての話し合いが持たれたその晩。
ビオレータから話がしたい旨の紙を渡されたリクは、舞い散る雪で白化粧した屋敷のベランダにいた。 あの月夜の夜にカレンを見上げていたベランダだ。椅子とテーブルはあるが雪に埋もれて既に白い何かに変わっていた。他には何もない。野ざらしにして良い物はなかった。
リクは頭からフードをかぶり、足元まで隠れる厚手の毛布をマント代わりにし身を隠し、葉巻の煙をくゆらせてベランダの手すりに肘を置き、顎を手に乗せていた。
手すりに置いたランプの灯りの周囲にだけ、静かに降る雪が見えている。
――アイツからの話ってのは……嫌な予感しかしねえな。
体に積もる雪も気にせずにぼんやりと白い暗闇を見つめ、思考の雪原を歩いていた。渦巻く妙な胸騒ぎが寒さを中和していたのだ。
降りしきる雪は答えをくれない。
そんな頃、侍女としての仕事が終わったカレンが廊下を通りすがる。ベランダに亡霊のように佇む巨躯をみて、ぎょっとした顔を見せたが、直ぐにリクをだと判断し声をかけた。
「リク! あんた、また風邪ひくわよ!」
カレンがベランダに通じる廊下から、ぎゅぎゅっと雪を踏む音をたてた。
「今度風邪ひいたらお世話してあげないんだから」
リクの頭に積もった雪をバサバサと落としながらカレンが文句をこぼす。
現実に引き戻されたリクはカレンを見て負けじと口を開く。
「そのなりじゃお前だって風邪ひくぞ」
建物の中とはいえ十分に暖かいわけではない。カレンもお仕着せの上にしっかりと毛皮の上着を羽織っているが、外では足りない上着だ。
「外でぼけーっと煙草ふかしてるバカに比べれば、ましよ」
そんな事を言いつつカレンがリクの隣に陣取った。リクはカレンに言うべきことを思い出す。
「……今晩はあいつが泊まる。護衛も含めて近づくなよ?」
「そんなこと分ってるわよ。でも客なんだから、お世話しなくちゃいけないの。まぁ、その護衛がお世話を全部やっちゃてるからあたしの出番はなさそうだけどー」
カレンが不満げに口を尖らせた。カレンが良くやる仕草だが、存外可愛いのでリクも気にいっている。
護衛がビオレータに近寄らせない風だとカレンから聞いて、リクの心配は杞憂に終わりそうだったが気は抜けない。まさかヴィンセントのいる場所で殺傷ごとを起こすとは思えないが、目的の為なら何でもやりかねないビオレータを本能的に警戒していた。
リクは横のカレンの肩に、ポンと手を乗せる。
「まぁ、何かある前に俺の所に逃げて来い」
「今回ばっかりはそうさせてもらうわ。あの護衛の二人が何かとあたしを見てくるのよねー。完全に目を付けられちゃってるわよ」
カレンがぶるっと体を震わせた。刃を向けられるほどの怖い思いをしたのだ、当然だろう。
その時ベランダに通じる入り口から廊下を歩く複数の足音が聞こえてきた。リクはビオレータだと直感した。
「チッ、来たか?」
「え、なに?」
ここにカレンがいることはあまり良くはないと本能が告げた。リクは目で周囲を調べ、カレンが身を隠す場所がないに事に舌打ちをした。
――隠すしかねえな。
「ちょっと、なによ!」
訝しがるカレンを抱き寄せマント代わりにしていた厚手の毛布ですっぽりと覆い隠してしまう。
「声出すんじゃねえぞ」
暴れるカレンを胸に押し付け、頭があると思われる場所に囁いた。
「あら、こんな所にいらっしゃったんですか」
足音の主であるビオレータとお付の護衛のグラシアナとグラシエラが姿を見せた。三人ともしっかりと上着を着込んで、いつ外に出ても良い様な装いだ。
「煙草でリラックスタイムだ」
「こんなに寒いのに、ですか?」
にこっと涼しげな笑みでビオレータは近付いてきた。声で誰か分かったのか胸元のカレンが肩を震わせたのが分かる。リクは落ち着かせるように毛布の中で優しくカレンの背を撫でた。
「……あの手紙に書いてあった話ってのは、なんだ?」
あまり接近されてカレンがいる事がバレると不味いと判断したリクは牽制をした。ビオレータは気がついていないようで、リクから少し距離を取ったところで止まった。護衛のグラシアナとグラシエラは建物内に控えたままだ。
――逃げ道を塞いだつもりか?
睨みつける事で二人を威嚇したが、彼女達の表情は変わらない。余程の時以外は無表情なのだろう。
「そんな怖い顔をなさらないでくださいな」
嬉しそうな声でビオレータが自分に注目する様に仕向けてくる。寒いのもあってともかく話をしたいのだろう。
「怖い顔は生まれつきだ」
「そうですか? 普段の顔は凛々しいと思いますけども?」
意味深な笑みのビオレータの言葉に胸元のカレンが小さく噴き出した。
――後で仕返しだ。
自覚してはいるが目の前で吹き出されれば腹も立つ。だが心の内で悪態をついただけで意識をビオレータに向けなおした。
「そんなに秘密の話なのか?」
「えぇ、オーツ様とロッテ様、それとアルマダ様にも、関わりますので」
さらっと述べるビオレータに、リクはこめかみをピクリと反応させた。
「何を知ってる?」
「さぁ、どうでしょう?」
「……何が望みだ」
リクが舌打ち混じりの忌々しいという顔を向けるとビオレータが浮かべていた笑みをより一層深いものに変えた。
「シルヴァ商会の頭取になりたいだけ、ですわ」
そっと頬に手を当て白い息を吐くビオレータに、リクの背筋がぞくりと揺れた。
「……俺は頭が悪いんだ。もちっと優しく説明してくんねえか?」
リクの頭の中では、疑問に思っている言葉がつながらない。頭取になる事とあの二人の子供、それにアルマダが、どう繋がるの欠片も分らないのだ。
「御免なさい。つい先走ってしまいました」
眉尻を下げ、儚げな表情をしながらも目は何かを狙っている猛獣の様な輝きを秘めていた。ビオレータは視線で周囲を確認すると低い声で話し始める。
「大公の甥にあたるエッカルト・ザイフリート侯爵がクーデターを起こしヨハン大公閣下は死去、王太子であらせられるヘルムート様は奥様と共に公都にて幽閉されております」
「……は?」
「わたくしがクーデターに反対している軍部に情報をお流しして、亡くなったヨハン大公閣下のお孫さんであるオットー様とシャルロッテ様を奪還して頂いたんですの」
「はぁ?」
いきなりクーデターやら大公が亡くなっているやらと頓珍漢な情報を与えられたリクの頭がストライキを起こしてしまった。
毛布で隠しているカレンがビクリと震えるのを感じ取り、無意識に強く抱き寄せた。
「……意味が分かんねえ」
リクは辛うじて言葉を発した。リクの理解を超えてしまった事が分かったのだろう、ビオレータはふっと優しげな笑みを浮かべた。
穏やか笑みで男なら見ほれてしまうだろが、残念ながらそれほどの余裕がリクには無い。
「突然捲し立てて信じろと言われても、それは無理ですよね」
「悪いが、無理だな」
まだ頭がシャキッとしないリクが素直に認めると、ビオレータは純な少女の様にクスリと笑う。その笑みにベランダへの入り口に立つ護衛の二人はポッと頬を染めたがリクは気がつかない。
「リクさんは、エッカルト・ザイフリート侯爵様をご存じですか?」
ビオレータが教師のように人差し指を立てて首を傾げる。年齢にそぐわない少女っぽい仕草で可愛いのだが、リクはそんなことは目にも入れられず自分の記憶を手繰り寄せていた。
そして、記憶の欠片を掴んだ。
「たまに南部戦線に視察に来てた偉そうな奴だ。たしかそんな名前だった」
「ふふ、偉そう……確かに傍若無人な振る舞いをすると有名な方ですね」
エッカルト・ザイフリート。
現ヨハン大公の弟の息子で甥にあたる貴族だ。公国南部に領地を与えられていた。
「軍でも良い話は聞かない奴だったな。威張り散らしてひっきりなしに怒鳴ってたのは覚えてる。食事が不味いだのと俺も怒鳴られたしな」
「まぁ、そうですの」
ビオレータはふふっと笑った。事態が本当だったら笑えるようなものではないのだが。
「自分の扱いを不遇だと決めつけて田舎で燻っていたようなのですが、戦争も先が見えて緩んだ時ならいけると思ったのでしょう。分もわきまえずに打って出たようなのです」
「はっ、火事場泥棒ってか? 打って出るって言ってもなぁ……基本、軍は国の持ち物だ。貴族といえども軍は動かせねえハズだが?」
公国軍が所属するのは軍部であり国である。貴族が持てるのは私兵だ。
私兵にも給料は発生する。与える武器や防具も買わねばならないから、そう多くは持てない。
ヴィンセントのグリード家でも精々百人程度だ。
「ごろつきを集めて私兵を組織していたようです。でも素人同然では、正規軍と戦いになりませんが、造反に軍人も加担していたら、可能ですわ」
「裏切ってたやつがいるってのか?」
ビオレータは答える代わりに人差し指と親指で輪を作り、爽やかな笑みを浮かべた。
「お金の前に屈する人は、多いんですの」
リクは眉間に力が入るのを、感じた。