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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第四部
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第五十話 よく来れたな

 翌日、灰色の空から雪が舞い散る中、ヴィンセントの話通りに取引して入りる商会の人間がやってきた。

 昼過ぎだというのに薄暗い応接室で、リクはその人物と面会した。部屋にはヴィンセント、エリナ、そして給仕としてカレンがいた。


「……お前かよ」


 指定された椅子に腰かけたリクの眼の前には、ウサギの毛で作ったと思われる腰丈の白いふわふわの上着に緩く動きやすそうな黒いズボン、編上げのブーツに包まれた足を綺麗に揃え、ソファに収まってニコリと微笑むビオレータがいた。

 背後には護衛兼お付の女性二人が立って控えている。収穫祭の時にカレンを襲いかけていた二人だ。ビオレータとリクを横から眺める位置にいるエリナの後ろで控えるカレンの表情は硬い。


「お久しぶりで御座います。またお会いできてうれしいですわ」


 ビオレータは腰掛けたまま深々と頭を下げた。二人の様子を見ていたヴィンセントが眉を顰めビオレータに声をかける。


「二人は知り合いだったのか?」

「えぇ、一度エリナ様を訪ねた時に」


 訝しむヴィンセントにビオレータは笑顔を崩さない。


 ――出入りの商会ってのはこいつの事かよ。


 リクはできるだけ平静を装ったが、内心で激しく舌打ちをしていた。カレンを襲った事も頭に残っている。信用などないに等しい。

 あの時を思い出しているのかカレンが顔を強張らせているのもわかる。


()()()()()()


 リクはわざと嫌味を籠め不機嫌に話した。連れてきたヴィンセントが珍しく焦りの顔を見せている。リクとビオレータが知り合いで、あまり良くない関係だとは知らなかったのだから仕方がない。


「えぇ、犬にソリを曳かせてまいりました。これだけ雪が積もっていると馬車は使えませんの」

 

 意図的に嫌味を避けたのか気がつかなかったのか分らないがビオレータはリクに色目を使うような笑みを見せてくる。通じなかったことに苛立ちながらもリクはぐっとこらえた。


「犬ねえ……腹を空かせた野犬もいて物騒だしな。そいつらが番犬になれば良いけどな」


 リクはビオレータの背後でカレンの様なお仕着せを着た無表情の二人をチラ見した。お付の二人はピクリとも動かない。


「まったくです。リクさんのお近くにいた方が安全ですわ」


 ビオレータは大げさに腕を抱える様子を見せ、カレンを一瞥してからリクに困った顔を見せた。公然と喧嘩を売るビオレータにカレンの眉間に皺が寄る。


「まぁ怖い怖い……」


 ビオレータが手を口に当て、わざと身を捩った。


「その二人がいれば、十分じゃねえのか?」

「あらいけません、ご紹介が遅れまてしまいまた」


 リクの一瞥に気が付いたビオレータがパンと手を叩き、大げさに後ろを向いた。


「わたくしお付きの護衛で、こちらがグラシアナ、そちらがグラシエラですわ。双子なんですの」


 グラシアナとグラシエラは無表情だが深々と頭を下げた。

 見た目がよく似ており、いきなり紹介されても区別がつかない。まして名前すらも信用できるかと言われれば明確に「No」と答えられる。


 ――カレンを殺そうとしたコイツラは信用できねえ。


「冬のリジイラは飢えた獣も出るらしいからしっかりと護衛してもらった方が良いぞ」

「あら、リクさんがいらっしゃるならすぐ傍にいた方が安全ですわ」


 ビオレータはニッと笑む。カレンから引き離す思惑だったリクだがビオレータにあっさりとひっくり返されてしまう。上手くいかずに奥歯を噛むばかりだった。


「えっと、そろそろ本題に入っていいかな?」


 ピリピリしてきた空気に耐えきれなかったのかヴィンセントが割って入ってきた。ビオレータもわざとらしく大げさ「今気がついた」とばかりに目を開く。


「そうそう、忘れてしまう所でした」


 ビオレータが緩やかな動作で姿勢を正し、ヴィンセントとリクを交互に見た。その顔ははやり笑みが浮かんでいるが、目は真剣だ。


「煙草の件ですが、正式に取引を行いたいのです。評判も上々ですし、販路さえ確保してしまえば現在の煙草を駆逐できてしまいそうです」


 ビオレータが纏う気配も先程と違い締まったとリクは感じた。仕事に関しては真剣なようだ。


「……そうか。やりすぎってのは良くはねえが、良いもんは黙っても広まるもんだ」

「えぇ、既に注文が入っておりますの」

「先走りしすぎだろよ」


 呆れたリクにビオレータは「そんな事ありませんわ!」と食って掛かる。


「チャンスは限られたタイミング、人、場所にしか来ないモノなんです! これを逃すなんてもったいない!」


 ビオレータが飛ぶ勢いでソファから立ち上がり、髪を振り乱しリクに詰め寄ってくる。突然の変貌にリクもエリナも、そしてカレンもあっけにとられて口を開けた。  


「リクさんにしかできない事なんです!」


 ビオレータがリクの眼の前にしゃがみ込み、ぎゅっと手を握ってくる。泣きボクロのある目に迫力を乗せて見上げてくるビオレータにリクは後ずさろうとしたが座っている椅子が阻止してきた。


「ちょ、ちょっと落ち着けって」


 ビオレータに握られている手から熱心さがリクに伝わってくる。魅力的な妙齢の女性が自分に跪いているという現状を嫌というほど認識したリクが、カレンへの気まずさから思い切り体を仰け反らせる。


 ――何だってんだ、こりゃ!


「これが落ち着いていられますか! ビッグチャンスなんですよ、色々と!」

「な、なにがだ」


 ――俺にとっちゃビッグピンチだっての!


 ビオレータは握っていたリクの手を離し、スクッと立ち上がる。そのまま、ぐっと握りしめた右拳を高々と突き上げた。


「公国を席巻した後はマーフェル連邦全体に打って出る事も可能です! 世界への足掛かりに、手始めとしてこの大陸を!」


 ビオレータが今までのいやらしさのこもった笑みではなく会心の笑みを浮かべた。恍惚で頬を赤く染めたビオレータに対し、リク、エリナ、カレンはドン引きである。ヴィンセントは幾度か目にしたのか、半目になって「またか」という眼差しを向けていた。 


「お嬢様、たいへん素敵ですが」

「色々と台無しです」


 今まで無言を通してきたお付のグラシアナとグラシエラから無常かつ冷静なツッコミとダメ出しが入った。ハッと正気に戻ったビオレータは「やってしまった」という顔でそそくさとソファに腰掛け、すぐに真剣な表情でリクを見てくる。


「こほん……煙草ですが、早速生産に入りたいのです。この厳しい環境でも育つのでしょうか?」


 素の状態であろうビオレータから外用のお淑やかな仮面に変わられてもリクはすぐには対応できない。見てはいけないモノを見た、という不思議な罪悪感に囚われていたが、ビオレータを見つめるばかりだ。


「い、今のは、一体……?」

「忘れてくださいまし」


 リクが口をはさむが、可愛く首を傾げるビオレータに笑顔で迫られその口を噤んだ。エリナの後ろでずっと見ているカレンはその様子を見てムッと口を尖らせている。リクがビオレータに見惚れているかのように見えたからだ。実際は呆れていたのだが、そんなことはカレンには知り得ない。


「彼女はたまにこうなるんですよ」


 真面目なんですけどね、とヴィンセントがやや頬を引きつらせながらフォローを入れた。

 




「これで話は終わりか?」


 煙草の件の詳細を詰め、冬でもリクの能力で栽培、収穫までを行う事になった。雪さえ降っていなければ一日で作業が可能だからだ。一度に大量に栽培しても加工しきれないという理由もあり、試しに一回だけという事で収まった。


「ねえエリナ。リジイラの人間を動かすのはいいけど、見返りはどうするの?」

「そうですね……小麦を大目に配給するとかくらいしかできないかも」

「うーん、冬じゃなければ兵を連れて森に狩に出かけて、皆に肉を配るって事もできたんだけどね」

「冬の森は危険です」

 

 エリナとヴィンセントは収穫する為の人員とその手当について詰めていた。働いた分の手当てを考えて二人とも腕を組んで唸っているが、いい案は無いようだ。


「エリナ様、それならば布などは如何でしょう? 買い取った煙草の葉の代金で使いやすい布を大量に購入すれば領内で必要な服を作る事もできますが」

「あ、それいいかもしれません。古くなった服を繕っても限界がありますし」

「冬季で農作業が止まっている間の、良い時間つぶしにもなりますし。悪い話ではないと思います。それでしたら代金内で余裕をもって収まりますわ」


 悩んでいるエリナとヴィンセントに、ビオレータは商売人らしく売り込みにはいった。彼女の提案はどちらかだけが儲けるという物ではなく、買う方にも利がある提案だった。商売に対しては真摯というのは窺える。

 椅子から立ち上がり窓脇に歩くリクも、その点は理解した。窓から雪の降るさまを眺めながら掌にある小さな紙を見た。さっきビオレータに手を握られた時にこっそりと掌に差し込まれた物だ。

 紙には「後で二人でお話がしたい」と几帳面そうな字で書いてあった。


 ――ここじゃ言えねえ内容なのか?


 リクとてビオレータが煙草の話だけをしにリジイラまで来たとは思っていない。小麦が高騰しているという話をヴィンセントに伝えたのもビオレータだった。当然リクの耳に入るのは分っての事だろう。

 このまま高騰が続けばニブラでも困るという話も気にはなっていた。資金が豊富なニブラなら買えば済むだろうがその資金が怪しい小さな村だったら。


 ――金に困って小麦を売ったら、飢えるだろうな。


 と同時に領地持ちの貴族たちは何をしているのか、という疑問も湧き上がる。アルマダが突然連れてきた身元のしれない二人といい、何が起きているか分らず、リクは厳しい顔で降りしきる雪を眺めていた。

エリナ「あの、折り入って相談が……(ドキドキ)」

ビオレータ「どうされました?」

エリナ「その、下着が、合わなくなってきて……特に胸が……(ドキドキ)」

ビオレータ「ふふ、各種ご用意できます。フリフリの可愛いのもございますよ?(ニッコリ)」

エリナ「可愛い……それ、いいかも(ほわーん)」

ビオレータ「実は、その下着を付けた恋人や奥様がとても可愛い!と男性方にも好評でして……(悪い笑み)」

エリナ「み、みせるわけではありません!(あせあせ)」

ビオレータ「うふふ、ヴィンセント様には黙っておきます(ニヤリ)」

エリナ「あうぅ」


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