第四十八話 ませてやがる
「つめてえ!」
リクは収穫祭を開催したエリナの屋敷の近くの広場の光り輝く雪原で雪玉を転がしていた。熊の毛皮で作った外套で身を包み、膝まで雪に埋まり躓きながら強面を更に歪ませ、すでに両手で抱えなければ持ち上げられそうにない大きさの雪の玉を、モゴモゴと転がしている。
隣で同じく雪玉をゴロゴロ転がすのは、リクと同じく毛皮の外套に身を包んだヴィンセント。
「神様がんばれー」
「神様じゃねえ!」
「こわいおじさんがんばー」
「おぅ、まかせとけ!」
雪遊び授業中のカレンの生徒の女の子の黄色い声援を受けリクは手をあげる。神様という言葉は全て否定しながらだが。
「ヴィンセント様も頑張って!」
「ヴィーおにーちゃん、がんばってー!」
「任せて!」
エリナとロッテの声援を受け、ヴィンセントは苦労しながらも雪玉を転がしている。エリナが姉役な事でヴィンセントも兄役になっていた。パパと呼ばれそうになった時は流石のヴィンセントも抗議していたが。
二人が作っているのはスノーマンを作るための雪玉だが、大きさは筋肉に比例するのかリクが圧勝していた。
「リク、あんた筋肉馬鹿なんだから少しは加減しなさいよ!」
子供たちを引率しているカレンが口を尖らせる。お仕着せのスカートが冷えるのか中にズボンを装着して不意のアクシデントにも備えは万全だ。
「加減したら負けるだろ!」
「ここはヴィンセント様に花を持たせるのは当然でしょ?」
「勝負は勝負だろうが」
「女の子は筋肉よりも美男子よ!」
実よりも花だとカレンに言い切られ内心がっかりするリクだが、エリナの為にはヴィンセントを立てねばならないことは理解できる。だが現実として雪玉はリクの方が二回り以上大きく、ロッテくらいの女の子であれば中に入り込めそうな程大きかった。
「そろそろ重ねましょうか」
ヴィンセントが雪玉を転がしながらリクに向かってくる。ヴィンセントの腰くらいまである雪玉を転がす彼の力も大したものだった。
「その細い身体のどこにそんな馬力があるんだか」
「エリナにいいところを見せたいですからね!」
白い息を吐きながら爽やかな笑顔で額の汗を拭うヴィンセントに、リクは呆れるばかりだ。
――こいつはどこまでもエリナ命なんだな。
俺は、とリクは考えチラとカレンを見た。カレンは子供たちと一緒にしゃがみ込み、何かをしているようだった。
――いいところ、見せてねえなぁ。
風邪をひいて看病して貰ったのは先週の事だった。熱は二日で引いたがだるさが抜けるまでもう一日かかった。良いところを見せるどころか余計な世話をかけていた。
「俺も良いところ見せねえとな」
リクは呟きながらヴィンセントが作った雪玉に手をかけた。ヴィンセントも合わせて手をかける。
「……キスくらいはしたんですか?」
「ッ!」
ヴィンセントのツッコミにリクの手が滑る。
「な、なんでそれを?」
「図星なんですね……」
「……くそ」
やや呆れ顔のヴィンセントにリク毒づく。カマかけに引っかかって自分でばらしたようなものだから八つ当たりだ。
「そう言うあんたはどうなんだよ」
「ふふ、どうでしょうねえ」
「……ませてやがる」
「どこかのマッチョな神様に奪われない内に関係を進めておかないといけませんから」
リクの反撃もあっさりと受け止められた挙句、逆に嫌味の一撃を喰らった。肉体言語を伴わない喧嘩には弱いのだった。
リクとヴィンセントが雪玉を重ねて作ったスノーマンに、子供たちが群がっている。これから目やら口やらを付けていくのだ。目はジャガイモ、鼻はニンジン、口はカボチャを薄く切った物だ。それに木の枝の手と麦わら帽子がかぶせられる。
「でっかーい!」
「でも、手がとどかなーい!」
子供たちがうんうん唸って手を伸ばしているが、天辺までは手がとどかない。リクが作った雪玉が大きくて、スノーマンの身長はカレンと変わらない高さになっているのだ。小さい子供でがとどかないのは当然だ。
「エリナおねーちゃん、おめめつけよう!」
白いうさぎの毛皮で作った上着を羽織ったロッテがエリナの手をグイグイ引っ張って急かしている。毛皮のフードも被ったロッテがぴょこぴょこ跳ねるさまは雪ウサギのようだ。
「こらロッテ。エリナさんを困らせるんじゃない」
「お兄さまと違って、エリナおねーちゃんはやさしいんだもーん」
「だからって!」
ぷいっと顔を背けたロッテにオーツは又かという顔をした。そんな兄妹を見たエリナは眉を下げ困った顔になる。歳は上だが立場は逆だろうと考えているエリナは強く言えない二人に困ってもいた。
そんな様子を少し離れた場所からリクとヴィンセントは並んで見ていた。
「で、話ってのは?」
視線はスノーマンに向けたままリクは口を開いた。
「オーツ……君とロッテちゃんの様子はどうです?」
ヴィンセントがオーツの名前で躓いた。リクは気が付かぬ振りで答える。
「妹の方はエリナにべったりだ。カレンの教え子にも懐いてるな。ただ兄の方は溶け込めないみたいだな」
「そ、そうですか」
ヴィンセントの予想とは違ったのか、少しホッとした様子だ。
「まぁ、平民とは育ちが違いますし」
「それもあるが、ここはもっと野生児が多いからな。さらに馴染めないんだろ」
「ははっ、確かに。僕もそのうち野生じみてくるのかな?」
自虐的ではなく、爽やかに微笑むヴィンセントに、全てを受け入れる気でいるのだ、とリクも感心する。
「流石、エリナの旦那は違うな」
「当然です」
「……言うじゃねえか」
満面の笑みで答えられてリクも呆れの声しか出せなかった。だがここでリクも気を取り直す。ヴィンセントの本題はこれではないと思ったからだ。
二人の様子を聞くだけなら相手はエリナで済む。わざわざリクに尋ねるということは、目的が違うということだ。
「で、本題は?」
「あはは、バレてますか」
苦笑いのヴィンセントが頭を掻いた。爽やか王子は照れ隠しも様になる。リクが同じことをしたらドン引きされるだろう。
「えぇ、妙な事になってまして……」
ヴィンセントは珍しく言いよどんでいた。数秒考え込んでから漸く切りだす。
「実は先週あたりから市場での小麦の値が上がってきているんです」
「は? 収穫したばっかりだろ。普通なら下がるところだと思うが」
リク怪訝な顔をはヴィンセントに顔を向けた。頭のデキの悪いリクでもその程度は考えられる。
「去年はそうだったんですが、今年は何故か値が上がって来てるんです」
「リジイラに来る時に見た小麦の生育は豊作間違いなしに思えたぞ?」
「えぇ、ニブラでも収穫はよかったんです」
よかった、という言葉とは裏腹にヴィンセントの表情は曇っている。
「よく分らないんですよ。ただ出入りの商会からそのような情報が入って来たんです」
「そーゆーのってのは、しばらくすれば落ち着くんじゃねえのか?」
リクは商売の知識や経験を持っているわけではないので素人が直感的に感じたことを口にした。
「僕もそう思っているんですが、その出入りの商会が言うには作為的に値が吊り上げられてるって言うんです」
ヴィンセントもそれほど詳しくないのか、あくまで商会からの情報だと強調している。
「今は良いんですが、年を越して春が終わる頃にはニブラの小麦は尽きてしまいます。ニブラは加工産業が主なので小麦を自前で賄えていないんです」
「なるほど。小麦が高いと困るワケか」
「えぇ」
ニブラは人口も多い。少しの値上げでも金額は相当のものだ。
ヴィンセントの顔が浮かない事があまり良くない事態なのだと告げる。
リクは、まだ先のことだろうと感じてしまうが、継がないまでも領主の息子という立場のヴィンセントは心配なのだろうと結論づけた。
「ここの心配はしねえのか?」
リクが当たり前の疑問を口にするとヴィンセントが「あぁ」と言い「リジイラは完全自給できてますから」と続け「それにエリナがいますし、心配はしてません」と柔らかい笑みで言い切った。
「少しは心配してやれよ」
「逆にニブラの心配をされちゃいますって」
「……けっ、御馳走様だ」
困った顔のヴィンセントに、リクは横を向き毒づくしかできなかった。
「そのことなのか分かりませんが、情報を持ってきた商会がリクさんにお願いがあるだとかて、明日ここに来ることになってます。あ、以前話のあった煙草ですけど、配った貴族から購入の打診が来ました。どこで作ったんだって、かなりしつこく聞かれましたよ。その事についての話かもしれないですね」
「まぁ自慢の煙草だしな」
褒められたようで自然とリクの顔も緩む。その油断が揉める原因を作るなど、リクには考えもつかなかったのは、仕方がないだろう。