第五話 ムカつくんだよ
御者が取った宿に入ったリクだが、奇妙な事に夕食は一人で食べて欲しいとエリナに言われた。部屋は勿論男女別だ。御者はまた違う宿に泊まるらしくリクには二階の一人部屋があてがわれた。
狭いとはいえ一人で貸し切り状態など行軍中では考えられなかった。良くてテントに数人で雑魚寝だ。部屋のベッドは上等とは言えない物だが、リクにとっては極上なベッドだった。
「……落ち着かねえ」
夕食まで時間があるが慣れないベッドで寝ていても落ち着かず、リクは部屋を抜け出した。だが街に繰り出して迷子になるわけにはいかない。どこ行く訳もなく宿を散策することにした。
建物は木造の二階建てだが平面には大きく、結構複雑だ。男女は棟で分けられているらしく、リクが廊下を歩いていてもすれ違うのは男ばかりだった。強面で褐色で長身マッチョなリクは良く目立つ。すれ違う男が皆振り返って見てくるが、そんなことはリクにはどうでもよいことだ。
「嬢ちゃん達、本当に水だけで良いのかい?」
階段を下りて一階に辿り着いたリクの耳に、女性の声が入る。その声は廊下の先にある部屋から聞こえてきていた。
「はい、大丈夫です。明日の朝も彼だけ朝食をお願いします」
「そうは言うけどねぇ、あんた達やせ過ぎじゃないかい? ちゃんと食べないと……」
「いえ、大丈夫です」
女性と話をしているのは聞き覚えのあるエリナの声だった。しかも会話の内容が聞き捨てならないものだ。夕食を食べないうえに朝食も抜くつもりのようだった。
ただでさえ痩せすぎだと思われるエリナが食事を抜いて良いわけがない。十四歳といえば成長する時期でもある。そんな時期に食事抜きなどしたら体が持たない。
「何考えてんだよ」
リクは歯ぎしりをし、その部屋へと突貫していった。
「おい、お嬢ちゃん。何考えてんだ!」
リクが部屋に入ると、そこには宿の女将と思われるかっぷくが良すぎるエプロンを付けたおばちゃんとエリナ、カレンが立ち話をしていた。リクが入って来るのを見たエリナが、あっ、という顔をする。
「あんたには関係ない話よ」
エリナではなくカレンが不機嫌そうに答えてくる。エリナは口をもごもごさせて何か言いあぐねているように見えた。
「食事抜くとか、お前ら痩せすぎなんだぞ? 倒れちまうぞ」
「そうだよ。あんたの連れなんだからもっと言っておくれよ。折角の綺麗な肌も荒れてるし、髪もパサついちまってるじゃないか」
女将がエリナの髪を一房手に取ってリクに苦情を申し立ててきた。確かにエリナの髪には艶がない。だがそれはカレンも一緒だ。明らかに食事を抜いている影響だ。
「だ、大丈夫です」
手をぎゅっと握るエリナが遮ってくる。だがその顔はとても大丈夫などとは思えない顔だ。やせこけていると言っても良い。ふっくらとしていればもっと可愛い顔だろうが、痩せすぎているためか貧相にも見えてしまう。
さっきはリンゴとイチゴを食べた。リクのいないところでは笑顔もあった。リクは何故そこまで頑なに食事をとらないのか分からない。分からないが、目の前でそんな事態になるなど、輜重部隊を率いていたリクにとって屈辱以外の何物でも無かった。
「何でだい? あんたみたいな小さい子が、食べるのを我慢しちゃいけないよ」
女将が腰を曲げ、小さいエリナに視線を合わ諭すように語り掛けているが、エリナはやはり首を横に振る。
「……ないんです」
「ん? なんだって?」
「お金が、ないんです……」
エリナが消えそうな声で、そういった。
金がないから食事をとらない? だが俺の分はあると言った。食事くらい高い物じゃないだろう。金が無いの一言で片づけられる問題じゃねえ。
リクの頭の中は、疑問だらけだ。
「……まぁ、うちも商売だからタダで食事を出すわけにもいかないし、他の客の手前もあるしねぇ……」
女将は腕を組んで考え込んでしまった。女将の言うことはもっともだ。食事の一食や二食くらい安いもんだろうが、他の客にそれがバレた場合同じように要求されるだろう。可哀想だからと言ってそう簡単にタダで食わすわけにもいかないのだ。
ここでリクの額からブチンと音が響く。
リクの授かった能力はあらゆる植物を育成させる物だ。それに付随する能力はまだあるが、これが一番であり、過去に例がない稀にみる特殊過ぎる能力だった。
能力者は数百万人に一人かそれ以下の確率でしか生まれないとされる。ヴェラストラ公国ではリクの他にもう一人、炎を操る騎士がいるだけだ。軍人だったリクはこの能力故に最前線に投入され続けたのだ。
「おい、俺をなめんじゃねえ」
リクの低い声が部屋に響く。眉を顰めたリクの狂相に三人はビクッと体を震わせた。体から黒いオーラが染み出る程、リクは怒っているのだ。
輜重部隊では必要な物資を運ぶだけではなく、配給、怪我の手当て、調理もする。当然リクも調理ができるし、十年もやっていればいっぱしの腕前になっていた。
「女将さん、こいつらの食事は俺が作る。その代り厨房を貸してくれ。食材は全て俺が用意する。なんなら今日の宿泊客分のデザートの果物を提供しても良い。いいな?」
もはやお願いレベルを超えて脅迫にまで達しているであろうリクの悪人顔と極悪ボイスに、女将はコクコクと頷くだけだった。
「そんな!」
「うるせぇ! 俺の目の前で腹減らしてるなんて、屈辱なんだよ!」
エリナが断ろうとするがリクは強い口調で遮った。リクとしてもここは譲れないのだ。輜重兵として、大人として、腹をすかしている子供を眼の前にして何もしない選択などあり得ない。
「それにお前もだ。二人揃って我慢しやがって。お前ら痩せ過ぎなんだよ。もっとふっくらしてた方が健康的で可愛いじゃねえか! 元が良いんだからそんなことするな!」
リクはビシッとカレンを指差した。論点がずれつつあるが、リクの迫力に反論できず、エリナもカレンも黙っている。
「今から食材を作って調理する。ここでおとなしく待ってろ!」
ブちぎれ気味のリクは二人を睥睨し、そう吼える。
「女将、でけぇ籠を貸してくれ!」
「い、いいけどさ……」
「はやくッ!」
「ハ、ハイッ!」
リクは怯える女将を引き連れ、大股で部屋を出て行った。残されたエリナとカレンは茫然と立ち尽くすのだった。
「なんだってんだチクショウ!」
女将に預かったでかい籠を左脇に抱えたリクが来たのは宿の裏手の勝手口付近だ。木の粗末な塀に囲まれており、ちょっとした空間に雑草がぼうぼうと生えている。ちなみに「雑草」と言う草は存在しない。
「目にもの見せてやる」
暗闇でもぎらつく鈍色の瞳を細め、右手を掲げた。
「耕せ!」
リクの叫びと共にあたりの雑草は一瞬で消え、代わりにふわふわに解され、ご丁寧に畝まである畑が出現した。
「あームカつく。意地でも健康体にしてやる。超健康優良児にしてやらねえと気がすまねえ!」
怒りが明後日の方に向いてしまっている事にも気が付かず、リクはその畑に右手を翳す。そのほかほかの出来立ての畑からにょきにょきと様々な芽が出現し、いろんな高さまで一気に成長し、次の瞬間には実になっていた。
リクはにやりと笑い、しゃがみこみ、目の前のダイコンをズバっと抜いた。リクの腕よりも太いその白いダイコンを頭上に掲げ、眺める。真っ直ぐで艶もある真っ白なダイコンだ。リクはそのダイコンを両手で持ちバキンと二つに折った。そして豪快に齧りつく。
「旨い。いい感じだ」
リクは満足げな声を発し、次々と出来た産物を籠に入れていった。