幕間 ハロウィンの日
「んーーーなんっか良い匂いするのよね~」
何かに誘導されるように、カレンが厨房に忍び込んできた。スンスンと鼻で匂いを嗅ぐ様子はさながらネズミだ。
――まだ焼いてねえっつーの。
厨房でパン生地をこねているリクは、侵入者の幸せな様子に呆れつつも頬を緩ませた。
今作っているのはカボチャを混ぜ込んだ菓子パンだ。ケーキは量を作れないがパンなら可能だった。
公国ではハロウィンという宗教行事がある日だが、ここリジイラではもようされた事は無い。
ここの神は大自然だ。
だがリクは敢えて持ち込んだ。全てはカレンが教えている子供たちのためだ。
「まだ焼いてもいねえぞ」
「あぁ、焼いて無くても良い! 食べる!」
「あほか、腹壊すぞ!」
カレンのぶっ飛んだ答えにリクは拳をパン生地にめり込ませた。
「お腹空いた!」
頬をプゥと膨らませたカレンがツカツカと歩いてくる。
「朝食くったろよ」
「育ち盛りには足りないのよ!」
「お前、今何歳だよ」
「なに、淑女に年齢聞いちゃう?」
たわわな胸を強調するかのようにふんぞり返るカレンの、その部分をリクは凝視してしまう。
「あんた、どこ見てんのよ!」
「いや、食ったもんがどこ行くのかと思ってな」
瞬間的に顔を赤くしたカレンがパンチを繰り出してきた。
「ごちそうをくれないと、いたずらしちゃうぞ!」
「しちゃうぞー」
狼や熊の頭の骨を被り毛皮で身をくるんだ数人の子供たちが、仕事を終えたリクが煙草をふかしている厨房へ襲撃をかけてきた。
ぶかぶかの骸骨が斜めに傾き、毛皮が大きくて手が出ていない子供たちを見て、リクは頬を緩ませた。
――孤児院で、こんなこともしてたっけな。
遠い記憶の彼方。自分がまだ子供といえる年齢の時の事を思い出していた。
貧乏な孤児院にお菓子などあるはずもない。仮装もできないが、リク達は目の前の子供たちの様にお菓子を強請っていた。
その時ばかりは街から孤児院へ、量は少ないがお菓子が届けられていた。甘いものを食べたのはその時くらいだった為、リクですら楽しみだった。
「わぁー、お菓子をあげるから助けてくれー」
棒読みでわざとらしく怖がるリクがパン焼きの窯からパンプキンパンがのった大皿を取り出す。
いつもとは違いオレンジ色に焼き上がったパンを見た子供たちは歓声を上げた。リクがテーブルに置くと、わーわーと争うようにパンを取って行く。そしてその場でぱくりと齧る。
「あまーい!」
「おいしー!」
だが言葉が出たのは最初だけ。子供たちはすぐに黙々と食べだした。リクは目を細めてその姿を見ていた。
――旨そうに食べてるのを見るのは、良いな。
ふと視線を上にずらせば、子供たちに混ざってパンプキンパンに夢中なカレンが目に入る。
――子供かよ。
呆れのため息をつこうとした瞬間、カレンと目が合う。カレンが急いで咀嚼し始め、大きく喉を鳴らした。
「美味しいね!」
にっこりと嬉しそうに笑うカレンに、まぁいいか、と思うとともに、アレは絶対に胸に栄養がいってるに違いない、と確信するリクであった。