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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第三部
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第四十四話 順番が違うでしょ!※

ユーパンドラ「今回はちょぴっと長いんじゃ」

マーシャ「先生、またですか?」

ユーパンドラ「この話で第三部が終わるんじゃが……」

マーシャ「あー、色々あって出っ張ったんですね」

ユーパンドラ「そうなんじゃよ。さすがマダム」

マーシャ「いやですねぇ。マーシャって呼んでくださいって言ったじゃないですかぁ」


今回は細かい視点変更と副音声付きとなります。

ご不便をおかけいたします。

 カレンをお姫様抱っこしているリクはバラに全身を縛られている護衛二人の手の大型ナイフを見た。


「なんか物騒なモンもってるな」


 リクはビオレータに向かいニヤッと笑う。護衛の彼女達にはバラの棘が突きつけられており身動きできない状況だ。


「お久しぶりで御座います」


 この状況でもビオレータはにこやかな笑みを浮かべスカートを摘まみゆっくりと膝を曲げる。怖いのかカレンはぎゅっとリクの首にしがみ付いたままだ。たわわな柔らかいものが押し付けられてぐにゃりと潰れているがリクにその感触を味わう余裕はない。


「久しぶりって程前じゃねぇけどな。で、今日は何の用だったんだ?」


 リクはビオレータの護衛が雁字搦めにされている場所の直前で歩みを止めた。にっこりと微笑むビオレータと睨みあいの形だ。


「収穫祭との事でしたので、どのようなものなのかと興味が湧き、思わず来てしまいましたの」


 この状況を何とも思っていないのか、ビオレータの表情に変化はない。


「ですが、ニブラに戻るにしても、そろそろここを出ないと日没前につかなくなってしまいますので、残念なのですがお暇させていただこうとしておりました」


 艶やかな笑みを浮かべるビオレータに、リクは「そうか、引き止めて悪かったな」と返した。いま重要なのはカレンの救出でありビオレータが帰るのはどうでも良い事だ。

 リクがバラに縛られている護衛に目をやると、絡みついているバラはハラハラと地面に崩れ落ちた。


「お嬢様!」

「ここは我らが」


 彼女達はビオレータを守るべくリクの視界に壁を作る。大型のナイフは手に持ったままだが構える事はしなかった。ビオレータの目的はちゃんと知っているようで、リクには刃を向けない。


「今日は見逃してやる。今度こいつに手を出すようなら、土に還ってもらうことになる」


 リクはそう言うと首にしがみ付いているカレンに視線をやった。


「またお話をさせて頂くためにお伺いいたします。では、また」


 唇に妖艶な弧を描き、ビオレータは深々と頭を下げる。同時に護衛二人も頭を下げた。

 ビオレータはゆっくりと振り返り、土くれの道を歩いていく。リクはその背中を見ながら「間に合って良かった」と呟き、カレンを抱く力を強めた。





 既にビオレータは見えなくなっていたが、リクはそこに立ち尽くしていた。カレンが首に手を回してぎゅっと抱いたまま降りようとしないのだ。


「怪我は無いか?」


 リクの問いにカレンは頭を振って答えた。転んだ際に足をぶつけて痛みはあるが、その事よりも思わず首に抱き付いてしまった事に今更ながら気がついてしまい顔をあげられないのだ。

 恐らくは赤くなってしまっている顔などリクに見せるわけにはいかない。リクの気持ちは知っているが自分の気持ちは知られたくないというわがままがこうさせているのだ。


「わりいな、怖い思いさせちまってな」


 リクはカレンの行動を恐怖によるものと判断した。普通に生きてきた女の子は刃を伴った殺意を向けられる事など、そうないだろう。しかもビオレータという理解しがたい存在を前にしていたのだ。リクがそうとるのも無理はない。


「わりいな……」


 リクの声のトーンが下がったことに、カレンは罪悪感を覚え胸が痛くなる。怖かったのは事実だし、恐怖で叫びもしたしリクに助けを求めた。そして望み通りに助けに現れ、今この格好である。

 怖くて首に抱き付いたのだが、我に返ったカレンの胸のドキドキは許容範囲を超えて駆け足になっているのだ。


「んーん」


 声を出せば緊張で震えてしまう。情けないがカレンとて純情なのだ。


「……そうか。収穫祭は止めて屋敷に戻った方が良いな。一応パンドラ爺さんに怪我がないか診てもらおう」


 カレンの震えた声をリクはまだ恐怖が抜けないのだと判断し、なるべく優しい声色で話しかけた。自分のせいでカレンを危険にさらしてしまった事に苛立つが、今はカレンを屋敷に連れて行くことが最優先だ。なるべく揺れない様、カレンをしっかりと腕に抱き、リクは屋敷に向かって歩き始めた。





「……(どうしようこの状況)」


 リクの首にしがみ付くカレンの頭の中はめまぐるしく働いていた。どうもリクが勘違いしているというのは言葉から窺えるが誤解を解こうにも顔をあげたくない。熱くなった顔は多分髪の毛の色くらいには赤くなっているはずだった。同じく真っ赤になっているだろう耳は髪に隠れて見えないのが幸いだ。


「……(くそっ、カレンに手え出しやがって。こんなに怯えちまってるし)」


 リクはリクで頭の中の会議室では議論が交わされていた。こんなカレンを初めて見るからだ。よっぽど怖い目にあったのか、と思うしかない。リクの腕に力がこもる。


「……(ちょ、ちょっと。恥ずかしんですけど!)」


 恐らくは自分の事を思って強く抱きしめているんだろうと察したカレンだが、女性特有のたわわな物体を押し付けてしまっていることに気がついた。気がついたが後の祭りだ。


「……(さ、さそってるわけじゃないんだからね!)」


 カレンの顔はますます熱くなっていく。その内煙を吐きそうな勢いだ。そしてやや冷静になったリクも、この状態でピンチを迎えていた。


「……(当たってるのって、アレだよな……)」


 禁欲生活を続けたリクの想い人が体を密着させているこの状況で本能リクが雄たけびをあげそうなのだ。どうどうどうと宥めようとも肝心のカレンが体を押し付けてくる。理性リクが必死に抵抗しているが防衛線が突破されるのも時間の問題だった。


「……(どうすんだよこれ!)」

「……(腕の力緩めたら、絶対に顔色見てくるよね、これ……)」

「……(腕の力抜いたらそのまま押し倒しそうでやべぇ!)」

「「……(迂闊に動いちゃダメだ!)」」


 傍から見たらお姫様抱っこされた女の子がひしっと彼氏に抱き付いているようにしか見えないこの状況で、実はかみ合ってしまった二人の無言の会話は続いていく。





 リクはカレンを抱いているところを見られないように屋敷の裏手をまわり、厨房から中に入った。誰もいない静かな屋敷の階段を、ゆっくりと上っていく。


「落ち着くまで横になってた方がいいぞ」


 リクとしてはカレンを置いたらユーパンドラを呼びに行くつもりだった。一応怪我がないか診てもらうためだ。

 反応がないカレンを気にしつつ、目的のカレンの部屋へ急いだ。


「……(ね、寝たふりでもしてた方がいいのかな!?)」


 リクの心配をよそにカレンは困っていた。落ち着いてきたとはいえ、顔はまだ火照っている。リクと顔を合わせたら恥ずかしさがカムバックしてくるだろう。カレンはもう自分の気持ちに嘘をつくのをやめ、リクを好きになっている自分を認めた。


「……(だからって今は顔を見られたくない)」


 そうこうしているうちにカレンの部屋の前についてしまう。


「カレン、ついたぞ……」


 リクは腕の力を緩め、カレンを降ろそうとしたが首に巻きついた腕の力は弱まらない。


「……(やっぱり怖かったんだよなぁ)」


 降りることを拒むカレンに、リクは自分のせいだと感じてしまう。


「怖い思いさせてすまなかった。もう怖い思いはさせねえから、なにがあっても助けるから、安心してくれ」


 リクとしてもこれ以上カレンを危険な目に合わせるつもりはない。本心でそう思うからこその言葉だった。


「……(別にリクが悪いわけじゃなくて、あたしが勝手に追いかけたのが原因なのに)」


 リクの言葉にカレンは観念した。リクの首に回している手の力を緩めると、足は自然に床に向かっていく。


「……(えっと、お礼はしなくちゃね……)」


 カレンの足が床につく前に顔を寄せ、リクの頬に唇を触れさせた。


「なっ……」


 突然のカレンの奇行に目が点になっているリクは、唇の感触を確かめるように頬に手をやる。頭が急速に沸騰して意識がついていけない。ワンテンポ遅れてやってきた現実認識に顔は焼きあがったばかりのパンのように熱々だ。


「た、たすけてくれた、お礼なんだからね!」


 顔がチンチンに茹であがっているカレンは涙目でリクを見上げた。

 

「それと……か、かっこよかったわよ!」


 トマトのような真っ赤な顔になり恥ずかしさを我慢して、潤んだ上目遣いに見上げてくるカレンの可愛さに、リクのなけなしの理性は木っ端みじんに弾け飛んでしまった。


「カレン……」


 ぼそりと呟いたリクは導かれるように右手をカレンの頬にそえ、その唇を奪ってしまう。左手を腰に回しカレンを抱き寄せ強く唇を押し当てた。


「んー!(ちょっと!)」


 仕返しではないがキスされたカレンは右手を振り上げリクの頬を叩いた。叩かれて我に返ったリクが顔を離すとカレンは両手でリクの胸を押しのけ距離をとる。そして腰に手を当てリクを見上げた。

 柔らかかった唇の感触に心臓が泣きべそをかいていても、驚いて涙が零れそうになっても強気を押し通す。


「あんた、順番が違うでしょ! キ、キスの前に、あたしに言うことが、あ、あるんじゃないの!」

 

 カレンはリクとのキスが嫌なのではない。その前に言ってほしい言葉があったから怒っているのだ。


「あ……(何やっちまってんだ俺!)」


 リクは、自分がしでかしてしまったことにショックを受け固まっていたが、泣きそうなカレンの言葉にハッとした顔をする。


「順……番」

「そうよ、順番よ!」


 涙でいっぱいの赤い瞳を向けられ、リクは必死に働かない頭に鞭打ち思考を巡らす。が、霞がかった頭はノロマだった。


「こーゆー時には、さきに、女の子に、言っておく事が、あるでしょ!」


 そしてカレンが何を望んでいるのかを、正しく理解した。そして言わなければならない言葉が自然と湧いてくる。

 兵隊千人の前で訓示する方が余程ヌルイな。

 その言葉を口にするにはリクは経験値がなさすぎだった。羞恥心と言うべき言葉に混乱する役立たずな頭脳に手刀を食らわし、もごもごと優柔不断な口には張り手をお見舞いし、カレンの為にその言葉を紡ぐ。


「す、すきだ……」


 一世一代の事に首から上を紅葉させたリクの告白を、カレンは緊張で破裂しそうな心臓をおさえ、嬉しさで崩壊しそうなほっぺを唇を真っ直ぐに引くことで誤魔化した。

 

「よ、よろしい」


 たわわな胸を誇示するように腰に手を当て赤く染まった澄まし顔のカレンの言葉を「許可」と受け取ったリクは「獰猛な草食動物」の名を返上し「褐色の肉食動物」に進化した。

 「据え膳は食すべし」「お残し禁止」「おかわりは控えよう」などと脳内会議は珍しくもほぼ一致したのだ。

 本能に突き動かされたリクはカレンの手を取りぐっと引き寄せ、そのまま横抱きに抱き上げる。


「あれ? ちょっと?」


 想定外の行動にキョトンとしたカレンが見上げる先には、見たことがない程の真剣な顔のリクがあった。

 意外にカッコいい?      

 などと考えていた隙に扉を開けていたリクによって部屋の中に運び込まれてしまう。


「あれ、これって、あれあれ?」


 そのままベッドに向かって運び込まれたカレンは焦って暴れ出すもののリクの腕の中からは逃れられない。ジタバタするがそのままベッドにコロンと転がされてしまう。ベッドにはいつもよりも荷重がかかりぎぎっと悲鳴を上げた。


「い、いやじゃないけど、けど、じゅ、順番がちがーう!」


 ドカッっと言う音と共に、「だめー!」というカレンの叫びと「ぐぅ」というリクの呻き声が人気(ひとけ)のない屋敷に木霊した。

第三部完です。

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