第四十二話 渡さないんだから!※
サブタイトルはカレンの叫びです。
ビオレータを探して広場をうろつくリクだが生憎と見つからない。広場では競技が始まってしまい、出場する人、見学でヤイヤイと声を張り上げる人、クローバーの絨毯に座り込んでのんびりと酒を飲む人がバラバラに点在していた。競技は広場の真ん中でやっているおかげで反対側は見えない。リクがいるはずだったテーブルを繋げたカウンターには人だかりが出来ていた。果物をカットした物を大量に用意したから当分は持つはずだ。
「くそっ! 何しに来やがった」
焦りからかリクは拳を握りしめる。ビオレータが来ているが用事があるのが自分ではないようで、本当に目的が読めないのだ。
「おぉぉぉ!」
いまやっている競技で勝敗がついたのだろうか、勝利の雄たけびが上がる。ちなみに今の競技は丸太担ぎだ。どれだけ重い丸太を肩まで持ち上がられるかで勝敗が決まる。木こりの独壇場な競技だ。
「おい」
背後から声を掛けられたリクが振り返ると、髭のオルテガが苦い顔で肩に手をかけてきた。
「なんだ、あんたかよ」
リクは軽くオルテガを睨む。お互いにいい印象は無いのだ。
「誰か探してんのか、神様よ」
「……ちげぇ」
リクは肩にのせられたオルテガの手を無造作に払う。「神様」呼ばわりしてきたことにムカついたが、レンツの牛がいなくなった時にはマッシュがリクのことを神と言った際にはバカにしていたことを思い出した。そんな言うことが変わったオルテガを訝しげに眺める。
「ちげぇ。そんなんじゃねえ」
リクはオルテガをひと睨みすると、逃げるようにその場を離れた。
「ったく、あいつったらどこにいるのよ!」
チカやクリスの生徒と生徒だった女の子数人に囲まれたカレンが人混みをぐるりと見まわしボソリと呟いた。あいつ呼ばわりされる目的の人物は当然リクだった。だが用事があるのはカレンではなく、カレンを囲んでいる女の子達だ。
「怖いおじさんにお花だしてもらうのー」
「お母さんに作ってあげたい!」
「怖いおじさんどこー?」
「みんなごめんねー。見当たらないのよねー」
彼女たちはリクを探すのにカレンの所へ行ったのだ。リクをよく知らないというものあるが、チカの一言が原因だった。
――怖いおじさんのことは、カレンせんせーが良く知ってるのー。
子供達の前でそんなことを言われてしまい、リク探しを申しつけられてしまったのだ。ぶつくさと口の中で文句をぶつけつつも子供たちの為にカレンはリクを探す。
「あれ?」
リクを探す為に広場に視線を泳がせていたカレンの視界に不思議な人物が映る。服装はリジイラの領民が着ているような色彩の薄いワンピースに麦わら帽子だが、歩き方に品がある。背筋も手足もぴんと伸び、早歩きではなくしっかりと地を踏み歩いていた。そして守るように前後に同じような格好の二人の女性が周囲を警戒している。どう考えても地位のある人物だ。
そんな人物が広場を出て行こうとしていた。収穫祭はまだ半ばで帰る時間ではない。
「あんな人リジイラにはいない……まさか!」
カレンの脳裏に浮かぶのはリクを勧誘しているビオレータの、あのいやらしい笑顔だった。カレンにとって主であるエリナを誘惑し、リクを連れ出そうとしているビオレータが浮かべるにこやかな笑みは悪いの塊にしか見えない。例え美人が儚げに微笑んでも、その内にある黒い意志が笑みに影を落とすのだ。
「何しにきたのよ!」
「せんせー?」
大きな声を上げたカレンを、スカートを握るクリスが見上げてくる。他の女の子もつられて「どうしたの?」とカレンを見上げてくる。
困ったカレンは「えぇっとね……」ときょろきょろと頭をまわし広場の隅っこでユーパンドラの隣に座りのほほんとしているマーシャを指さした。
「先生はちょっと用事が出来ちゃったから、マーシャ先生の所に行ってね!」
「あ、せんせーどこ行くの!」
カレンはスカートを掴むクリスの手を取りそう言うと、広場から出て行った三人の女性を追い掛けて人混みへと消えていった。
「いねぇ……ん?」
ビオレータを探して人混みを睨むリクに向かって、女の子数人と一緒に杖を突いたマーシャが歩いてくる。リクが気がついたことが分かったのか空いている手をあげた。
「ちょっとリク君! この子達がシロツメグサを出して欲しいって!」
完治しておらず運動不足からかふぅふぅと息が上がっているマーシャの横には、後ろ手にニコニコと好爺を装うユーパンドラもくっついていた。マーシャが出歩くときは大体この二人はセットで行動する。まだ杖なしだと転ぶかもしれないからだ。
「なーにを怖い顔しておるんじゃ。ただでさえ怖いのに、子供らがびくついて近寄れないではないか」
「……生まれついてこの顔だよ!」
ユーパンドラに一言文句をぶつけた所でリクはふと気がつく。さっき子供らと一緒にいたのはカレンであってマーシャではなかった。
「この子達はカレンが見てたんじゃ……?」
「それがねぇ……」
引き連れていた女の子達を見渡すリクに対してマーシャは頬に手を当て少々困り顔だ。
「せんせー、用事が出来たってー」
「どっかにいっちゃったー」
リクも見覚えがあるチカとクリスが続ける。
「どっか?」
「何しにきたのよ!って大きな声出して、どっかにいっちゃったー」
「せんせー怖い顔してたー」
カレンが怒ってそんなことを言う相手はビオレータくらいしか思い浮かばないリクは焦りを感じた。恐らくはビオレータを見つけて追いかけたのだろう。
「ったく無茶な事を……」
ぼやきながらリクはバリバリと頭を掻いた。ビオレータがカレンを良く思っていないのは、初めて会ったあの時で良く分った。特にリクがカレンを庇ったこともあり、リジイラから連れ出すのに邪魔と判断するかもしれない。まさかとは思うが急速にカレンの身が心配になり胸の奥にとげが刺さる。
「花冠つくりたいのー」
「お花だしてー」
チカとクリスの他、女の子にじーと見上げられたリクは、まずはこっちを片づける事にした。ばっとあたりを見渡し、女の子達が座って遊べるほどの空間を探す。広場の端の果物の木の根元に空きスペースを見つけたリクは、指を鳴らしクローバーを、次いで小さな白い花をぽぽぽんと咲かせた。
「うわぁぁぁい」
「やっぱり神さまなんだー」
そんな事を言いながら、女の子達はシロツメグサの花に群がって行く。きゃーきゃーと黄色い声をあたりに振りまきながら花を摘み始めた。
「神さま、じゃと?」
「ちょっと前から、少数ですけど領民が彼をそう呼ぶんですよ」
ユーパンドラが首を捻るとすかざずマーシャが脇で補足する。
「随分と厳つい神さまじゃのぅ」
「ふふ、そうですねぇ」
「かっかっか!」
長年連れ添った夫婦の様に笑いあう二人に、リクは口を曲げて抗議する。エリナとヴィンセントからの砂糖ばかりでなく、ここからも襲い掛かってきた。
「ちょっとカレンを探してくるぜ!」
逃げるように言葉を置き去りにして、リクは広場から走って出て行った。
広場から出て行った三人を追っているカレンは、スカートをちょぴっと摘まんで追いかけていた。一応お淑やかに、との自制は効いているのだ。
「あんたになんか、リクは渡さないんだから!」
誰も聞いていないと分かれば本心が口から飛び出す。
自分には欠けている大人の色気を纏ったビオレータに対する引け目もある。でも自分を好みで可愛いと言ってかばってくれた。自分がにっこりと笑うと厳つい顔も緩んだりする。照れると分かりやすい反応を見せてくれる。厳つい顔とは正反対の優しい男。気にしちゃったが最後、好きだと自覚した。
――ぜぇったいに、渡さないんだから!
「ちょっと、待ちなさーい!」
まだ追いつくには距離があるが、カレンは構わず叫んだ。三人は足を止め、その内二人が一人を庇うように壁をつくった。カレンは追いつき、三人を前に肩で息をする。二人に隠された女性の、目深にかぶった麦わら帽子から覗く泣きボクロを見て確信した。
「ビオレータ様、どのようなご用件ですか!」
土煙を従えた冷えた風がワンピースの裾を攫って行く中、カレンとビオレータは相対した。