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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第三部
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第四十話 何があるわけじゃねえけどな

「明日は、収穫祭です!」


 収穫作業から三日後。夕食の場で、嬉しそうに微笑むエリナが声を上げる。小麦の収穫では予想を超えた量を確保できた。これで来年の収穫まで足りることが確定し、万が一の時の貯えにもなった。これはリクの存在とは関係ない。


「今年は豊作だったから、みんなも楽しみにしてるね」


 エリナの横に座るヴィンセントも微笑む。ヴィンセントは収穫作業が終わり一旦ニブラに帰っていたが収穫祭に合わせてリジイラに来ているのだ。収穫祭に参加するのは毎年のことではあるのだが、リクを疑ってはいないが信用してもいないあらわれだ。


「秋祭りですなぁ。こう見えても若い頃はブイブイ言わせたもんじゃ」

「……ニワトリ掴み競争で十年間覇者として君臨してたって噂は聞いてる」

「ほほ、この小さい身長も役に立つんじゃよ」


 正面に座るリクとのやり取りにユーパンドラが皺を増やし、にんまりと笑う。


「ニワトリはチョコマカ逃げやがるから捕まえるのは苦手なんだよ」

「大男がワタワタするのをはやし立てて騒ぐのがあの競技の楽しみ方じゃ。カッカッカッ!」

「けっ」


 リクが苦々しく顔を歪ませればユーパンドラは愉快な声をだす。


「腰が良くないんですから、飛び入りはだめですよ」

「はは、さすがにもうやりませんて。医者が腰を痛めて診察できないなぞ恥じですからのぅ」

「年寄りの冷や水という言葉は、何もなく出来たわじゃありませんからね」

「マーシャさんは手厳しいですなぁ」


 皺だらけの額をぺしりと叩いたユーパンドラをジト目のマーシャが見つめる。それとは対照的にカレンの視線は壁に向いていた。リクもあえてカレンを視界にいれないようにしている。お互いに意識してしまい、目を合わせられなくなっているのだ。

 収穫の日、リクが昼寝から起きると首には白い花冠がかけられていた。小さな女の子が作ったにしては大きい花冠だった。リクは用事が無ければ屋敷から出ることはなかったために、それを作ってくれるような女の子などいない。思いつくとしたらカレンしかいなかった。

 まさかなと思ったリクだがカレンにそのことを聞くことは恥ずかしくてできなかったし、勘違いだったら目も当てられなかった。自意識過剰だと嫌われかねないことがリクにブレーキをかけていたのだ。

 カレンはカレンでこっそりとほっぺにちゅーをしようとしたことがひっかってしまい、恥ずかしくて顔を見られていない。経験乏しい二人は奇しくも同じような反応を見せていた。


「リクさんも、なにか出ますよね?」


 そんな事情は知らないエリナは可愛く首を傾げ、にこやかにリクに話しかけてくる。壁を見ていたカレンの肩がピクっと跳ねた。


「力自慢のレスリングなんていいかもしれないね」

「え、あ、あぁ。そうだな……」


 笑顔のヴィンセントの薦める言葉も虚ろなリクの耳には入りにくい。生返事を返すだけで視線を下に逃がしてしまった。

 ユーパンドラとマーシャはお互いに顔を見合わせ口をむーという形にし、はぁと同時にため息を零すのだった。





 そんな思春期な二人には関係なく時間は過ぎていく。夜明けを告げるニワトリの鳴き声が、天まで透き通る秋空に響き渡り、収穫祭の一日の開始を告げた。

 リジイラでの収穫祭は競技と踊りが中心だ。娯楽に乏しい開拓の地では、日々の作業で鍛え上げられた肉体を自慢する場でもある。また対体格差を考慮してニワトリ掴みや借り物競争などの競技もある。

 そして祭りと言えば縁結びだ。弦楽器と打楽器による軽快なリズムに乗って男女のペアが躍る。そして収穫祭で踊ったペアはカップルになり結ばれることが多い、というおまけ付きだ。日頃作業で忙しい領民にとっての出会いの場でもあるのだ。 

 もちろん酒も振舞われる。酒は領民が協力して作る果樹酒とエールだ。ヴィンセントが持ち込んでくる蒸留酒も振舞われる。酔った勢いで、というのも大事なことだ。公然とプロポ-ズする強者(つわもの)が出る年もあったりする。

 そんな事もあり、リジイラは明け方からそわそわした空気に包まれていた。


「嬢ちゃん、果物は任せとけ。つってもここで採れる果物以外をだすがな」

「そうですね。リジイラで採れるものを食べるのも収穫祭の目的ですから。あ、カレンにモモは出してあげて下ください! 絶対ですよ?」

「エリナ、持ってきたお酒はどこに置こうか?」

「ヴィンセント様。それは頃合いを見計らって持っていきましょう。最初に持っていくとすぐに飲まれちゃって空になってしまいます! 私もヴィンセント様と一緒にちょっぴり飲んでみたいですし」

「エリナお嬢ちゃん。わしは会場の隅っこで待機しとればいいかの?」

「あたしは先生と一緒でいいですかね?」

「あ、パンドラ先生はマーシャと一緒にいてください。何かあった時はマーシャも手伝ってね!」

「もちろんです、お嬢様。先生もよろしくお願いしますね」

「あぁ、完治しとらんのにすみませんな、マダム」

「いいんですよ、先生」

「あらマーシャ。パンドラ先生と随分仲が良いみたいだけど……」


 大きな籠を抱えたリクに声をかけられればスパッと答え、にっこりとしたヴィンセントが聞いて来れば照れながらも返事を返す。パンドラとマーシャが揃って尋ねてくれば揶揄を込めた言葉を返す。エリナが屋敷で皆に指示を飛ばす様子は既に領主で、大きくなればヴィンセントすらも尻に敷きそうな勢いだ。

 カレンはエリナの周りで粛々と支度をしている。唯一、エリナがリクに桃を頼んだ時だけビクッと体が反応しただけだ。意識しすぎであからさま過ぎだった。


「カレンも楽しんでね」


 エリナがにっこりと笑顔で迫る。もしかしなくても確信犯だろう。


「え、あ、はい。そうです、ね」


 答える間にもチラリとリクに視線を送るカレンを、エリナはにっこりと笑顔のまま確認していた。





 収穫祭の会場は、収穫作業で昼食をとった屋敷傍の広場だ。未だにクローバーの緑の絨毯に覆われ、土ばかりの道と違いそこだけ野原となっていた。

 リクが創り出した果物の木にも新たに果実が実り、食べられるのを今か今かと待っている状態だ。もぎ取り自由な果実としてリンゴ、ブドウ、モモ、オレンジに加え、リジイラでは栽培できないバナナも生やした。

 開始を告げるエリナの言葉を待ちざわつく領民の集団から離れた所にリクはいた。テーブルを十個ほどくっつけた即席のカウンターの後ろでナイフ、包丁などの刃物の研磨をして準備している。食べ物はこのカウンターから自由に持って行くルールだ。領民がそれぞれ自慢の料理を持ち込み、ここで振る舞っていく。器も持参がルールだ。

 待ちくたびれた群衆の前に箱が置かれ、背の低いエリナがそのお立ち台の上に乗る。後ろまで見えるようにとの配慮だが、威厳は無い。だがエリナはこれでいいのだ。エリナのペアたるヴィンセントはその箱の脇に立つ。可愛いお姫様とイケメン王子様は並ぶだけで絵になる。


「はーい、きいてくださーい!」


 エリナのまだ幼さが残る声が響けば広場を埋め尽くしていたざわめきは消えていく。リクはエリナの言葉を聞きつつも、カレンの姿を探していた。リクが刃物の研磨をしているうちに見失ってしまったのだ。


「……カレンはどこ行ったんだ?」


 本来ならエリナの傍に控えているべきだろうが、ヴィンセントがいる関係で邪魔をしない様に気を使って離れているのだろうか。群衆に紛れてしまったのか見つけることができないでいた。


「気にしたところで何があるわけじゃねえけどな……あん?」


 リクは群衆に隠れるようにして大きな麦わら帽子で顔を隠した女性を見つけた。

 カレンにしてはたわわ具合が足りない。ちらっと見えた髪の毛も赤毛ではなかった。着ている服もリジイラで着られているような色彩の薄い綿の服だ。だがリクは言いようのない違和感を感じ、その女性を目で追い掛けていた。そしてその女性はオルテガを見つけ話しかけた。(いぶか)しげにしていたオルテガだが人目につかなくするように、人の波に消えていった。リクの頭にひらめいたのはビオレータだった。


「まさか、あの女か!」


 リクはテーブルに手を突きガバッと飛び越え、エリナの話を聞いている領民の中に突っ込んでいった。


「くそっ! どこいった!」


 人をかきわけながらリクは麦わら帽子の女を探して歩いた。隙間を縫うように巨躯を屈めすりぬける。


「では、収穫祭を開始しまーす!」

「おおぉぉ!」


 エリナの宣言で収穫祭が開始してしまい、広場が興奮に包まれてしまった。人が好き勝手な方向に動き出し、リク自身も動きが取れなくなる。探すどころではない。


「ちっ! これじゃ探せねえ」


 不審な女も、カレンも探せずリクは人混みの中で立ち尽くした。

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