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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第三部
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第三十九話 やっぱり、ここはいい

 小皿に掬ってトマトシチューの味見していると、いつの間にかリクを見上げてくる子供たちに囲まれていた。


「ん?」


 リクが周囲を見回すと子供たちは十数人いた。子供たちの世話はカレンの役目だったが、四歳から十歳までの子供は四十人以上いるのだ。この人数は一人で見れるものでもない。もちろん年長者が小さい子の面倒を見たりもするのだが、その年長者の姿もここにあった。


「怖いおじさん。お腹が減ったよー」


 その年長者の少年がお腹を押さえ、リクに空腹を訴える。昼食には早いがトマトシチューの良い匂いにお腹が刺激されたのだろう。だからと言って収穫作業の大人よりも先に食べて言いはずは無い。

 リクは空になった籠を見て考えた。


「よし、じゃあ今からオヤツを生やすからそこの空いた籠に入れて行ってくれ。食べながらでいいから」


 全く持って意味不明な言葉に「はぁ」という顔をした子供たちを他所にリクは指を鳴らす。それを合図にして広場のど真ん中にニョキニョキと芽が生え、プリプリのイチゴが大発生した。


「はぁ? なにこれ、すっげぇ!」

「わーイチゴだー!」


 目を丸くし無邪気に驚く子供たちの真後ろにニュキっとリンゴの木が十数本生え、一斉にパパパパンっと枝に赤い実を垂らした。秋晴れの太陽を浴びてリンゴは美味しそうにツヤツヤと光っている。

 また別な場所にはブドウの木が。離れた場所には桃の木が、その隣にはオレンジの木が、たわわに実を付けている。広場を囲う様に様々な果物の木が生い茂り、その果実を鈴なりにつけていた。


「こっちはリンゴだ!」

「ブドウもある!」

「オレンジも」

 

 リクの周りにいた子供たちは歓声を上げ、その果物の木に突撃していった。小さい子は地面のイチゴにとり付き、背丈のある少年は台を探しだし、それで木の果実をもぎりだした。そんな様子を見ていればリクの表情も緩む。


「怖いおじちゃん」


 黒いおかっぱ頭の小さい女の子が一人、リクのエプロンを引っ張ってくる。皆が果物に憑りつかれていたわけではないらしい。そしてリクは『怖いおじさん』で統一されているようだ。


「どうした?」

「お花の首飾り、作りたいの」


 その子は栗色の瞳でじっとリクを見上げてくる。リクの知っている花の首飾りなど、孤児院時代に女の子が作っていた白い花の奴しか知らない。


「……白い花のヤツか?」


 リクが確認すると「そう、それ!」とその子はニコッと笑う。白い花とはシロツメクサだ。分りやすく言うとクローバーだ。

 花の咲く時期は春が中心で、北方のリジイラではこの時期には咲かない。


「みんなで、沢山作るの!」


 リクがどのくらい作ろうかと思案する前に笑顔の命令が来た。思わずリクは苦笑いをする。きっとデキる上官になるだろう。もしくは奥さんに。


「沢山ねぇ……」


 どこに作ろうかと顔を上げて広場を眺めると、子供に囲まれたカレンが目に入った。伝令としてこの子が派遣されたんだとリクは理解したが、本人が来なかったことの意味は考えないようにした。

 広場の周囲は果物の木で包囲しており、中心部はイチゴが占拠した。リクは「フム」と顎に手をあて少しだけ考える。


「沢山、だったな。やるなら徹底的にだ」


 フッと息を吐いたリクがパンと手を叩くと、土がむき出しだった広場すべてににゅろっと芽が生え、茶色だった地面がわさわさと緑に覆われていく。足元からいきなり生えた草に子供たちは「うぎゃぁ!」と悲鳴を上げた。

 そんな声をスルーして、ポンという音で白い花が開く。広場中でポポポポンと音が弾けて小さな花が咲き乱れた。


「はぁぁぁ、すんごいもんだねぇ……」

「神様だっちゅうのは、嘘でねえかもねぇ」

「ほんになぁ~」


 脇ではお婆ちゃん部隊が感嘆の声を上げていた。


「わぁぁ、お花だー!」


 リクのズボンを掴んでいた女の子は目を輝かせながら一目散にみんなの所へと駆けて行った。カレンを中心にした女の子の集団が広場のあちこちでしゃがみこみ、花を摘んでは輪っかにしていく。そしてそこにはお婆ちゃん部隊も混ざって子供たちと一緒になって花冠を作っているのだ。


「そういや、孤児院の先生からもらったのが最初で最後だったか」


 かしましく花の首飾りを作っている女の子たちや元女の子達を見たリクは、ふと思い出した。孤児院の先生には貰ったが、それっきり誰にも貰えなかった苦い思い出だ。

 のんびりとした花摘みの光景の広場に、どやどやと人が集まる音が近づいてくる。午前中の小麦収穫が終わって昼食を取りに来たのだ。


「あぁ、もう昼か」


 笑顔のエリナを先頭にした集団に籠いっぱいのパンを抱えた奥様方も混じっている。彼女達はひたすらパンを焼いていたのだ。


「おいおばちゃん達、そろそろ配膳の支度をしてくれ!」


 リクが声を掛ければ「あらあら」「良いところなのに」「続きはあとでね」などと声をかけ孫たちとの遊びを中断して戻ってくる。


「わぁ! クローバーの絨毯!」


 農民スタイルのエリナが広場に広がるシロツメグサに気がつきしゃがみ込んだ。やっぱり女の子は花冠が好きなのだろうか。


「っていうか、なにこれ……」


 エリナと一緒に帰ってきたヴィンセントが広場埋め尽くすクローバーと白い花たちと広場を囲う果物の木々を見て呆然と立ち尽くしていた。





 広場で昼食をとり終わった人たちは思い思いに休憩時間を楽しんでいた。クローバーの緑の絨毯に寝っ転がって寝る男。シロツメグサの花冠を娘と作る母親。胡坐をかいて談笑する男達とそれに混ざって騒ぐ若い女。広場の隅っこには、いつ来たのかユーパンドラとマーシャが座り込んで会話を楽しんでいた。

 エリナはヴィンセントと一緒にクローバーの上に座り仲睦まじいところを無自覚に見せ付けている。エリナが編んだであろうシロツメグサの花冠をヴィンセントが首にかけており、恐らくそのまま午後の収穫に向かうのだろう。そんな微笑ましい二人を、領民は温かく見守っている。

 これが本来のリジイラなのだ。


「やっぱり、ここはいい」


 その様子を眺めていたリクは、そう思わずにはいられなかった。リクもこの暖かい風景に混ざれるものなら混ざりたい。だがそのために多大な迷惑はかけたくない。子供に囲まれて楽しそうに遊んでいるカレンを見て、ジレンマに深いため息をついた。





 昼の休憩も終わり、エリナたちが収穫作業に戻るとリクは空になった鍋を屋敷の井戸まで運び、洗っていた。すぐに洗わないとこびり付いて落ちなくなる。

 おばあちゃん部隊はカレンと一緒に子供の面倒を見ている。夕食の用意まではリクも休憩時間だ。


「流石に疲れたな」


 久しぶりに大量の食事を用意したせいか、体がだるかった。カレンが頭に居座ることによる睡眠不足も影響していたものある。


「少し休むか……」


 井戸のそばにある樫の木の根元の胡坐をかき、幹に背を預けた。乾いた秋風が体を扇ぎ、体の緊張を取り去って行く。あまりの気持ちよさにリクの意識はすぐに薄れ、静かな寝息をたてはじめた。軍人の癖に無防備だが、のんびりとしたリジイラに感化されてしまったのだ。

 そんな静かな風が吹き抜ける屋敷の裏にある厨房の入り口から、周囲を窺う様にカレンが顔をだした。


「あれ、アイツ、確かここに来てるはずって、ちょっと!」


 井戸のそばの樫の木にもたれかかり項垂れているリクを見たカレンは悲鳴を上げた。実際は寝ているのだが、熊のエプロンをしたまま動かない様子では間違えてもカレンのせいではないだろう。


「リク、大丈夫!?」


 カレンは駆け寄りリクの顔を覗き込むと、心配そうな表情を呆れへと変えた。


「寝てるのー!?……まぁ、倒れてるわけじゃないから、いいかぁ」


 眉尻を下げ、困った顔のカレンは隠し持っていたシロツメグサの花冠を両手に持った。


「今日はお疲れ様。みんな、トマトシチュー美味しいねって言ってたよ」


 カレンは微笑みながら花冠をそっとリクの首にかけるが、ぐっすり寝てしまっているリクはピクリともしない。


「……みんなの分の食事作るのは大変だよね~」


 カレンは静かに寝息を立てるリクをじっと見つめた。ちらっと見ると逸らされてしまう目も、まじまじとみると赤くなってしまう頬も、今は動かない。ちょっと頬がこけて見えるのは、寝不足が原因だろう。

 まぁ、あたしも寝不足だけどさ。

 苦笑いするカレンは指でリクの頬をぷにっと刺す。


「んん……」


 リクは嫌なのか顔を横に向けてしまう。しかしカレンは起きろと言わんばかりに尚もつんつんと頬を突っつく。疲労がたまっていたのかリクはそれでも起きない。


「もぅ、せっかく来てあげたんだから、起きなさいよ……起きないと~」


 カレンは急にぐるりと首を回し、周囲に人がいないか確認するとゴクリとつばを飲み込んだ。


「起きないよね……起きちゃダメだから。ダメだからね」


 といいながら、カレンは少しずつ顔を近づけていく。近づくにつれ顔が火照り鼓動がうるさくなる。 


「カレンせんせー?」

「うひゃぁぁ!」


 急に後ろから声をかけられカレンは飛び上がった。がばっと振り返ればチカが不思議そうに首を傾げていた。


「あーびっくりした。な、なんでもないのよ?」


 顔を赤くしているカレンが額の汗を拭う様を見たチカが「ちゅーしようとしてたー?」と暴露する。熱くなっている顔が更に加熱されお湯が沸きそうだ。


「そそんな事はないわよ? それより何か用事があったんじゃないの?」

「そうだ! ケントがいじめるの。せんせーしかってー!」

「あら、それはいけないわねー」


 カレンは腰に手をあて、困った顔をする。鼓動は駆け足でそんな余裕などないのだが先生モードに戻さなければいけない。

 あー、あたし何やってんだろ。

 どっと疲れが出たカレンは気を取り直してチカの手を取り歩き始めた。


「ケント君はチカちゃんが好きだもんね。チカちゃんは、どう?」


 手を繋いで歩いているカレンがそう言うとチカは「きらーい」とほっぺを膨らませる。だがチカがケントを気にしているのをカレンは知っているのだ。ふふっと笑うカレンにチカが反撃する。


「せんせーは怖いおじさんのことが好きなのー?」

「ぶはっ! と、突然なにいうのよ」

「えーだって、いま、ちゅーしようとしてたー」

「それは、気のせいです!」

「えー、ほんとー?」

「本当です!」


 予想外のチカの口撃に冷や汗をかいたカレンは、あれは頑張った『ご褒美』なんだと突っぱねて否定を貫いた。

 ちょっとだけがっかりしてたとは、口が裂けても言えないのだ。

シロツメグサの花言葉は『私を思って』(他にもありますが)です。

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