第四話 犯罪もいいとこだ
リク一行は、夕方前に街道沿いの宿場町に入った。公都には街灯があるが街道にそんな物があるはずもなく、真っ暗の中馬を走らせる事もできないからだ。
公都から近い事もあって街の規模も大きく、道行く人の数も多い。街を守る外壁の入り口から中にはいり、開けた場所に馬車を停めた。農夫であったり、給仕の服を着た女性がいたりと道行く人たちの格好は様々だ。窓から外は活気に満ちていた。
「お嬢様、宿を探してまいります」
窓の外から御者がエリナに恭しく話しかけている。
「お願いします。あの、いつもの条件で……」
「畏まりました」
御者は頭を下げると静かに雑踏へと消えていった。
「そうか、宿か」
「はい。ニブラまでは五日ほどかかります。あまり無理をして馬が疲れてしまうのを避けたいので」
「なるほどねぇ。軍じゃ野宿だったからなぁ。贅沢なもんだ」
エリナの返答にリクは小さく息を吐いた。前線ではテントか本当に野宿だった。戦線に散っている各部隊に食料を供給するためにひとところに留まる事が少なかったせいもある。常に移動し続けるから荷物は最小限になる。食料はその場で自分で作った方が早い。ベッドで寝たことなど両手で足りてしまう回数だった。
「そうなのですか? リク様はどこかに住んでいらっしゃるのかと……」
エリナは大きく口を開け、大袈裟と思えるほど驚いている。貴族の娘には戦場での生活など想像もつかない事なのだろう。生憎とリクは十年間戦場から帰っていない。ベッドなど夢の中で寝るものだった。
「その、様ってのは止めてくれないか。俺はそんな大層な身分じゃないし、そう言われると鳥肌がたつ。リクと呼んでくれればいい」
エリナはあくまでリクを丁重に扱っている。身分からしたらリクの方が「様」を付けなければならないはずだ。
「それはあんたも一緒な」
リクはカレンに顔を向けた。カレンもリクの事をエリナの婚約者として扱っている。睨んでいる事は別として口調は丁寧であり、扱いも同様だった。仕える主人の伴侶ということであれば当然の態度ではあるのだが、それはリクにとって面倒な事でもあったし、なにしろこのままおとなしく従うつもりなど微塵もないからだ。
何故このような成り行きになっているか把握できないうちは滅多に動けない。しかもこれは軍令でもある。ただ反抗すれば軍人であるリクには軍法会議が待っており、命令がかなり上位からであれば場合によっては死刑もありうるのだ。作戦立案と同じで、まずは状況把握が優先である。
「それは、命令、ですか?」
さも不機嫌にカレンが答える。
「あぁ、命令だ」
リクもそっけなく答えた。こんな些細な事で口論をするつもりはないし、リクの見た所カレンは街娘か商家の娘だろう。エリナのような貴族のお嬢様という感じではない。砕けた口調の方がお互いに話しやすいだろうとの思いもある。
「お嬢様、よろしいですか?」
「えっと、あの……」
カレンが主人であるエリナに確認するが、そのエリナは答えあぐねている。成人してもいないだろうエリナに、のちの影響まで考慮して決める事は難しいのだろう。
「問題は無い。問題があった時はオレのせいにすればいい」
エリナが決断しやすいようリクは助言する。自分に強要されたことにでもすれば、難癖つけられた時でもエリナの責任はと言われないだろう。エリナはリク同様、間違いなく被害者だ。せめて年上のリクが庇ってやらねばならない。
「あっそ。助かるわ」
リクの言葉を是と捉えたのか、カレンの口調が一変した。
「その方が俺も話しやすい」
「あんたと話すことなんてないわよ」
カレンはぷいっとそっぽを向いてしまう。中々厳しい対応にリクも苦笑いするしかない。ただエリナだけがオロオロとリクとカレンの顔を交互に見ていた。
「んで俺はエリナお嬢様とでも呼べばいいのか? こう呼んだ方が良いとかってのはあるのか?」
リクはオロオロとするエリナに顔を向ける。急に厳つい顔が向いたのでエリナが小さく、ひっ、と悲鳴を上げた。
「あの、あの」
「エリナ様とお呼びするのが正しいと思うけど、あんたにお嬢様の名前を呼ばれるのは癪に障るわ」
エリナの代わりにカレンが答えてくる。ここまで嫌われていると、一周回っていっそ清々しい。
「じゃお嬢様ってのはどうだ? 俺的にはお嬢ちゃんと呼ぶのが楽でいいんだが」
リクの提案にカレンの額からブチっと音が聞こえた。
「なによそれ! お嬢様をバカにしてるとしか思えないわ!」
血相を変えたカレンがリクににじり寄ってくる。赤い瞳が迫力ある視線を送り付けてくるが、リクも負けてはいない。
「悪いな、バカで学が無いもんでな。所詮戦争孤児の軍人だ。無知は大目に見てくれ」
リクは悪びれずに言い切った。頭が悪いのは十分自覚している。
「信じらんない! なんであんたなんかがお嬢様のお相手なのよ!」
「そんなの俺が知りてぇ! 俺は何も聞かされてねえんだ!」
「そんなのあたしの知ったことじゃないわよ!」
「なんだと!」
狭い馬車の中でリクとカレンが言い合う横でエリナは涙目になってオロオロとしているが、意を決したのか手をぎゅっと握りしめた。
「あの! 止めて、くだ、さい……」
エリナが仲裁に入ったはいいがリクとカレンの二人に同時に見られ、尻すぼみに声が小さくなってしまった。
その様子を見ていたカレンは「申し訳ありません」とエリナを宥め始める。リクもこれまでの鬱憤が爆発してしまい頭に血が上ってしまっていたことを反省した。
「すまないお嬢ちゃん。ちと頭に血が上っちまった。大人げなかったよ」
エリナはポロポロと涙を零しており、それを見たリクはどうしようもない罪悪感に襲われた。いい大人が何をしてるんだと頭を振る。
「あんた、お嬢様よりも六つも年上なんだから、ちょっとは労りなさいよ! 大人でしょ!」
そうカレンに言われてリクは戸惑い、エリナを見る。
「ん? ちょっとまて、六つだと? お嬢ちゃんは成人してるのか?」
「え? え?」
突然振られたエリナが顔を左右に振り戸惑いの声を上げる。ちなみに成人とは十六歳からだ。
「あんたの目は飾り物なの? どう見たらお嬢様が成人女子に見えるのよ!」
「いや、見えないから言ってるんだ!」
「そうよ、見えないでしょ! って、あれ?」
お互いの言葉の応酬が予想外に噛みあっている事に気が付き、リクとカレンははたと見合った。
「ちょっと、待ってくれ。お嬢ちゃんは今何歳だ?」
リクはカレンの言った事と自分の年齢とがあわない事に違和感を感じ、エリナに尋ねる。
「あの、十四歳、です、けど。お聞きになっていませんでしたか?」
目に涙を溜め、怯えたうさぎの様に震えながらリクに確認してくる。
「何にも聞いてねえし……つか、お嬢ちゃんの見た目から成人してねえってのは分ってたが……」
「ちょっと、あんたっていくつよ! あたしと同じ二十歳としか聞いてないんだけど!」
カレンがエリナを守るようにぎゅっと抱きしめながら睨みつけてきた。
「……二十八だ」
リクの言葉に二人は揃って「にじゅうはちぃ!?」と声を裏返した。
「わわわ、わたしの倍です……」
「あ、あたしより八つも上なの?」
ショックを隠し切れないエリナは視線を泳がせ、カレンは大き目の口を開けっ放しだ。
「あんた立派なオッサンじゃないのよ……」
「自覚してるがオッサン言うな。地味にショックだ……」
カレンにオッサンと言われ、リクはガックリと項垂れた。まさかの年齢ダブルスコアである。褐色の筋肉マッチョが馬車の中で小さくなっていた。
「年齢詐欺よ! 犯罪だわ!」
カレンの更なる追い打ちにはさすがにリクも反撃する。
「だから俺は何も聞いていないと!」
「そんなの知らないって言ってるでしょよ! このロリコン!」
「俺にそんな趣味はねぇ!」
だがカレンに取りつく島は無かった。組んだ腕に見事な胸を乗せ、鼻息を荒くしている。
「誰か俺に説明してくれ!」
頭を抱えたリクの方が泣きたかった。
そして無事に宿を取ってきた御者が馬車の中の喧騒にどうしたらよいのか困り果てているのに気が付かれるのは、五分ほど後の事だった。
毎日投稿もここまでなり。