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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第三部
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第三十七話 そんなんじゃない!※

サブタイトルはカレンの叫びです

 自らの心臓も駆けっこしている状態のカレンは自室に入り後ろ手にバタンと扉を閉める。そして扉に寄りかかり、はぁーっと安堵の息を吐いた。ドキドキして仕方がない胸に手を当てて呼吸を整える。


「な、なんなのよ」


 脳裏には、病気なのかと思っていた顔を赤くしたリクの顔が浮かぶ。自分が元気づけたら呆けた顔を真っ赤にしてふいっと逸らした。そのままカレンを見ようともしなかった。

 その意味するところくらい、カレンにだってわかる。自分の顔が熱くなるのも、わかっている。


「あ、あたしは何とも思ってないんだからね!」


 どこの誰に何の言い訳をしているのか、動揺しているカレンにも分らない。ブーツを脱ぎ捨てそのままベッドにダイブして枕に顔をぐりぐり埋める。


 ――何とも思っていないのになんで彼のとこにいったの?


 心の中で『良い白カレン』が腕を組んで呆れた顔をしていた。呆れた表情でカレンの心の内を的確に抉ってくる。


「イライラしてたから桃でも出してもらおうかと思ってたの!」


 カレンは枕を胸に抱きながらごろごろと転がる。自分の心に言い訳だ。


 ――ヤキモチかい? 情けないねぇ。


 心の中の『悪い黒カレン』が寝っ転がって頬杖をつき、ぼやく。見透かすような目でカレンを見てくるのだ。


「だー、違うって! あの女がアイツを見てたのが気に入らなかっただけだって!」 


 やっぱり枕を抱き、赤い髪を大暴れさせて転げまわる。カレンは自分の心にすっとぼけたが、一般的にはそれをヤキモチという。


 ――あの女性(ひと)、綺麗だったしね。とられると思った?


 『良い白カレン』と『悪い黒カレン』が綺麗にハモッた。


「ちがーーう! とられるとか、そんなんじゃない!」


 頭からリクの姿を巻き消すがごとく枕をポスポスと頭に打ち付ける。赤い髪が盛大に広がっただけで、腕を組み口をひん曲げたリクは頭の中に堂々と座っていた。

 観念したカレンがベッドに仰向けになると、視界の片隅に窓際に置いたピンクのチューリップの鉢が入ってくる。ニブラでリクに貰ったものだ。煉瓦色の鉢の中にちょこんと座り、萎れる事も花が閉じることも無く、元気に咲いている。

 チューリップの咲いている期間は通常一週間程度だ。ニブラで貰った時から既に十日は経っている。萎れていてもおかしくは無い。

 リクの言っていた通り、リクが死ぬまで咲き続けるのかもしれない。ある意味リクと繋がっているのだ。もっと言えばリクそのものでもある。


 ――ピンクのチューリップの花言葉って「愛の芽生え」なんだって。


 今度はレジイラに向かっている馬車の中でのエリナの声が頭に再生される。瞬時に頭が沸騰してピーっと湯気を噴きそうだった。

 

「アイツがあたしの事を……そんな事、あるわけない!」


 カレンの胸中はイライラとドキドキが渦巻いてしまい、たわわが弾け飛んでしまいそうだった。


「うわぁぁぁぁ。明日からどうしたらいいよぉぉ!」


 どうして良いか分らない心の叫びは、どうして良いか分らない口によって、青い叫びとなって放出されたのだった。





 屋敷の三階にあるカレンの部屋の隣のマーシャの部屋では、ユーパンドラが捻挫の薬の塗布をしていた。寝る前に塗っておくことで治癒の効果が上がるのだ。


「あら、あの娘が叫んでるわ」


 カレンの魂の叫びが隣の部屋から聞こえてきたのだ。動揺しているカレンは漏れる声まで気が回らなかった。隣の部屋にいるマーシャとユーパンドラには筒抜けになっていた。


「ほほ、若いのぅ。青春じゃのぅ」


 ベッドに腰掛けるマーシャの足元に屈んだユーパンドラが塗布を終わり包帯を巻きなおしていた。動きの悪い左手でも包帯を巻く事くらいはできる。 

 

「これから冬を迎えるってのに、頭ン中が春になっちまったのかねぇ」


 マーシャが呆れてため息を零す。確かにお淑やかな行動ではない。この時間に叫べば部屋が近いエリナの耳にも入るたろう。もっとも、この叫びをニヤニヤして聞いているだろうが。


「なんでまた(リク)なんだか……」

「まぁ、アイツも顔はアレじゃが、それ程悪い奴ではないですぞ、マダム」

「それは普段を見ていれば分りますけど」


 マーシャは困った顔だ。屋敷に来てからのリクの行動を見ていれば人となりは分る。厳つい顔ほど粗暴ではないし、むしろおとなしい草食動物だ。エリナに対しても無体なことはしない。口は悪いが調理はできる、力仕事もこなせるで実際は助かってばかりだった。


「アイツも不憫な奴でな。軍では良いように使われて、国からは帰る場所もなく放り出されて、ここじゃ悪者にされて。よしっと巻き終わりじゃ」

「可哀想だとは思いますけどねぇ」


 マーシャもリクの事情はユーパンドラから聞いていた。裏を聞けば可哀想とも思うがエリナの為を思うと優先順位が物を言うのだ。


「神様も残酷な事をしよるわいっと」


 よっこらせとユーパンドラが立ち上がり腰を伸ばすとペキペキと可愛い音がする。体が小さいと音も可愛いのだ。


「あいたたた……」

「先生、腰を揉みましょうか?」

「おー、いつもすみませんな」


 ユーパンドラが「あいてて」と唸りながらベッドに俯せになる。ここ数日、マーシャが治療の後に腰をほぐしているのだ。


「こちらこそ、こまめに治療して頂いてますから。せめてお返ししないと」


 膝立ちのマーシャがユーパンドラの腰に両手を当て、そのふくよかな体を傾ける。


「おぉぉぉ、効きますなぁぁぁぁ」

「お歳なのにこん(辺鄙)なところまで来て、診療もされてるんじゃ、腰も痛めますよ」

「はは、診療はもはや趣味ですからの。それが綺麗なお嬢さんならご褒美と一緒で……あー腰が伸びますなぁ……」

「あら、こんなおばさん捕まえてお嬢さんなんて、いやですよ~」

「魂が抜けてしまいそうですじゃぁ」


 ユーパンドラは「ほぇぇ」と情けない声をあげた。そのまま逝ってしまっては困るが、まだお呼びはかかっていない様だ。


「……どうなるんですかねぇ」


 腰を解しているマーシャが呟く。特に感情のこもった声ではなく、ごく普通の声質だ。変わってユーパンドラはそう簡単にはいかないと思っていた。あのビオレータの事があるからだ。

 リクは建て前上エリナの婿として来ている。そのリクとカレンがデキてしまえば問題は解決してしまうかもしれないが、マーシャは母親として胸中穏やかではいられないだろう。顔はともかくとして、国の監視下に置かれている婿など問題が起こる未来しか予測できない。その監視役が腰を痛めているお爺さんではあるが。


「まぁ、なるようにしかなりませんわい、あいたた」

「あらごめんなさい。強かったかしら」

「ちょぴっと、な」


 悶々とした隣の空気とはうって変わって、この部屋にはのんびりとした時間が流れていた。





 翌朝、眠そうな目をこすりながら朝食の配膳をするリクと、同じく眠そうな目で目の前の皿を眺めているカレンが、お互いをチラ見しつつ気にしていない素振りをしていた。

 二人の目の下の隈は酷い。色々な妄想が温泉の如くぐつぐつと湧き出で二人ともあまり寝られていないのだ。

 そんなキョドってる二人をニコニコと嬉しそうに眺めているエリナが口を開く。


「明日は待ちに待った小麦の収穫です。私とヴィンセント様は収穫の指揮と手伝いにまわりますから、カレンは子供達の面倒を、リクさんはお婆ちゃん達と昼食の用意をお願いします。二人とも()()()、してくださいね」


 リクがチラッとカレンを見ると、彼女の赤い瞳が出迎えた。昨晩の事が脳内に映し出されたリクは顔が熱くなると同時に視線を逃がす。それはカレンも同じであった。

 挙動不審な二人に三人の視線が注がれる。


「明日はあつくなりそうです!」


 エリナは嬉しそうに笑った。

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