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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第三部
38/89

第三十六話 腹の中は真っ黒ぽいけどな

またちょっと長いんです……でもいいよね?(;・∀・)

 その夜、夕食の片付けもあらかた終わり、厨房の壁に寄りかかり細い葉巻をくゆらせているリクの元に、まだお仕着せを着ているカレンが訪ねてきた。手に持った四角いランプに照らされた顔はムスッとしているように見える。


「まだ起きてたのか」


 明らかに挙動不審に辺りに視線を逃がしながら厨房に入ってきたカレンを見たリクが呟く。笑顔でないカレンには耐性ができたようで、いつもの対応ができていた。


「ちょっと水を取りに来ただけよ」


 カレンが厨房にある椅子に座り、両手でランプを抱えた。水を取りに来たというのは口実のようだ。尖らせた唇は、何かの不満を如実に知らせており、流石にリクも何か用事があるのだと気が付く。

 そしてその内容も。


「何だ? あのビオレータってヤツの事か?」


 答えの代わりにカレンが横を向いた。大方昼間の事だろうとあたりをつけたら見事に命中したらしいがご機嫌斜めな様子。そんな横顔も可愛く見えてしまうリクの頭はおめでたい。医者も治せない病気だ。

 

「……綺麗な女性(ひと)だったね!」


 カレンが不機嫌な声をだす。顔は背けたままだ。そんな様子が虫の居所の悪い猫のようで、リクの中に良い子良い子と撫でまわしたい保護欲がむくむくっと首を擡げる。


「まぁ、綺麗だったな」


 リクはチラリとカレンを見つつ葉巻を口に咥えたまま答えた。ここで「お前もだがな」などという言葉が出てこないのは残念だが。


「髪も長くて美人だったね!」


 横顔のカレンからは不機嫌な言葉が続く。自分が肩辺りで髪を切っているから気にしたのだろう。女性は結婚すると髪を短くする場合もあるが、未婚は大抵伸ばしているのだ。カレンの場合、動きやすさと朝のセットの時間短縮の意味合いもあって比較的短くしていた。


「大人の女って感じはしたな」

「あたしなんかより、よっぽど肌も白くて綺麗だったね」

「腹の中は真っ黒ぽいけどな」


 どことなく棘を感じさせるカレンの言葉を聞いても、リクは腕を組み壁に寄りかかったまま動かなかった。原因は分からないがイライラを抱えているのはリクにも察せられる。が、かける言葉が見当たらないのだ。気のきいたセリフが浮かばないのは経験値不足である。浮いたセリフを発しても、その顔で言うなと言われてしまうかもしれないが。


「で、ご機嫌斜めのお嬢様は如何なされたのですか?」


 つっけんどんな言い方だが、これくらいの距離感がリクには丁度良いのだ。カレンとは言い合うくらいが心地よい。

 カレンがゆっくり振り向き、半分になった赤い瞳でじーっとリクを見つめてくる。


「どうせ、あの人について行っちゃうんでしょ! 綺麗な人だもんね!」


 言い終わるやぷいっと横を向く。ランプに照らされたカレンの横顔は拗ねた少女にも見える。


「あー、綺麗かどうかは人それぞれだと思うが、提案自体は悪くねえな。俺がいなくなった後の始末をどうやってつけるかは謎だけどな」


 リクの答えをカレンは横を向いたまま聞いていた。望んでいた答えなのかは分からない。ただリクがリジイラを出て行くのは、現段階では決定事項だ。リクはチクチクと刺してくる胸の痛みには気がつかない振りをする。


「ここを出て行って、どこに行くのよ! 家も無いって言ってたじゃない!」

「あては、ねぇな。行きてえってところも……あー、なくはないか」


 リクは天井を見上げて煙を吐いた。別にやりたい事があるわけでは無い。やりたい事があればとっくに軍を辞めていただろう。実際に辞めさせてもらえたかは別問題だが。

 故郷もなく家も無いリクには行くあても、行きたい場所も無い。ただ一か所だけ、滲むように頭に浮かんだだけだ。


「へぇ~そんなとこあるんだ~」


 切れ上がる目の端に赤い瞳を置いたカレンが挑戦的に問うてくる。普段よりも仕草が好戦的だ。


「あー、今はまだ終わってねえだろうが、戦いがあった場所、だな」

「そんなところに行って、どうするのよ」

「そこにはな、弔われることもねえ奴らが山ほど眠ってんだよ。敵も味方もな。まぁそこに行ってだな、戦場だった荒れ地に手向けの花でも咲かせてやろうかなと思ってな。そんなことができるのはこんな能力がある俺くらいなもんだろ」


 リクは自嘲的な笑みを浮かべる。望んでもない能力のせいであちこちに問題火の粉を散らすのはもうごめんだった。

 カレンが静かに立ち上がり、つかつかとリクに歩いてくる。リクの眼の前でピタッと止まりぐっと背伸びをした。近寄ってくるカレンに「ご褒美だ」「敵襲」「ダメだ逃げろ」など心の会議室が騒めきまくっているリクの顔に、そのカレンが手を伸ばし、むにっと頬を抓ってきた。

 「なんで接近を許した!」「嬉しいけど近い、近すぎる!」「手を伸ばせば揉めるんじゃね?」と紛糾する心の会議に身動きが取れないまま心拍数が激増しているリクはカレンの鋭い視線にさらされる。そのカレンの口がゆっくりと開く。


「だからって、あんたがどっかに行くことはないじゃない!」


 頬を抓るカレンの指が震えているのが分かる。顔も不機嫌を極めた顔だ。女神さまはご機嫌斜めからお怒りなられてしまった。


「孤児院の時に先生に言われたことがあんだよ。人の幸せってのはどのくらいって決まってんだと。あれだ、今は孤児で不幸だけど、将来はその分幸せがくるって言いたかったんだろ。そんなもん来やしねえんだけどな」

「……それで?」


 カレンの目が座っている。真っ直ぐに見つめてくる赤い瞳が怖い。


「まー、こんな能力を授かっちまったもんだからよ、本来の幸せの上限をぶち破っちまってんだ、俺は。だからこれからは辻褄合わせに不幸が降りかかってくるんだ。お前らに迷惑はかけたくねえから出て行くんだ。仕方ねーけどこれで合ってんだよ」


 リクの言葉にカレンの目が大きく開き、頬を抓る指にも力がこもる。

 

「何よそれ! 幸せの上限なんて、そんなの決まってるわけないじゃない! そんなのあんたが勝手に思ってるだけじゃないのよ!」


 キッとリクを見透かすような赤い瞳が感情的に訴えてくる。


「こんな能力なんて言わないでよ! 凄いんだよ! あたしの好きな桃だって創ってくれるじゃない! 薬草だってぱっと創ってお母さんの薬をつくってくれたじゃない!」

 

 カレンが感情をぶつけてくる度に頬を抓る指も揺れ、その表情も揺れ動く。くしゃっと歪んだ顔で唇をかみしめているカレンの、そんな顔が見たいんじゃないとリクの頭が謀反を起こす。手が勝手に動き、摘ままれているとの同じようにカレンの頬を摘まんでいた。


「ここは居心地がいい。ここにいる人間は生きてる。生きようとしてる。俺だってここにいられりゃいたいくらいだ。そーは言ってもな、俺が消える以外の他に良い手が思いつかねえんだ!」


 気がつくとリクの口は動いていた。手も口も反乱を起こしたらしい。心は本拠地に引きこもりだ。


「なら、いれば良いじゃないの!」

「いられねえだろよ、嬢ちゃんに迷惑がかかるんだぞ?」

「どうすればいられるのかを考えなさいよ!」

「だからその考えが浮かばねえって言ってんだ!」


 頬を抓り合いながら言い合うリクの頭にはユーパンドラ言葉がよぎる。 


 ――要はお前の子供がいればいいんじゃ。


 自然と目の前のカレンに視線が行く。潤んだ赤い瞳が見据えてくる。リクの中の悪いリクが「このまま押し倒しちまえ」と囁くが、その結果として見る事になるだろうカレンの悲しい顔がそれを押しとどめる。

 リクの見たいカレンの顔は嬉しそうに笑う顔であって悲しみに暮れる顔ではない。想像しただけで軋む胸が転がり落ちてどこかに消えてしまいそうだった。

 

「……いいじゃない、いれば。いてよ」


 むーという顔のカレンが頬から手を放した。つられるようにリクも手を放す。


「そしたら、いつでも美味しい桃が食べられるしさ」


 頬を赤く染め恥ずかしげに笑うカレンの顔を見たリクの頭はのぼせあがる。カレンの笑顔の右ストレートが鮮やかにリクの脳髄に直撃したのだ。思わず口を開けてしまったリクの頭にその笑顔が満遍なく染み込むまでたっぷりとカレンを見つめ続けた。

 短い時間ではあったがカレンの笑顔を堪能しきったリクの顔はチンチンに熱くなり「くっ」っと即座に顔を背けた。手遅れだが背けるしかなかった。

 横を向いたのは熱くなる顔を見られたくないからだが、お互いの頬を摘まめる距離でそれは無意味だ。


「え? あれ、ちょっと、どうい……えぇぇぇ!」


 リクの顔が赤く染まり、そのとった行動の意味が分かったのか、きょとんとしたカレンの頬が段々と赤く染まっていく。いたたまれないリクは顔を横から下に向きを変えた。床を耕して穴を掘ってニンジンにでもなっていたい気分だった。

 お互い黙り込む気まずい空気の中、カレンが後ずさる。


「も、もう寝ないと!」


 踵を返したカレンが駆け足で厨房を出て行った。リクは崩れるように床に膝を、手をつき、項垂れたまま盛大なため息をつく。だが頭の中は大騒ぎだった。

 やべぇ、バレタバレタバレタ! どーすんだよ、俺! 

 脳内会議は過労で散会となった。出席者のない会議室で立ち尽くすリクの脳裏に、恥ずかしげにはにかむカレンの笑顔がフィードバックされる。


「あぁぁ!」


 リクは床に額をぶつけるがカレンの笑顔は消えそうにない。満遍なく染み込んだソレは簡単には消えない様にリク自身が格納してしまったのだ。羞恥心からリクはゴロゴロと厨房の床を転がり回る。


「……これ以上惚れさせんな。つーか、明日からどの面下げて会えってんだよ……」


 知られたくなかったものが、よりによって本人にバレてしまったリクの呟きは泣き言のようだった。

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