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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第三部
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第三十三話 それもあるかもな

 お伽噺の馬車を見送ったリクとカレンはお互いを見合い「行くか」「そーだね」と言葉を交わす。リクの頭の中はあの怪しい女の事で占められており、心配そうに窺ってくるカレンの表情には気がついていない。

 ユーパンドラの言っていた「どこぞの商会」の手の者なのか、それとも――


「リク! 畑につっこんじゃう!」


 後ろから来たカレンの叫びにリクはハッと思考から意識を戻した。いつの間にか右に逸れていたのか道端の畑に突撃しそうになっていた。


「うおぉ!」


 腕がミチっと音をたてる程力を籠め、右足を地面で踏ん張り、左に腰を捻る。ギギギと荷車が悲鳴を上げるがリクは自慢の筋肉でねじ伏せる。


「ちょぉっとぉぉ!」


 急旋回している荷馬車の上でカレンが手摺にしがみ付き振り落とされない様にしていた。捲れたスカートから真っ白の足が見えてしまっているがそれを気にする余裕はないようで、悲鳴を上げて続けている。


「この!」

「うわあぁぁぁ!」


 マッチョな筋肉で無理やり方向転換決めたリクだが荷馬車の上のカレンは酷い有様だった。スカートもめくれ上がった状態で腿まで見えており、カレンは腰掛けの上に転がっていた。


「おい、だいじょ……」

「イタタタ」

 

 カレンの無事を確認しようとしたリクの目に、艶めかしい白い足が飛び込んできた。普段はまずお目にかかれないカレンの綺麗な白い足に視線が吸い込まれて動けない。ヘビに睨まれたカエルの逆で、カエルを見つけたヘビの心境だ。ご主人様にお座りと言われてへっへっへと舌を出して次の言葉を待っているイヌの心境ともいうべきか。リクはこのラッキーな状況にとある部分を凝視するしかなかった。


「もー、よく前を……」


 ムクリと起き上がり文句をぶつけようとリクに向いた瞬間、カレンの言葉が止まった。リクがどこを見ているか、その視線を辿ったのだ。


「……」


 カレンが瞳孔が開いてしまったかのような凍える赤い瞳をリクに向けてくる。リクがカレンの視線に悪寒を感じ視線を上に向けると、冥府の底から甦って来た亡者の様な焦点の合っていない赤い瞳と出会う。


「いやこれは――」

「この……スケベ親父がぁぁ!」


 言い訳を申し立てようとしたリクの視界にはカレンのブーツの底が映し出され、それっきり真っ黒になった。その直前に、足以外の何か白いモノを見たがために避けられなかったリクが悪いのだ。例えそれが不可抗力だとしても。





「一週間、桃ね」

「わかった」

「お嬢様のリクエストの他に、だからね」

「わかった」

「あと、あたしが食べたくなったおかずも作ってね」

「わかった」


 再び動かし始めた荷車の上で、カレンは冥府の判事の様に腕を組み、リクを睨みつけていた。リクは言われたことにイエスと答えるしか許されない。

 飛んできたブーツの靴底の味はリクの眠気を吹き飛ばすにはちょうどよかったらしく、頭も大分クリアーになっていた。もちろん見たものは脳内の保管庫に大事にしまわれているが。


「それくらい当然よ!」

「……(蹴られたけどな)」

「あたしの純情な足を見たんだから!」

「……(綺麗だったな)」


 鼻息の荒いカレンに対し、それくらいでいいのか、安いな、とも思ってしまうリクも大概だった。そして、お淑やかとは一体何なのか、との疑問が首をもたげるのだ。

 

「まさか、これが狙いでやったんじゃないでしょうねぇ」

「不可抗力だ」

「じゃあなんでよ!」

「……考え事してた」


 のどかなリジイラの風景の中をゆっくりと進む荷車で、かしましい喧噪は続いていく。


「さっきの美人さんを思い出してたんじゃないの~?」


 カレンの口調が嫌らしい色を帯びた。更に不機嫌になったのは顔を見るまでもなく分る。


「……それもあるかもな」


 リクは上の空で答えた。何らかの理由で自分を狙ってきている人間だと考えていたことは確かだ。ニブラでは夜に隠れるようにだったが今回は昼間から堂々と来た。向かった先はエリナの屋敷だろうと予想はつく。屋敷に帰る事にはいなくなっていると良いが、などと考えてみたものの、執着具合からそれは無いと思わざるを得ない。

 こんな事をカレンに話せば要らぬ不安をかきたてるだけだ。カレンには笑っていて欲しい。笑顔を曇らせる様な事を話すわけにはいかないのだ。


「なによ!」


 遠くでカレンの不機嫌な声が聞こえるが、思考に没頭しているリクには届いていないのであった。





「こーんにちはー」


 目的の家についたカレンが外から大きな声をかけている。その多少大きめの家には大きな煙突があり、建物の中からは金属同士がぶつかるガキンという音が絶え間なく続いていた。


「鍛冶屋か」

「うん、リジイラで唯一の、ね」


 リクの横にいるカレンが教えてくれる。機嫌は良くなったようでリクはホッとした。


「ヘンリーさーん! とーりーにー来ーまーしーたー」


 カレンは声を張り上げるが、それでも中から聞こえる金属の音は変わらない。


「戸を開けて呼べばいいんじゃねえのか?」

「……じゃあリクが開けて呼んでよ」


 うにゅうとカレンが口を尖らせた。何か嫌な予感がしつつも言われたとおりに戸を開けると、中から飛び出てくる熱波が顔を襲ってくる。そしてその後には耳の奥が壊れそうな程の音が畳み掛けてきた。熱波と轟音で頭がくらっとする。

 作業場と思われる土間の奥ではスキンヘッドの中年男性が真っ赤になった金属を手に持つ金槌でガツンガツン叩いていた。そりゃ聞こえねな、とリクは納得する。そして空間を支配する凄まじい熱気に、何故カレンが戸を開けなかったのかも納得した。これでは肌も髪も傷んでしまう。


「おい、おっさん!」


 怖いおじさんがおっさんと声をかけるのも滑稽だが致し方ない。汗だくで作業をしているスキンヘッドの男性が顔だけ向けて「あぁー?」と顔を歪ませる。


「ヘンリーさーん! お鍋とりにきましたー!」


 リクの背後からひょこっと顔を覗かせたカレンが叫ぶ。金槌の音が無くても(ふいご)の音や薪が燃える音がうるさいのだ。


「あー、カレンちゃんじゃねーか。そこの熊みてえな奴ならコイツを投げちまうとこだったぞ」


 ヘンリーと呼ばれた男は手で弄んでいる金槌を持ち上げニヤリと笑った。これもカレンが戸を開けなかった理由の一つだろう。リクがいたから盾にする気満々だったろうが。


「おぉ、直し終ったぞ。年代物だからいい加減新しくした方が良いなあ」


 ヘンリーが作業場の隅に積み上げてある鍋を指さした。下からデカい順に積み上げてあるそれは、大きいものはリクがすっぽりと入れそうな程デカイ深鍋だ。グツグツ煮込んだらリクも出汁が効いたいい男になるのだろうか、などと思っているのか分らないカレンが「お金がねー」と困った顔をする。リシイラで生産できない物には金が付きまとう。鍋も作ることは可能だが原料の鉄は買わねばならない。仕方のない事だが無駄遣いはできないから使えるうちは修理して使うのだ。





 深胴の鍋やら横に広い鍋達五個を荷車に積む。落ちない様に紐で結わくのは当然だ。


「明後日から収穫だからね」

「おー、皆で行くわい。その代り旨いもん食わしてくれよ」

「大丈夫、コイツがいるから」


 荷車に座ってヘンリーと会話をしているカレンが笑顔でリクを指さす。コイツ呼ばわりだが先程の事があるのだから仕方がない。人扱いされるだけましかも、とリクは考えた。軍では懲罰でモノ扱いもされた事があるのだ。主に覗きでだが。

 その時の女性たちからの扱いは酷かったと、しみじみと思い出していた。悪いのはお前だ!、であるが。


「……エリナ様の相手だとか。の割には扱いが酷いんじゃないか?」

「良いのよ、コイツ扱いで」


 カレンの凍るような視線にもリクは直立不動で微動だにしない。これくらいは軍で慣れているからどうってことはない。逆立ちより百倍ましだ。


「マッシュが神様だどうのと騒いでおったが……」

「神様?」


 ヘンリーの言葉にカレンが、なんだそれとばかりにリクを向く。


「先日逃げた牛を捕まえに行った時に牧場を整備してやったんだよ。自警団として来てた中にマッシュってやつが居てな。そいつが大地の神とか言い出したんだ。俺は人間だっつーの」


 リクはその時を思い出し口を曲げた。『先生』だの『神様』だのおだてるように言われるときは大抵碌な事がない。軍でもそんな奴がいたが大体裏があって、あれを創って欲しいとか言われるのだ。便利なモノ扱いと同じだった。

 そんな碌でもない思いをしたからリクは口をひん曲げるのだ。

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