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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第二部
24/89

第二十三話 ピーマンも食えよ

また四千字になってしまいました……(;・∀・)

「なんであたしのにピーマンが多いのよ!」


 翌朝、食堂での朝食の席で赤い髪を振り乱しながらカレンが吼えた。


「食事には(いろどり)が大切なんだよ。色ってのはな、まんべんなく摂る方が良いって昔から言われてるんだ。緑はもちろん赤、黄色。サラダだって葉っぱばかりよりもトマトを添えた方が見栄えも良いだろ?」


 持ってきた薄汚れたエプロンを捨てエリナから渡された真新しい白いエプロン姿のリクが応戦する。所謂おばあちゃんの知恵袋的な知識で整然と反論するのだ。

 一応リクの言っている事はそれなりに根拠もあった。昔から赤い食べ物は血を作ると言う言い伝え的なものもあった。長い航海では黄色くすっぱいものも食べないと病気にもなった。理由ははっきりしていないが長い間の経験から導き出された知識だ。


「そ、それは分るけど、あたしのお皿にはピーマンが余計に入ってるのよ!」


 カレンがエリナとマーシャの皿を見比べながらリクに文句を叩きつけているのだ。ちなみにカレンが不服を申し立てているのはピーマンの肉詰めを焼いたものだ。エリナとマーシャには三つ。カレンには四つ並べられている。

 ただしピーマンはきちんと熟して黄色くなっている。サラダが緑な分他のおかずで不足している色を補おうという輜重部隊を率いていたリクの矜持だった。

 食べることは生きる為に必要であるが喜びでもあるのだ。


「あのなカレン。お前リジイラに来るまでに食事でピーマン残したろよ。そのお残しの分だ」


 リクは逞しい腕を組んでカレンに指摘する。調理した物は食べて欲しい。リクに限らず、誰もが思うことだろう。そしてお残しは許しません。


「だってピーマン苦いんだもん」

「子供かよ!」


 カレンがほっぺを膨らませてぶーたれる様にリクがツッコみをいれた。マーシャは呆れて「まったく」と乾いた笑いしか出来ないでいる。


「カレン。あんたはもういい大人なんだから、好き嫌いしないで食べなさいよ」


 呆れ顔のマーシャもリクに同調した。信用できるできないと意見の一致は別なのだ。


「だってー」

「確かに緑のピーマンは苦いさ。でもこれはちゃんと熟してるんだから大丈夫だ。旨いから食わず嫌いしないで食ってみろって」

「むー」


 打って変わってリクは諭すように話す。作った以上は食べて欲しいからだ。

 今朝の献立は、刻んだレタスに昨晩取ったトウモロコシを塩茹でにしナイフで削いだものにプチトマト。黄色ピーマンにブタの肉を詰めてオリーブオイルで炒めたもの。朝方採ったタケノコを生でスライスした物。ジャガイモ、ニンジン、タマネギをたんまりと入れたスープだ。デザートはメロンとなっている。


「しかしまぁ、タケノコとかトウモロコシだとか、なんで秋にこんなのが並ぶんだろうっておかずだねぇ。しかもメロンまで……」


 マーシャは眼の前に並んだおかずを眺めながら複雑な表情をしている。この時期では収穫できないものだからだ。タケノコが穫れるのは春先だし、トウモロコシもメロンも夏まっさかりの時期だ。並ぶはずがないものを食べられるのは嬉しいがありえない事なのでその表情なのだ。


「タマネギとかは領地の人がもってきてくれた奴を使った。まぁそれ以外は俺が創ったやつだ」


 どうやらこの屋敷には野菜などを届けてくれる人がいるらしく、よくある食材はそれで賄っていた。パンも焼いた物を届けて貰ったものだ。


「朝から多いです」


 エリナは量が多いと顔を引きつらせていた。リジイラに来るまでのエリナの食事量は少なかった。痩せすぎだったために一気に食べさせるのは良くないと判断したリクが量を押さえていたせいもある。だが領地に帰ってきた以上遠慮は無用だ。


「嬢ちゃんは体が細すぎる。ヴィンセントが来るまでにしっかりと食って体力つけとかねえと、毎晩大変だぞ?」


 リクが意味深に笑うとその意図を理解したのかエリナが赤くなって俯いた。マーシャはそんな会話を冷ややかな目で見ている。リクはそんな目を気にしつつも「暖かいうちに食ってくれ」と促すのだった。





 少し寒いが爽やかな風が吹き抜ける秋晴れの空の下、離れの建物の前でリクは遠くに見える白い山々を眺めていた。南方の孤児院で育ち戦場も南方だったリクは雪を見たことが無い。絵本や話で聞いた知識しかなかったものを、遠くではあるが目にしているのだ。


「山には神が住まうってよく言うけど、これ見ちまうと納得できるな」


 濃い緑で黒く見える裾野から真っ白な頂まで盛り上がる山の稜線が形作る黒と白のコントラストは、神を信じないリクをして神々しいと感じさせた。

 ヴェラストラ公国は特定の宗教を国教にはしていない。崇拝するその対象は光の神であったり愛の神であったり戦の神であったりもする。結構自由だ。

 ここリジイラでも宗教はある。だがそれは特定の神を祀るのではなく、恵みを分けてくれる太陽、森、山、大地、川を神として崇め祀っているのだ。時に猛威を振るう自然を相手に神は助けの手を伸ばしてはくれない。それはここリジイラに限ったことではない。厳しい自然に対して、時には抗い時には感謝する開拓地ではよくある事だった。


「んあー」


 離れの玄関前でリクは背伸びをした。気持ちが良いのか筋肉がギチギチと合唱する。

 エリナの屋敷の玄関前には馬車が十台以上置ける広い空間があり、離れの玄関もそこに面している。だがその広い空間は貴族の屋敷とは思えないほど殺風景だ。

 花壇らしき煉瓦で区切られた場所はあるが雑草が生い茂り、そこらに小石が転がっていて馬車が入り込んでも振動が凄いだろうなと思わせるくらいには整備されていない。整備するだけの使用人がいないのだ。忙しいだろうという配慮でエリナは領地の人間にそれをさせなかった。


「ヴィンセントの屋敷とは大違いだな」


 リクは目をこすりながら荒れてしまっている庭を見渡す。年頃の女性と女の子が住む屋敷にしては寂しすぎる。ヴェンセントあたりが手配して草木を植えることはできようが世話をする人がいなかったのだろう。特にエリナの両親が亡くなってからは。

 そんな事をぼんやりと考えていたリクの視界に、壁代わりの生垣の入り口からトテテと走ってくる子供の姿が入った。茶色い髪を首の後ろで一つに縛った、昨日カレンにしがみ付いていた女の子の一人だった。茶色いスカートを暴れさせて元気に走っている。


「ん~?」


 リクは視線でその女の子の動きを追った。トテテと屋敷の入り口を目指して走る女の子がつま先に何かを引掛けたように前のめりになり、べしゃっと倒れてしまった。履いているスカートが花を咲かせてしまうほど派手に転んだ。


「おい!」


 リクが駆け寄る前に女の子はむくりと起き上がりぺたんと地面に座り込む。そして「ううぅ」と土がついた顔を歪め始めた。


「いったぁぁぁい!」


 上を向いて火のついたように泣き始めたその子の脇にリクがしゃがみ込むが、泣く子をあやすことなど孤児院でしかやったことが無い。もう二十年ほど前のことで覚えていない。


「どこか痛いとこはって、顔だよな……他にいたいところは無いか?」

「ふぇぇぇぇん!」


 リクは泣いているその子の顔についている土を袖で拭いつつ顔以外に怪我がないかを調べ始めた。女の子は泣きながら膝のあたりを指さす。スカートで見えないが転んだ際に地面とゴッツンコしたのだろう。

 小さいとはいえ女の子。さすがにスカートをめくると言う行為は憚れる。カレンに見られたらロリコン呼ばわりされるが関の山だ。そして嫌われる。リクとしては、それはどうしても避けたいところだった。


「どどどうすりゃいいんだ」

「ふぇぇぇぇん!」


 褐色マッチョが小さく屈み、なすすべもなくアワアワしている様子は非常に滑稽だ。肉体言語は巧みに駆使するが宥める言葉は出てこない。これが男の子だったら「男なら泣くな」と一括すれば済むのだろうが女の子相手にはそうもいかないのだ。


「ちょっとリク! あんた何チカちゃんを泣かせてるのよ!」


 泣き声に気がついたのかカレンが屋敷の玄関から顔を覗かせている。そして泣かせた原因がリクであると断定したようだ。


「ち、ちげぇ。この子は転んだんだよ!」


 濡れ衣を着せられそうなリクは反論するが、赤い髪を獅子の如く広げて駆け寄ってくるカレンの目は険しい。

 バタバタっと駆け寄り膝を地面につけたカレンが泣いているチカを抱き締める。


「ごめんねーチカちゃん怖かったでしょー。悪いおじさんにはよぉーく言っとくから、もう大丈夫よ」

「うぅぅぅ」

「違うって、俺は何もしてねえって!」


 カレンがチカを宥めながらもキッとリクを睨んでくる。リクが誤解だと弁明しても聞き入れてくれそうにない。カレンにとっては教え子になるので大事なのだろうが、少しくらいリクの話を聞いてくれても良さそうなものだ。


「ぐす、カレンせんせー、あたし転んじゃったの。怖いおじさんは、悪くないよ」


 涙を目に溜めたチカが顔を上げてカレンを見ている。ちょっと土が付いている顔は泣いているからか鼻が赤く、ぶつけたのか頬も赤くなっている。


「あ、あら、そうなの?」


 チカの顔を見て目をパチクリとしたカレンが気まずそうにリクを窺ってきた。


「だから言ったろよ」

「いやーチカちゃんが大泣きしてる横にあんたがいたからさ~てっきり」


 ジト目のリクに対してカレンが「あはは」と言いながらチカを立たせ服の土を手で払っている。茶色のスカートだから目立たないが結構土がついてしまっていた。


「膝をぶつけたみてぇだ」

「あらら、いたかったねー。ちょっとせんせーに見せてくれる?」


 カレンがチカの頭をくりくりと撫でているとチカがこくんと頷いた。チカが立ったままそろそろとスカートを上げていくとカレンが「あんたは見ちゃダメ」と目の前に手を翳してきた。子供とはいえ女の子だから気を使ったのだ。

 リクは言われたとおり視線を逃がした。そしてチカが来た方を見ると、そこから見たことのないほど立派な装飾が施された白い馬車が入ってくるのが見えた。その馬車はゴトゴトと揺れながらリクとカレンの近くに停まり、扉から何故かヴィンセントが飛び降りてきた。


「どうしました?」


 白い馬車から降りてきた王子様(ヴィンセント)にチカはきょとんとしているが「あ、ヴィンセント様だ!」と元気な声を上げた。痛みよりも王子様が勝ったらしい。小さいとはいえチカは女の子だった。


「んー、どうしたんじゃー」


 続いて馬車から降りてきたのは白衣の上に深緑の軍の外套を着て、黒い山高帽をかぶった小さな爺さんだ。その爺さんを見たリクが呟く。


「げ、パンドラ爺さん……」


 リクはありえないという顔をした。

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