第二十一話 信用しろとは言わねえ
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「カレン。マーシャが抱っこされてるのが羨ましいのかもしれないけど、ちょっと落ち着いて!」
エリナがカレンに向かって捲し立て、くるっと向きをかえリクを見てくる。口をわなわなと震わせるカレンが反論しようとしたがとり付く島もなかった。
「リクさんもマーシャをベッドに降ろしてください」
ビシッとベッドを指さしたエリナが凄んできた。予想だにしなかったエリナの迫力にリクも「お、おう」と黙って従うしかない。リクはマーシャをそっとベッドの降ろし、そそくさと離れた。
一番困った顔をしているマーシャがエリナとカレンとリクの顔を見比べている。誰が説明してくれるんだろうとあたりでも付けているのかもしれない。その視線に気が付いたリクは俺に聞くなとばかりに苦い顔をする。
「ふぅ、疲れた」
似合わない気迫を使ったせいか、エリナがかっくりと肩を落とした。そして残りの三人も、はぁ、と肩を落とすのだった。
「……そのお話を信じろとおっしゃられても、あたしには信じられませんよ」
エリナが事の顛末をマーシャに説明した後の彼女の言葉である。マーシャはベッドに腰掛けつつ、チラリとリクを睨みあげてくる。
「お母さん、そーかもしれないけどリクは悪い人じゃないよ! リクだって逆らえなくってここまで来たんだから!」
「それだって演技かも知れないよ? はいそうですかと信用できるもんじゃない」
カレンが手振りも交えて説得しようとするがマーシャは自分の考えを譲らない。いままで生きてきた経験がそう言わせるのだろう。
その言葉にカレンが思わずリクを見てくるが、当のリクは「そうかもしれねえし、違うかもしれねえ」とそっけない。会ったことも無い人間が、軍人であり強面のリクを無条件で信じるはずがないと思うのは正常な思考だろう。
マーシャにしても主の婚約を破棄せざるを得ない状況にした元凶を、その主が問題ないと説明しても簡単には信じられないのは当然だ。つまり、どうしたって平行線なのだ。
「そんなっ」
「嫌うなら嫌ってくれてた方が気が楽だ。俺は淡々とやるべきことをやるだけだ」
カレンが抗議の声を上げてくれるがリクはやはりそっけない。超アウェーの状況で気をすり減らしているよりは、嫌われていること前提で物事を考えていた方が気も楽であるし遠慮もいらない。何をどう繕ったってリクは受け入れてもらえる立場では無いのだから。現実を受けいれる派のリクはそう思考を変えただけだ。
「とりあえず俺が寝起きする場所を決めて欲しい。女ばっかりの所に俺がいるわけにもいかねえだろ。この建物の他に離れがあったが、あっちを借りていいか?」
疑ってかかるマーシャの事はまずは横に置いておいてここでの生活を決めなければならない。
「あそこは二年以上使っていないからどうなっているか……」
エリナが言いよどむほど悲惨な状態なのかもしれないが、野宿するよりはましくらいにしか考えていないリクにとって、雨風が凌げれば上等だ。
「片づけりゃいいんだろ? 部屋が一つあればいい。どうせ持ってきた物も鞄とサーベルくらいしかねえしな」
もともと定住できなかったリクに所持品は少ない。戦場で店などないから買い物もできず、物が増える要因が無いからだ。
「あっちにはベッドもありませんし……」
「戦場じゃ木の根っこが枕だった。床に寝てりゃいいだけだろ?」
「物置として使っていたので風呂もありませんし……」
「敷地内に井戸はあるんだろ? 頭から水でも掛けりゃすむ話だ」
「古くなってしまっていて部屋の鍵も使えるかどうか……」
「俺がいる部屋に忍び込む奴なんていねえだろ。大体金目の物なんか持ってねえ」
エリナがあれこれ心配する事にもリクは滔々と答える。貴族令嬢のエリナと軍人のリクとでは感覚が違うのだ。エリナは言い負かされたからか黙ってしまう。
「あ、あやしい奴が侵入してきたらどうすんのよ! ニブラの時のあの女みたいな!」
カレンが負けじと異議を申し立てる。最早リクが離れにいようがいまいが関係ない内容になってしまっているが。
「リジイラは五百人くらいの人口だろ? 見かけない奴がいたら即怪しまれるんじゃないのか?」
「うぅ……」
リクは即答する。軍でも怪しい奴が見つかる事もある。隊が違っても毎日顔を突き合わせていれば自然と覚えるものだし、見かけない顔もすぐにわかるのだ。
「大体俺が簡単にやられると思うか?」
リクは不機嫌そうに口を曲げた。さっきは自警団のオルテガを筆頭に十人ほどを叩きのめしたばかりだ。正直リジイラにリクよりも腕っ節の立つ男はいないだろう。むしろ侵入してくる可能性があるのはリクの肉体美にのぼせた奥様方ではないだろうか。リクにはそっちの方が恐ろしい。
「そ、そうだけどさ……」
カレンも言い負かされてしまい口ごもる。頭は悪いがリクの言っている事は正論ではあった。
「話は変わるが厨房はどこだ? 他の使用人の姿が見えねえって事は、この二人でこの屋敷を回してたんだろ? カレンが調理をするとは思えねえからマーシャさんがやってたんだろうがその足じゃ無理だ。それに、嬢ちゃんを健康優良児にするって決めたからな。食事は俺が用意する」
既に陽は傾きかけている。陽が沈めば片付けも出来なくなってしまう。その前にやらなければならない片付けをして夕食の用意をしなければならない。食事は、リクが果物を創るようにパッとできるものではない。下ごしらえから色々とやる事があるのだ。
「なによ! 確かにあたしは調理はできないけどさ!」
「ただで厄介になるわけにもいかねえだろ。厨房での仕事は受け持つぜ。他にもできる事はやる。ともかく言い合ってる時間がねえ。この屋敷も埃が溜まってるから掃除も必要だ。やることだらけだぞ?」
「う……そうだけど……」
リクに一方的に言われたカレンが押し黙ってしまう。急にリクの態度が変わってしまったからかエリナもカレンもおどおどと戸惑っている。マーシャはリクを疑ってかかっているからか、口を挟まない。部屋には嫌な沈黙が訪れていた。
「そーしたいっていうんだから、やらせてやりゃ良いじゃないか」
沈黙の中、マーシャがなげやりに発言した。途端にエリナとカレンの視線がマーシャに注がれる。
「その方が俺も助かる」
売り言葉に買い言葉ではないがマーシャの発言にリクは冷ややかに答える。今度は二人がリクに振り向いてきた。息もぴったりだ。
「そんな!」
「この人は話が早くて助かる」
エリナが焦っているがリクはにべもない。
「ほら、その人もそう言ってるんだし」
「俺が良いって言ってんだから問題ねえだろ? それに俺が嬢ちゃんの近くにいたらヴィンセントも落ち着いてられねえだろよ」
敵対してはいるが意見は一致しているリクとマーシャ対部屋は綺麗なところという認識のエリナとカレンの構造だ。育ちの差は埋めがたいのだ。エリナとカレンは二人の顔を交互に見ている事しか出来ていない。
「なんだい、ヴィンセント様を呼び捨てかい?」
「悪いね、孤児なもんで育ちが悪いのさ」
あきれた顔のマーシャに対してリクは肩を竦める。
「まったく、なんでこんなのがお嬢様の……」
「そりゃこっちも言いたい事さ」
マーシャとリクは同時に深いため息をついた。
足をけがしているマーシャと一緒に取りたいというエリナの要望で、夕食はマーシャの部屋でということになったがリクは辞退した。マーシャとの関係があまりよくはない事とつもる話もあるだろうというリクなりの気配りだった。夕食も終わり、リクは厨房の外にある井戸で食器や鍋などを洗っていた。調理は片付けまでが調理だ。
リクが大きなタライにいれた食器をブラシで洗っていると、厨房からカレンがにょきっと首を覗かせた。リクは洗い物に集中して気が付いていない。
カレンは厨房の中を見て誰も見ていないことを確認すると、きょろきょろとあたりを見渡す。コクンとひとつ頷くと、こそっと足を出した。
その出した足が地面に着いた瞬間、二本のツタがぼこっと地面から生え、しゅるしゅるっとカレンのブーツに巻き付き、動けないように固定してしまう。ツタに生えた大きな二枚の葉っぱが挨拶するように左右に揺れた。
「ぎ、ぎゃぁーー!」
あられもないとはこの事か、という悲鳴を月夜に轟かせ、カレンはペタンと尻もちをつく。「あわわ」とお尻をついたまま後ずさりしようとするカレンをリクは見つけた。
「お前、何やってんの?」
リクは呆れた声を出した。