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野菜将軍と赤いトマト  作者: 海水
第二部
20/89

第十九話 なんとなく懐かしい感じがする

すみません、長くなりました(;・∀・)

「ただいまー」

「エリナ様おかえりなさい!」


 畑仕事の手を止めて手を振って来るレジイラの住人に手を振りかえし挨拶をしながら歩くエリナを先頭にカレンとリクはファコム辺境伯、つまりエリナの屋敷に向かっている。遠くには白い雪をのせた峰々がリジイラの北から東に至るまで聳え立っている。その白い雪は万年雪だ。隣国との国境はその峰になり、裾野には手つかずの森が広がっている。開拓できる、宝の森だ。

 リジイラは人口が五百人に届かない街だけあって建物も密度は濃くない。畑の中に家が固まって建っているという感じだ。

 貴族の領地は基本的に荘園制で領民は労働者になる。ここレジイラでは開拓地という事情もあり、小麦、塩、砂糖、油といった生活必需品は領主が統括して管理し、領民に配給するという手段を取っていた。

 開拓というのは主に草原や荒れ地を耕し森を切り拓き耕作地にしたり、そこに生活をするための基盤を形成する事を指す。つまり土地造成の進みやその土地の土壌の質の問題などもあり、確実な収穫が見込めなかったりもするのだ。

 あてがわれた土地により収穫に差が出て、それが領民の中で不平とならないような策であった。それにすべての領民が農業や開拓作業をする訳でも無く、鍛冶、大工、服を作る針子、酪農家、パン焼職人、綿花から糸を創る人、リジイラを守る自警団など必要な職種に確実に食料が回るようにしたのである。


「へぇ、配給制か。面白い仕組みだな」

「でしょ~。これ考えたのってあたしの曾お婆ちゃんなんだよ」


 カレンは嬉しそうに笑う。エリナの後について行くリクはカレンからリジイラの説明を受けていた。リクは歩きながらリジイラの街の様子を見ている。畑の作物はリクが見ても標準を上回る収穫が見込めるように思えた。小麦畑はリジイラの街の北西方向に広がっており、野菜などは街の中に作られている。

 道は踏み固められただけであり、馬車や荷車は揺れると想像するのは簡単な程だ。家屋は簡素ではあるが頑丈そうに見え、ここでの生活の優先順位を知らせてくれた。ともかく丈夫で壊れないように。見た目は二の次、質実剛健。

 家が十軒程固まって建っており、そこには井戸があった。共同で使用するためだろう。家が集まるのは何かあった時に協力し合うためだ。

 厳しい環境に如何に合理的に対応し生活できるか、という試行錯誤をしている様にも見えた。


「なんか駐屯地みてえだ。家をテントにしたらそっくりだ」


 リクは周りを見渡し、少し懐かしさを感じていた。戦場ではないが、十年続けていた生活に、どことなく似ていたのだ。


「……俺的には過ごしやすそうだな」


 リクは安堵の息をつく。貴族の様な生活を強いられるかと思っていたリクにとって、この光景は歓迎すべきものだった。公都などの都市と比べれば不便だろうが、戦場という不便の極地にいたリクにとって、問題ではない。生きるということに精一杯ということは余計な事が無いということでもある。現状は良い生活とは言えないが、これより悪くなるということは無いのだろう。

 希望的観測過ぎるが、あるとすれば良くなっていくだけだ。


「私の曾お爺ちゃんが、元軍人なんです。多分軍での生活を参考にしたんだと思うんです」


 先を行くエリナが背中に手を回しくるっと向きを変えた。ふわっと広がるスカートとここ(リジイラ)を開拓し始めた自分の曾祖父を自慢するはにかむ笑顔が、彼女がまだ十四歳だと思い出させる。その肩に領地を背負うエリナはまだ少女なのだ。


「ね、いいところだろ、思いません?」


 首をちょっとだけ傾けたエリナは心からの笑顔を見せた。その笑顔は、先達が切り拓いた土地に絶対の自信を持つ領主の物だ。エリナはきちんと辺境伯の精神を引き継いでいた。


「なるほど。強かで可愛らしい婚約者を、ヴィンセントが絶対にあきらめない訳だ。一目ぼれだって言ってたけどなぁ」


 エリナがリクの言葉に頬を赤く染めた。第三者からこうもはっきりとヴィンセントの気持ちを聞くことも無いのだろうが、それだけが原因ではないだろう。昨晩に何があったのかは当人のみが知るところだ。

 ヴィンセントはエリナの可愛らしさとひた向きさに惚れたと言っていたが、十分に理解できるとリクは思った。ただ、体つきだけはヴィンセントとは意見が合わないとも確信した。


「あら、やきもち?」


 にやけた顔のカレンがリクの視界に割って入ってきた。


「するかよ。嬢ちゃんはヴィンセントが予約済みだ。第一俺はもっとだな、こんな女がいいんだよ」


 リクはそう言いながら両手で女性の胸から腰、お尻にいたるラインを描いた。ボンキュッボンというやつだ。

 リクの描いたものを想像したのかカレンが胸を隠すに腕を組むが、隠しきれないうえにその大きさを誇張するような感じになってしまっていた。自然とリクの視線も導かれるが、これは男のサガという奴だ。


「何よスケベ親父! こっち見ないでよ!」

「見てねえよ!」


 嘘だ。ばっちり見ていた。リクは今更ながら目を逸らす。


「嘘つき! ばっちり見てるじゃない!」

「お、お前だって俺の裸をじろじろ見てたろよ!」

「あれはチカちゃんとクリスちゃんがバッチイ物を見ないようにしたからよ!」

「バッチイとは何だよ!」

「バッチイのはバッチイのよ!」


 やましいところがあるリクは反撃も弱い。恥ずかしいのか褐色の頬を少しだけ赤くしている。ちなみにチカとクリスとはカレンに引っ付いていた女の子の名前である。

 二人の言い合いを、エリナが楽しそうにニコニコと眺めている。


「ふふふ。これから楽しくなりそうです」


 リクと会ったころからは想像できない笑顔で、エリナがそう呟いた。





「そーいや金がないとか言ってたけど、収穫は悪くなさそうだぞ。なんで金が無いんだ?」


 リクとカレンのヒートアップも収まったころ、ふと疑問に思ったことをリクはエリナに尋ねた。金がないと言うのでもっと貧しいのかと想定していたのだがあっさりと裏切られたからだ。穀物にしても売れば金になるはずだった。


「それは……」

「お金の絶対量が少ないのよ」


 言いよどむエリナに変わってカレンが答える。


「リジイラはこの街で完結するように運営されてるの。なるべく外に頼らないようにね、それにここは開拓の村が基になってるから」

「なんだか良く分からねえ」


 カレンの説明を聞いてもリクにはさっぱりだった。屯田兵ではないリクに開拓の村というものは分からないのだ。


「全くオバカサンなんだから。ここはカレン先生が教えてあげましょう」


 カレンは歩きながらも背筋を伸ばし、顎をひき、お淑やかなお嬢様に変身した。リクはため息をつきつつも「へーへー、お願いしますよセンセー」と先を促した。


「初期の開拓地には、お店なんかありません。自分切り拓いた土地で採れたもので生活します。足りない物は自分で作る。これが開拓地の掟です」


 人差し指をピコンと立てたカレン先生がリクを見てくる。分かりますか?と言われているようでリクはお尻がむず痒くなるのを感じた。

 リクは勉強が嫌いだ。頭よりも体を働かせる方が向いていたのもある。

 リクが渋々頷くとカレン先生は「よろしい」と満足げに微笑む。その笑みが可愛いのがまた癪だったがリクは素直に瞼に記憶した。


「で、それがどう繋がるんだよ」


 リクがちょっと不機嫌に促すとカレン先生はふふっと笑う。馬鹿にされてる気がするリクだが、カレンの笑顔が予想以上に破壊力がある事に不機嫌を装って動揺をごまかしていただけだった。


「ま、物々交換ってのが主だったのよ、昔はね。だってお金があったって使う所が無いんだもの。で、ファコム領はいまでも物々交換が主なの。それがお金が無い理由よ」


 カレン先生が自慢げなドヤ顔の向こうで、エリナが何か言いたそうにちろちろとリクを見てくる。


「お金が全くないわけじゃないんです。ここリジイラにはお医者様がいません。だから大けがや病気の時はニブラまで運ばなければなりません。当然治療費もかかるんです。その時に必要になるお金は領主である私が管理してるんです」


 病気ともなれば医者に診てもらう必要があるし薬も買わなければならない。ヴィンセントのいるニブラで治療するとなれば物々交換など通用しないだろう。つまり金が必要なのだ。だがリジイラは金が無くとも生活できるようにしている為、領民は基本的に金をそれほど持っていない。必要が無ければ持たない方が身軽だからだ。


「で、大切な金は無駄に使う事ができねえから、公都までの間は食事を抜いてたった事か?」

「リジイラには特に産業がありません。ニブラに持って行って売る物が無いんです。お父様が生きている頃は森で狩った獣の毛皮なんかを売ってお金を得ていましたが、それも……」


 亡き父を思い出してしまったのか、エリナが目を潤ませてしまう。その事に気がついたカレンがそっと抱きしめた。


「だから最低限の支出に抑えたかったのよ。馬車で公都に行くのだってこっちの持ち出しなのよ? そりゃ食事抜くのはきつかったけど仕方ないじゃない」


 カレンはエリナを擁護する様に声を張り上げる。馬車をひく馬の食事を抜く訳にはいかないし、御者が倒れられても困るから彼には食事を食べてもらった。エリナとカレンも最低一日一回は食事をとった。

 リクは、なんでヴィンセントに頼まなかった、と言いそうになったがその言葉は口の中に閉じ込めた。ヴィンセントに頼めば快く金を出してくれるだろうが、無理強いとはいえ婚約破棄を頼んできた相手に金を渡すことは、体面上できなかったろうという考えに至ったからだ。

 好きな相手が困っているのに手を差し伸べる事が許されないのはヴィンセントにとって忸怩たる思いだっただろう。全ては自分の存在が引き起こした事かと思わざるをえないリクは力なく息を吐いた。


「誰も悪いなんて言ってねえ」


 リクは二人の頭にポンと手を乗せる。

 ヴィンセントに引き継ぐまでにその辺の心配は片づけてやる。せめて、自分にできることはやって、この二人に残そう。

 そう、リクは心に決めた。

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