第十四話 その顔は反則だ
言葉のとらえ方って、難しいですよね……
あと、少し長いです。
この場面をうまく切れなかったのです……
リクは、女が走っていった方と見てぽかーんと口を開けているカレンを見た。
「……一人で来たのか?」
リクの声にカレンが顔を向けてビシッと指さしてきた。
「あんたがいつまでも帰ってこないから、探してくるようにお嬢様にお願いされたのよ!」
カレンは来たくなかったと言わんばかりの口調だ。
あんなことがあったんだから会いたくはなかっただろうに嬢ちゃんのおもりも大変だ、とリクは苦笑する。
「ちょっと涼んで考え事してたんだよ」
リクはよっこらせと立ち上がる。結構な時間考え事をしていたのか、通りの人も殆どいない。篝火も弱くなり、夜の領域が急速に増えていた。
「わざわざ迎えに来なくても帰るって。子供じゃないんだしよ。それに女が一人でこんな時間にうろついたら危ねぇだろ」
「仕方ないじゃない、逃げちゃったのかと思ったんだから。一応護身用の短刀ぐらい持って来たわよ。大体あんたが帰ってくればあたしは出なくても済んだのよ!」
カレンがぷぅとふくれながらも外套の中から短刀をちらっと見せてくる。だがそんなちゃちな武器で何とかできなかったらどうするつもりだったのだろうか。いくらエリナの命令とはいえ危険すぎる。
栄えている都市だからこその危険もあるのだ。
例えば人攫いとか。
人が多いからこそ分かりにくくばれずらいということもあるのだ。
リクは肩を落とし息を吐く。カレンが文句も言いたい気持ちはよく分かるからだ。
「んじゃ帰るぞ」
リクはズボンのポケットに手を突っ込み、歩き出した。
ヴィンセントの屋敷は大通り沿いにある。道にはまだ篝火があり、月明かりと合わせて歩けないことは無い。
人通りも無くなった寂しい大通りを、リクとカレンは黙って歩いていた。
「あのさ……」
石畳を踏みつける音だけが響く中、ふいにカレンが立ち止まり、リクを見上げ話しかけてきた。
「さっきは、その、ごめん。あんな酷い事しちゃって。でもあれは、お嬢様の命令じゃないから。あたしが、おかしくなってただけだから」
篝火でオレンジに照らされたカレンは、勝気な顔を曇らせていた。主人を庇うつもりだったのだろう。
だがリクにとってそれが命令であろうがなかろうが大した問題ではなかったし、いままでのカレンの行動から察すれば、それは独断と判断できた。
「あぁ、あん時は驚いたな。びっくりして心臓が止まるかと思ったぜ」
リクはわざと大げさに肩を竦めて見せる。
「ご、ごめん……」
リクの冗談にも付き合えない程カレンは思いつめているように見えた。カレンは口をぎゅっと結び、俯いてしまう。そんな様子にリクは「ったく」と小さく息を吐いた。
「冗談くらい分れよな。お前にナイフを向けられたってどうってことねえし、俺がそんなに簡単にやられちまうようだったら生きてここにはいねえって」
リクがカレンの頭をポンと叩き「ほら行くぞ」と声をかける。が、カレンが顔を上げ潤みがちな赤い瞳を向けてくる。
「謝って済むことじゃないけど、本当に、ゴメン」
消えそうな声で謝るカレンの、いまにも零れそうな涙の向こうに、赤い瞳が揺れていた。
「気にすんな。嬢ちゃんの為を思っての事だろ? そんな顔してると折角の美人が台無しだ」
リクがわしわしっとカレンの赤い髪をかき回すが、カレンの反応は薄い。ここまでやれば反発してくるだろうと思っていたリクは少し心配になった。今もカレンは涙をため込んだ赤い瞳を向けてくるのだ。
「この事は、お嬢様には内緒にして欲しいの。こんなことになったのは自分のせいだって思いつめちゃうから」
必死に訴えてくるカレンに対しリクはふぅと肩を落とし「んなこと言わねえよ」と返す。
普通であればとんでもないことであり許される事ではない。が、事情が事情であり今の状況が普通とは言い切れず、カレンの行為をリクは責めるつもりは無かった。
もし自分がカレンの立場だったら、同じようにしていたかもしれない。そう考えるとカレンが可哀想に思えてならないのだ。
リクはカレンの背中に手をやり「ほら、ぼさっとしてると夜が明けちまう」と軽く押し出す。トトっと二、三歩足が動いたカレンはそのまま歩き出したが、彼女の手はリクの左腕の袖を掴んでいた。仕方なしにリクは掴まれた左の腕をだらんと下げたまま歩き出した。
また無言の時間が刻まれるが、今度はリクから話しかける。
「さっきな、ヴィンセントと話をしたんだが」
リクの声に袖を掴み黙ってついてきているカレンがふっと顔を上げた。
「ようやく事情がつかめた。うまい解決方法ってのがまだ浮かばねえが、まぁ、なんとかする。だから、そんな暗い顔すんな」
リクなりにカレンを元気づけようとしているのだ。まだ会って一週間しか経っていないが、なんとなく馬が合うような気がして、放っておけないのだ。
「そ、そうなの?」
カレンが目を開いてぎゅっと袖を引っ張って来る。
「まだ考え中だがな」
「そっか……」
また暗い顔に戻ったカレンだが、何かを思ったのかぎゅっと口を結んだ。
「あ、あたしにできる事なら何でもするから、お嬢様を助けて!」
カレンが袖に縋りつくよう迫ってくる。リクの腕を抱き込むようにして訴えてくるせいで、カレンの凶悪ともいえる双峰がむぎゅっとあてられているのだ。
必死なカレンは無意識だろうが冷静なリクにとっては軍の尋問よりもキツい拷問だった。しかも普段は気が強いカレンが潤ませた上目遣いをする攻撃は、リクにとって抗えない何かを与え、引き込まれるが如く目が離せない。
頭がのぼせたように熱くぐらついた。
「バ、バカなこと、言ってんじゃねえ」
顔が熱くなる感覚を誤魔化すように、リクはそっぽを向いた。自分の行為に、ガキかよ、と心で悪態をつく。
「と、ともかくだ。ヴィンセントとは話はついた。嬢ちゃんには心配するなと言っといてくれ」
リクは顔を背けたまま苦し紛れに早口でまくし立てた。
「ホント? ホントに?」
カレンが背けた顔の正面に回り込み、真っ直ぐに見上げてくる。
「本当だから、もうそんなことは言うなよな」
次そんなことを言ったら押し倒すぞ、と続けられないリクに対しカレンが顔を綻ばせた。潤んだ紅玉は細まり、大きめの口は綺麗な弧を描いていた。
「うんわかった、ありがとう」
初めて見るカレンの満面の笑みに、リクはただ見つめるしかできない。カレンの笑みには邪心や何かの目的はみえなかった。本当に嬉しい笑顔なんだと思うと、リクの視線はカレンの笑顔から離すことができなかった。
「よかった~」
胸に手を当て安堵の笑みを零すカレンの顔を見たリクは、ベシッと自分の顔に手を叩きつけた。
くそっ、可愛いじゃねえか!
予想以上の可愛さに、これ以上カレンを見ているとどこかに連れ込んでしまいそうになると判断したリクは、手で視線を遮断した。だが既に手遅れだったようで、心臓の音が外に漏れそうな程、高らかに鳴り響いてしまっていたのだった。
どうにかこうにかカレンを視界に入れないようにしながら、リクはヴィンセントの屋敷へと戻ってきた。カレンを見てしまうとさっきの笑顔が浮かんでしまい足が止まるのだ。そんなリクの苦悩を知らないカレンは足取りも軽く、表情も明るい。
「あ、帰ってきました!」
「無事でよかった」
広い敷地に入ると、リクの姿を確認したのか、玄関先で寄り添うように立っているエリナとヴィンセントが声をかけてくる。そんな二人を見たリクは、お似合いだなとつくづく感じた。この二人は一緒にいるべきだと。
「あの、只今戻りました。えっと、就寝の支度をしにいきます!」
カレンが二人にぺこりと頭を下げ、逃げるように屋敷の中に消えていく。
「あ、ちょっとカレンたら! どうしたの!」
「支度ならもう終わってるのに」
エリナもヴィンセントもカレンの行動の意味が解らず、誰もいない玄関に声をかけていた。そしてやはり意味が分からないリクは二人に顔を向ける。
「俺を探すためだからって、こんな夜にカレンを外に出すこたぁねえだろよ。何かあったらどうするんだ。俺は逃げもしねえし隠れもしねえって」
口をへの字にしているリクを見たエリナが「え?」と声を上げればヴィンセントが、何言ってるんですか?、という顔をする。そんな二人に見られているリクも困惑の表情を浮かべた。
「だって、リクが戻ってこないから探しに行ってきます、ってカレンがささっと外に行っちゃったんですよ?」
「夜で危ないから屋敷の警護の人間を遣わそうってエリナと話をしたのですが、自分が探しに行くって……ニブラも夜は危険なところが多いんです。短刀一つで危険すぎますよ!」
エリナとヴィンセントは目を開いて驚いた様子だ。ぴったりと息の合った二人と予想外のカレンの行動にリクは驚きで開いた口が塞がらない状態だった。
「余程リクさんの事が心配だったんでしょうか?」
「今日の彼女は、夕食の時もどこかそわそわというか気もそぞろというか、僕が知っている彼女ではなかったですね」
エリナとヴィンセントが揃って可愛く首を傾げている。
息ぴったりだなと突っ込んでやろうかと思ったリクだが、さすがに無粋なの止めた。
カレンの行動は、自らがやってしまった事でリクが帰って来ないんだ、と勘違いしてのものだろうとリクは推測した。リクにはそのくらいしか原因が思いつかない。
「……あいつを問い詰めないでやってくれ。何も起こらなかったから、良しとしようや」
リクは困った顔をエリナに向けた。リクとしてはカレンにお願いされてることもあって、もう幕引きにしたかった。
「リクさんがそうおっしゃるのなら」
エリナが困った顔になったが横にいるヴィンセントが「もう遅いですし、寝ましょう」とうまく水を向けてくれた。空気を呼んだのだろうヴィンセントに目で感謝をしたリクは、屋敷の中へと入っていった。