第一話 こんな出会いは困る
新連載です。
「なんだってんだよ急に呼び戻しやがって。まだ戦争は終わっちゃいねーんだよ!」
ヴェラストラ公国の公都デルタの中心地からやや外れた場所にある石造りの軍令部。その回顧主義で武骨かつ厳つい廊下を、濃い緑の軍服に身を包んだ百九十センチを超える褐色でガタイのいい青年が大股で歩いている。
指の厚み程度にまで刈り込んだ茶色の髪。筋ばった顔。軍服に隠れてはいるが逆三角形の肉体からはち切れそうな筋肉。いずれもが彼が歴戦の兵士であることを物語っていた。
苛立ちからか、彼はその迫力ある顔を顰め、肩をいからせ、猛獣の様に歩き続けていた。擦れ違う人間も彼を直視できず、振り返ってから様子を窺うほどだ。
彼はこげ茶色になり古臭くも歴史を感じさせてくれる扉の前に立ち、軍服の襟を正す。そして怒りと緊張を解すように小さく息を吐き、扉をノックした。
「リク大尉です。只今到着しました」
少し間があってから男の低い声で「入れ」と返事がある。自らをリクと呼んだ褐色の青年は静かにドアノブを回した。
部屋の中は奥に小さく区分けされた窓がある以外の壁は本棚で埋め尽くされており、窓の手前には凝った意匠の机が鎮座している。質実剛健。そんな雰囲気の執務室だ。
その武人的な机には金髪をきっちりと七三に分け、見事なカイゼル髭を蓄えた細身の中年男性が机に両肘をつき、組んだ手に顎を乗せ、中に入ったリクを見つめていた。
「ヴェラベラ戦線から帰還いたしました」
「時間通りだ。リク大尉、十年間ご苦労だったな。おかげで長かった戦も、我が公国の勝ちで終わった」
リクが踵を揃え、拳を握った右手を左胸にあてる軍式敬礼をするとその髭の男性はねぎらいの言葉をかけてきた。
「アルマダ大佐。お言葉ですが、まだ戦争は終わっておりません。いまだ我が戦友たちは戦っております」
リクは大き目の口をへの字に歪め、明らかに不服そうな声をあげた。
「すでに趨勢は決した。もはや敵軍は烏合の衆にすぎん」
アルマダと言われた髭の男性が無骨な椅子の背もたれに体を預ける。そして腹の上で手を組み、左の口角を上げた。その言葉にリクは握っている拳に力をこめる。
「ですが!」
「お前には少し休暇を取って貰おうかと思っててな。まぁ、これも任務ではあるんだが」
意外な言葉にリクは眉を顰めた。休暇は理解できる。実の所リクは最前線で十年間戦線を支え続けていた。休みなど無いに等しかった。戦争も終わりだから休暇をとれというのは分るが、それが任務と言われてもピンと来ないのだ。
「そんな怖い顔をするな」
「……この顔が普通です」
「お前を指して獰猛な草食動物とはよく言ったもんだ」
アルマダは肩を竦めた。
パッと見、リクの顔は怖い。長身でマッチョで厳つい顔で、と三拍子そろった悪役であった。
獰猛な草食動物、とはリクのあだ名だ。
「野菜将軍と呼ばれるのとどっこいです」
リクは肩を落とし大きく息を吐いた。野菜将軍というのもリクのあだ名の一つである。これはリクの持つ能力から由来する物だが、揶揄されているようで彼はどれも好きではなかった。
彼の肩書は大尉。将軍などと囃し立てられるのは大抵ロクでもない時なのだ。
「お前を良くあらわしてると思うがなぁ」
アルマダは愉快そうに笑った。リクは盛大にため息をつくと両手を腰に当て口を開く。
「で、なんですか一体。よっぽどのことがあると思って急いで帰ってくりゃ休暇の話とか。意味が解らねえ」
「この場では良いけどな、俺、一応上司だからな? 敬語くらい使おうな?」
一気に砕けた態度と口調になったリクに対し、アルマダも砕けた口調になる。
「一応、だよな?」
「俺ってばお前の後見人でもあるんだぞ?」
「イエス、マイファーザー」
「こんな厳つい息子を持った覚えはねえ」
「何気にひでぇな」
呆れた顔のリクに対しアルマダは愉快そうな笑みを浮かべている。
リクは戦争孤児で、アルマダは彼の後見人だ。親同然といえた。
だからこそ上司であるアルマダに対しここまで砕けた物言いが出来るのだ。
「お前と言葉遊びをするつもりで呼んだんじゃない。ちょっとついてこい」
アルマダか立ち上がるとリクの肩をポンと叩き扉から出て行こうとする。
「ちょ、待てよ」
予想だにしないアルマダの行動にリクは慌てて後を追った。
早歩きで軍令部の廊下を歩くアルマダの後ろを、リクは同じ速度でついていく。階級はアルマダが大佐で断然上だ。人前で横に並ぶことは許されない。
階級を示す星を刺繍したリクよりも高級そうな深緑の軍服に身を包んだアルマダが、とある扉の前で止まった。アルマダが軍令部には場違いなほど、優しいノックをした。
「失礼いたします」
アルマダが低くも紳士的な声を掛け、扉を開けた。中に入るアルマダに続いて扉を潜ったリクの目に入ったのは、ソファに腰掛けた少女と、その背後に立つ若い女性だった。リクはアルマダの斜め後ろに立ちながら、その二人の女性を観察した。
ソファに腰掛けているのは明らかに少女と言える見た目だ。淡いピンクのドレスを着ているが、その胸元から覗く首はスリムを通り越してガリガリであり、痩せているという言葉では表せない程細いものだった。金髪は背中まで伸びているがいまいち艶もなく顔もほっそりとしており、健康的には見えない。大きい目と小さい口が可愛らしいと思わせてくれるが、痩せすぎ、というのがリクの感想だ。服装からすればどこかの貴族の令嬢だろうが、裕福ではなさそうな印象だった。
かたや背後に立つ女性は真紅の髪を肩で切り揃え、その瞳も燃えるような赤である。勝気そうな吊り上がり気味の目と大きい口。リクが何より気になってしまったのは、その胸だ。
ソファの少女は痩せている為か年齢からなのか胸は全く見られず、ペタンコと言っても差し支えないものだが、背後に立つ侍女と思われる女性は、紺色のお仕着せを破らんとするほどのモノを誇っていた。最前線で禁欲生活を強いられていたリクにとって、それは目の毒以外の何物でもない。
そして彼女達の表情がまた対照的だった。ソファの少女はリクを見て泣きそうな顔になってしまい、背後の侍女らしき赤毛の女性は射殺さんばかりの視線をリクに投げかけているのだ。
なんなんだよ、とこぼしたい気持ちをぐっと堪え、リクは直立不動の姿勢を保っていた。
「遅れて申し訳ない、彼がリクです」
爽やかな笑みでアルマダがリクの背中をポンと叩いて紹介する。リクが訳が分からず固まっているとアルマダが肘で腹筋をこずいて挨拶を促してきた。
「公国軍輜重師団所属のリク大尉です」
とりあえず敬礼しとけばいいだろ的にリクは右手を左胸に当てた。するとソファの少女が立ち上がり、スカートの裾を摘まみ足を軽く曲げ淑女の挨拶をしてくる。
「私は、ファコム辺境伯エリナと申します」
彼女は目には涙をいっぱいに溜め今にも泣きそうな顔だが、にっこりと微笑んだ。可憐ではあるが、痛々しく感じる笑顔にリクは複雑な気分になる。
「彼女は私の侍女でカレンといいます」
エリナと名乗った少女は背後を振り返った。カレンと紹介された赤髪の侍女は、変わらず射殺しそうな視線でリクを睨みつけてきている。強面のリクにとって泣かれる事はよくある。だが顔も知らない女性に睨まれるような覚えはなかった。その顔は犯罪だ、と言われればぐうの音も出ない顔ではあるのだが。
顔を見てべそをかかれ、はたまた睨みつけられる。わけが分からない状況で、一つだけリクにも分る事があった。この二人の女性には、まったくもって歓迎されていないという事だ。いい晒し者になって、泣きたいのはリクの方である。
「ふむ。でだなリク。このお嬢さんとお前の婚約が決まった。よかったな!」
気楽そうなアルマダの言葉が、戸惑うリクの頭をさらに混乱させた。