第六話
宇宙人のアジトらしき洞窟は、入ってみると結構広かった。
天井は六メートルか、七メートルあろうかと言うほど高く、あの数多の隊員を収容できるといわれても納得できるほどの床面積もある。そして外に出ているのと比べれば少人数ではあるが、中にも敵が……、
「主犯の宇宙人はどこだ! 出てこい!」
開口一番、キキは声を張り上げた。
顔は怒り狂っている阿修羅でも臆するのではないかと言うほどの大迫力。
敵はもちろん、味方もそれに一瞬ひるむ。
しかし相手も相手。
「ひるむな! 相手は三人だけだ!」という隊長格の掛け声ですぐに落ち着きを取り戻してこちらを睨みつけてくる。
人数は五十人程度。洞窟の奥へ繋がっている扉の前まで一定の間隔をあけて配列されている。
気迫も武器の構え方も、今までとは雰囲気が違う。それだけで、外で守っていた奴らよりも強いことを肌が感じ取る。
アイはまた恐怖を感じる。しかし、震えるその手をとる人が横にいた。彼女の笑顔で、アイはもう一度自分を奮わせる。視線を敵にぶつけるようにして。
笑顔の主も、笑いながらに敵を見据えた。誰が一番痛めつけてくれるか、誰でも構わなかった。ただ傷つくことを、彼女は求めていた。
そしてそれと同量に、仲間を守ることを、彼女は信念としていた。
「なんでもいいから早く来い。とことん捻り潰してやる。どうせそうしていけば宇宙人も出てくるだろ。急がば回れだ」
もう誰にも抑えられない覇気を纏いながらブツブツと呟くキキは、さながら閻魔様のようだった。
「主にあだ名す敵は討ち滅ぼす! 構え! 撃て!」
整列した敵部隊から光弾が斉射される。
キキとアイは左右に飛び、レイはそのまま突っ込んでいく。
「ああーーーー! いい! もっと!」
被弾しながらも速度を落とさず、いやさらに上げて、レイは猛進していく。敵は光弾が効かないと認めると、即座に射撃をアイとキキに集中させ、二本のナイフを持った近接部隊が、代わりにレイに向かっていった。
「あらあら、まだまだ足りませんわよ!」
諸刃の剣を持ち直し、腹による払いあげが繰り出される。
吹く風は先ほどよりも荒々しく、剣が少しでも当たった戦闘員の防具にはひびが入った。
隊長格の顔には汗が流れる。
「くっ、変人どもめ! しかし主のご加護がある限り、我々に敗北は」
「ある」
檄を飛ばす隊長格の胸に、凄まじい衝撃がはしる。肺を圧迫され、息が一瞬詰まる。次の瞬間、体は背中を襲う痛みと共にアジトの岩肌にめり込んでいた。
「隊長!」
対象の声と爆音を後ろに確認した兵士たちは、攻撃の手を止め振り返る。
「お前らもどけえ!」
次の瞬間、彼らは誰も彼も、引き金を一瞬でも戻したことを後悔する。目の前で繰り広げられるのは、仲間がちぎっては投げられちぎっては投げられの地獄絵図。気づいた時には自分すらも投げられている。そんな現実と認めがたい現象が、アジトの中では起こっていた。
仲間の惨状を黙認するほど敵も人情がないわけではないらしい。アイに向けられていた銃口は、千手で敵をのしているように見える鬼の方に向けられる。
しかし、忘れてはならない。鬼に準ずる者が、そこにいることを。
「隙あり」
誰もが突然の声に辺りを見回す。
しかし、時すでに遅し。
チンッ。
甲高い金属音を聞いたが最後、兵士たちは音もなくその眼を閉じ、その場に倒れ伏した。
全員ではないが。
「あれ? 俺はなんともない」「俺もだ」「俺も」
ざっと数えて五人くらい、アイは討ち漏らしてしまった。
悔しさを顔ににじませ、もう一度アイは敵に向かう。
「くそが! 我は主と共にありーー!」
半狂乱の戦士たちは短剣片手に突っ込んでいく。和服少女は腰に差した刀を再度抜き、敵の攻撃をいなしていく。流れるように刀を操り、即座に攻勢に転ずる。
相手も受ける。一人が受ければ、他が横から突きや一閃を繰り出してくる。かわし、よけ、また攻撃。刻一刻と六人の立ち位置は切り替わり、それはもはや美しき舞のごとくにまで至っている。
一音、少しでも無駄が入るだけで、その舞は崩れる。
「ふんっ!」
空を薄く斬る鋭い音。
「かはっ」
ナイフを振り上げた戦闘員のその腕を、綺麗な薄赤が貫く。戦闘員はナイフを地面に落とし、その場にうずくまった。
がっ、と向こうの壁に突き刺さるそれを、アイは知っている。今日初めて見た、先輩の武器。
そう、キキの槍。つまりは。
「……」
アイを含め、残りの敵の全てが、同じ方向を向いていた。
そこにいたのは、夜叉のごとく人山の上に君臨する桃色の少女。
目を見ただけで射殺されそうになるほど眼光鋭くこちらを睨んでいる。
「あとはあんたらだけ。意思がなければ失せろ」
言葉を聞いているだけで、肌の表面をびりびりとした感覚が襲う。
残り五人。敵は絶大な力を誇る一人と、五人に相当する戦力を持つ一人。
洗脳が中途半端だったら、ここで全員逃げていただろう。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ここまでくると、もはや常人とは言えない。無謀と分かっていてなお、敵はキキに向かって突進していく。腕を傷つけられた彼すらも、その足を止めようとはしない。
「はあぁぁ」
肩を落とし、絶えず敵から目を離さないキキ。彼女の手にもう槍はない。
槍がないからと言って、彼女が無力になるわけではない。
「ぐっ」
キキに一番近付いていた一人が、キキの右キックで宙を舞う。
次を左フックで脳を揺らし、三人目を左のかかと落としで地面に叩きつけ、最後二人は頭突きに右ストレートでノックアウト。
人山に五人が追加された。
「ふふふ」と品のいい笑い声をあげながら、アイに近づく影が一つ。
レイだ。後ろを見ると、気を失った戦闘員たちが転がっていた。キキには及ばないが、それでも十五人ほど倒したようだ。
「よし、あとは首謀者」
言いながらキキは槍を引き抜く。目は洞窟の奥に向けられた。
五十人の後ろにあったがために見えなかった扉がある。おそらくは、あの向こうに宇宙人たちが。
「いこう」
後輩二人を従えて、キキが扉に手を触れた。その時。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ……!
「っ!?」
警報機が、耳をつんざく轟音を鳴らした。