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魔法少女~クライシス~  作者: 楸 椿榎
第一章 春は新しい魔法少女の季節
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第五話

「さてと、私はとっととあの後援部隊を片付けますか」

 ミカは背中に背負っていた自分の身長より長いケースを前に回す。二つのロックを慣れた手つきで解き、中から獲物を取り出した。

「今日も期待してるよ、マイバディ」

 キスする相手の肌は無感動な冷たさを湛えている。黒い肌が鈍く光り、その眼ははるか遠くの敵をすでに見据えている。

 相棒は足を力強く地に立て、ミカは頬を寄せて体を伏せる。

 吐息がすぐ近くにわかるほどに二人は密着する。

「さあ、第一声」

 けたたましい声を上げて、ミカの相棒は火を噴いた。


「始めたわね」

 敵アジトと思しき洞穴の後方一帯が爆発したことを確認した一行は、飛行する速度を速めた。

「モモ、あんたは支援主体で。新人もいるから誤射はいつも以上に注意」

「了解です!」

 返事をしたモモは少しずつ隊列からそれて山肌に足をつく。ステッキを前に突き立てて、静かな雄たけびをあげてモモは一筋の光線を発射した。それから幾筋もの光線が敵に向けて放たれる。

 前方のガトリング部隊はそれらをノーガードで被弾し、後ろに吹き飛ばされていった。地面に落ちてからもぴくぴくと痙攣したように動いている所から察するに、死んではいない。

「レイとアイは、私と一緒に敵を正面から叩く。殺しはダメだけど、行動不能までは持って行って」

「はい」「わかりましたわ!」

 アイの声はレイの大声でほぼかき消されたが、キキは特に気にしない。何が何でも、命令に従ってくれるだろう。

 いや、従ってもらわないと困るから。自分の仕事が増えるから。

 みっともない本音は内にとどめて、視界に入ってきた敵を睨む。

「はぁ……」

 長い溜息の後、キキは瞬時にステッキを槍に変え、二人を置いてきぼりにするほどの急加速で敵陣に突っ込んだ。正面にいた二十人ほどが風圧だけで空に舞い上がる。

 柄で自分の目の前の敵十人を突いたと同時につま先を中心に百八十度回転し跳躍。

 浮いた敵兵の胴体を容赦なく次々と殴っていく。それだけでなく、巧みに殴打する角度を変えて敵の銃兵に殴打した敵兵を被せる。頬に飛沫がいくら付こうとも、気にする様子は一切ない。

 絵面はまるで悪役だ。

「アイさん! 私たちも加勢しますわよ!」

「え、あ、はい!」

 左右から新人二人も戦闘に加勢する。

 混乱しながらも兵士たちは応戦してくる。

 彼らの手元にある武器は、引き金を引くなり唸り声を上げた。銃の先端に付いている二本の角の間で、幾度か電撃が行き来する。

 次の瞬間、電撃が光弾となって前方に向けて放たれる。一発だけではない。一つ放たれた瞬間に次の弾、また次の弾と、無数の光弾が装填されては放たれる。

 レイは盾を持っているにもかかわらず開始数秒でそれをかなぐり捨て、傷のいくらも構わぬ猛進と、引き摺っている大剣での一閃で敵を薙ぎ払う。殺さないよう、相手に向けているのは腹の部分だ。

 アイの方は対照的に冷静だった。無数の相手から放たれる銃弾の軌道を的確に見切り、一人ずつ峰うちでのしていった。

 数を減らされながらも、統制を失っていた兵士たちは次第に事態に対応していく。

 それぞれが声を上げ、連携を取り戻し、隊を大きく二分した、キキ相手の隊と、新人二人を相手取る隊だ。

 アサルトライフル大の銃を持っていた兵士の半分がそれをパージし、代わりに腰に提げていたホルスターの一方から拳銃を、もう一方からコンバットナイフを取り出し、一丁一刀の構えをとる。拳銃も、アサルトライフルと同じように先端が二股の白拳銃である。

「左右から増援がきた。二人とも、気を引き締めて」

 森の中から、新たな蛮人たちの高らかなしゃがれ声が聞こえてくる。その姿を確認しようとアイが目を横に向けた一瞬。それを見逃さなかった兵士の一人が、勢いよく走って近づきながら拳銃の引き金を思いきり引いた。

 異変に気付き、目を戻したときにはもう遅い。絶望がすぐ目前に迫っていた。

 一瞬のうちに色々なことを考える。まるで無限の時間の中にいるように。

 ――え、私はこれで終わり? 始まったばかりなのに。まだなにもやり遂げてないのに。でも、そうだよね。当り前だよ。ここから助かるはずもない。私がこんなことやるのは、荷が重すぎたんだよ。こんなこと――

「アイさん!」

 耳に響いた声は、時間を現実に引き戻す。

 光が体に飛び込んでいく。口から噴き出す赤い血が、光と対照的に黒く見える。その背中に痛々しい穴を開けてもなお、その顔には、満面の笑みが浮かべられていた。

「レイ……さん?」

 へたりこんだ自分の目の前で、レイは仁王立ちしていた。血が足を伝い、地面に赤いたまり場を作っている。腹を貫いたのであろう光弾は、レイの手に抱かれていた。手のひらの中の明るさが徐々に消えていく。 それに反比例して手のひらから零れる血の量は増えた。

 レイの顔が、ますます笑顔になる。アイが涙をこぼそうとすると、レイは同僚の頬に無傷の手を添えた。この笑顔は我慢の笑顔ではない。

 何よりその顔色が、そう告げていた。

 手が顔から離れていく。

「かっはーーー! イタイ! イタイですわ! さあさああなた達、アイさんを撃つならまず私が相手になりますわ!」

 身をひるがえして、レイは宣告する。周りの敵兵の視線を一身に受けて。森の奥に控える蛮人たちも含めて。

 アイの視線も含めて。

「傷が、ない」

 アイの眼前に広がるレイの背中。覆っている場所が少ない彼女の服には、焦げたように灰色から赤黒い色に変色している部分がある。しかしその奥に見える肌は全くの無傷。白く繊細な絹のようなきめ細かい肌が目に入ってくる。

「さあ、行きますわよ!」

 敵陣に突っ込んでいく彼女を、アイは呼び止めようとした。しかし動かない。足が、口が、喉が。体が言うことを聞かなかった。目の前でレイがやられているのに。剣で斬られ、銃で撃たれ、拳で殴られ、ボロボロになっていく悲惨な劇が、目の前で繰り広げられているのに。

 動け、動けよこのポンコツ! 変わるためにここに来たんだろ!

「アイさん!」

 風が吹く。目が自然と、自分の脚から前へと上がる。

 そこには、変わらぬ笑顔のレイがいた。次々に体に刻まれた傷が勝手に癒えていくのが見える。振り切った大刀を構えなおしながら、アイに満面の笑みを向けてくる。

 敵は後ろから更にわいてきている。弾も流れてきている。

 それなのに、彼女は、なんて……。

「……そうですね」

 鞘で体を支えながらアイは立つ。

 頼りなくても、少しでもレイさんの力になりたい。

 アイの体は、考えに正直に答えてくれた。

「私も一緒に戦います!」

「ええ!」

 踏み込む足に力を入れる。瞬時に敵の大男の懐に入り、みぞおちを鞘で突いた。

 周りのナイフ兵はアイに切っ先を向ける。レイがそれらをまたぶっ飛ばす。

 後ろからまた一人の大男が出てくる。

 瞬時に移動してアイが居合の峰うちを繰り出すと、男は何の武具も使わず腕だけではじいた。

 宙を舞う軽い体は、レイに体で受け止められた。

「彼、何か変ですね」

「そうですね、何か仕掛けがありそうです!」

 言いながら駆けていく彼女の内心には、遠慮など欠片ほどもなかった。

「レイさん、それはいくらなんでも!」

 堅い金属音がこだまする。レイが腹ではなく、刃で切り裂いた大男の腕。皮の裏にあったのは真っ赤な筋肉なんかではなく、鈍く光るギアの集合体だった。

「これ、改造人間!?」

 よく見れば、顔にもおかしな部分があった。左目は充血を通り越して黒くなっており、中から小さな光源が紅蓮の色を放っている。頭には、目立ちにくいがアンテナのようなものが立っている。

 それらはアイの予想を事実に引き上げるのに十分な材料だった。

「レイ、アイ、避けろ!」

 思考を吹き飛ばす怒号。放ったのは前の方にいるキキだ。

 足を前後に開いて踏ん張り、後ろ手に槍を構えている。

 槍の周りには桃色の魔力が纏われ、端々でゆらゆらと煙のようにくゆっている。

 二人は顔を見合わせ、すぐさま最寄りの茂みに飛び込んだ。

天穿つ槍(ヴァラフォア・ボルグ)!」

 一閃。光の筋は道なりに山を下り、地を穿っていく。やがて大男の腹に当たる。問答無用でその巨体を突き上げると同時に、気の奔流は天高くへと昇っていく。

 やがて光は途切れ、男は地面に自由落下した。

 体の各所から白や黒の煙を吐いている彼は、流石にもう戦えそうにない。

「さあ、同じ目に遭いたい奴らは私にかかってこい……! 怒りの半分はその身で償わせてやる」

 今まで威勢の良かった兵士たちは、キキの覇気に気おされて一歩たじろぐ。

 しかし、狂信者と言うのは、ここでこそその狂気を発揮する。

「皆の者! 恐れるな!」

 そこかしこを浮遊していたドローンの一つから、しゃがれたお爺さんのような声が聞こえてくる。

「その体は何のためにある! 神である我々に、死を賭してでも信仰と忠誠を示して見……」

 言葉の途中でドローンは大破した。

 ミカの銃撃と、天から舞い戻ってきたキキの槍によって。

 しかし、時すでに遅し。

「神の名のもとに、我らの忠誠を示すのだ!」

 独りの号令に呼応して吠え猛る戦士たち。たじろいだことなど忘れたかのように、その眼はぎらついている。

「あら、まだまだやれるのですわね」

「みたいですね」

 レイはその光景を嬉々として迎えるが、もう一方は口を真一文字に引き結んで、つばをごくんと飲み込んだ。

 と、そこに場違いな声が一つ加わる。

「二人とも! 今のところ無事みたいだね!」

 後ろから聞こえたその声は、間違いなくモモの者だった。いままでちょくちょく森の中の敵や後ろに回っていた敵を吹き飛ばすビームで援護射撃をしてくれていた先輩が、何故この場面でこちらに出てきたのだろう。

「後ろからだと前三人の援護はやりにくいからね、近くで援護することにした!」

 星が出てきてもおかしくないくらいにばちんっとウインクするモモ。

 キキの視線も何のその。調子を全く変えずにキキの横までひとっとび。

「何勝手なことしてんの、あんたから殺すよ」

「怖いこと言うのはよしてくださいよ先輩。こっからが本番なんでしょ?」

「……。邪魔したら許さないから」

「しませんしません、したこともない」

「皆、聞こえる?」

 モモのパロディなんて聞く耳持たず、キキは通信機で四人に作戦を素早く伝えた。

「四人とも、いい? ……いくよ!」

「「「「はい」」」」

 キキは前に、モモは上に、レイたちはキキのすぐ後ろに、それぞれ移動する。

 こちらの行動開始に合わせて相手の軍勢も動き出した。猛然と突っ込んでくる敵兵を前に、キキは一歩も引かない。

 自分の正面に槍を掲げ、そのまま静止する。

 レイたちも、モモもミカも、誰一人として動かない。

 そして、キキの目前に敵が迫った瞬間、

「いまだ!」

 キキが槍を振り下ろすのを合図に、後方から無数の光弾が、雪崩のごとく敵を襲う。

 いくつかの弾は地面をえぐり、砂煙を巻き上げた。

 ついで砂煙から出てきた連中を、モモがモグラたたきのように片っ端から撃ちまくり無力化していく。

 同時に近距離部隊三人は砂煙の中に突っ込んでいった。人の身長より少し高いくらいを高速で駆け抜けていく。

 砂煙を抜けると、前にはアジトの入り口が見えた。

 いよいよ、宇宙人との対面の時も近いことを察し、アイはまたつばを飲み込んだ。

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